北島マヤが速水真澄を愛した理由



結論から言おう。
もちろん、速水真澄の魂に魅かれたからである。
魂、すなわち、その人の本質と言っていいだろう。

私は43巻のレビューで「ガラスの仮面」の主題について書いた。
再掲すると

第一主題は、北島マヤというなんの取り柄もない少女が、演劇という生き甲斐を見つけ大人へ、一流の女優へと成長して行く話である。
第二主題は、速水真澄の紫のバラに象徴される「無償の愛」だろう。

そして、第三主題は、紅天女の台詞にある「二つに別れた一つの魂」だろう。
「ガラスの仮面」は二つに別れてこの世に生を受けた一つの魂が、出会い、時を得て、また一つになるまでを描いていると思われる。(最終回を読んでいないのでなんとも言えないが)
北島マヤと速水真澄が出会い魅かれ互いに相手を愛するようになって行く過程にこの主題が描かれている。
今回は、北島マヤサイドからマヤが速水真澄に魅かれて行く過程を検証してみよう。

1. 二人の出会いと不幸な関係


北島マヤと速水真澄の最初の出会いは、姫川歌子主演「椿姫」が公演された劇場においてであった。
当時、13歳(後にマヤの誕生日が2月に設定された為、実際は12歳になってしまったが)の時だった。
マヤの速水真澄の第一印象は「そんなに悪い人には見えない」だった。
その後、速水真澄との様々な邂逅を経てマヤは速水真澄を毛嫌いするようになる。
毛嫌いするきっかけは、全日本演劇連盟に月影千草と共に演劇コンクールの申し込みに行った時、速水真澄が月影千草に「このあいだの舞台はいいひまつぶしになりましたよ」と話しているのを偶然聞いたのがきっかけだった。
この言葉を速水が言っているのを実際に聞くまでは、マヤは「あの人が…? (汚い手を使って劇団つきかげをつぶそうとするなんて)なんだか信じられない…」と思っている。
が、自分の耳で速水真澄の言葉を聞き、速水を嫌うようになる。
その後、小野寺が単独でやった全国大会出場潰しを速水真澄と小野寺による物だと思い込み、速水真澄への敵愾心を露にする。
マヤは速水を嫌っているが、全く、速水と口をきかないわけではない。
速水が月影千草から「紅天女」の上演権を取り上げる為に、度々、様子を見に来ている為、折に触れ話をしている。
この頃、マヤはまだ、子供である。

マヤが初めて速水の魂に触れたのは、ヘレン・ケラーの舞台、姫川亜弓の舞台のロビーでマヤが一人鯛焼きを食べている時ではないかと思う。
マヤは速水と共に鯛焼きを食べる。
速水はマヤに「何故、そんなに演劇に夢中になる?」と聞いている。
その問いに対してマヤは自分の思いを語る。速水はマヤの演劇に対する熱い想いを聞き、最後、「うらやましい」と言って立ち去る。
マヤは速水がうらやましいと言った言葉に、心を動かされる。
あんな何でも持っている人が、自分のようなみそっかすをうらやましいと言う。
マヤは聞き間違えたのかと思う。

その後、マヤはヘレン・ケラー役で助演女優賞を獲得、月影千草によって大都芸能に引き渡され、スターへの階段を一気に駆け上がる。
同時にマヤは桜小路への子供っぽい好意から里美茂との初恋へと女性としても成長する。
この間にもマヤは速水の小さな優しさ(マヤに毛布をかけたり、怪我したマヤをハンカチで拭いている)に触れているのだが、冷血漢の速水真澄が自分の事を思って優しくしてくれているとは思わない。
そして、大事件がマヤを襲う。
母親が死んでしまう。
速水が母親を軟禁していた結果、母親が死んだとわかったマヤは速水を憎む。
乙部のりえの罠によって、睡眠薬を飲まされ舞台をすっぽかしたマヤは、目覚めた病室で速水に会う。
マヤは速水にくってかかる。あなたのせいでかあさんは死んだのだと速水をなじる。
「俺は謝り方を知らん…!」と言って腕を広げる速水にマヤは思う。
(これがこの人の最大の謝り方なのかしら…?)と。
マヤが速水の魂にふれる重要な場面である。
乙部のりえの卑怯なやり方に翻弄されて演技が出来なくなったマヤは、大都のマンションを出て行く。
しかし、行き場がない。公園のブランコで雨に打たれているマヤ。
そこに、速水真澄が現れる。
行き場のなくなったマヤを速水は自宅に連れ帰る。
雨に打たれ高熱を出して倒れたマヤは翌朝、速水の家で目覚め、速水真澄に看病された事を知る。
そして、お手伝いさんからマヤは、速水の生い立ちを聞かされる。

 1. 父親とは血が繋がってない事。
 2. 母親は死んでしまっていない事。
 3. 義父の事業のあとを受け継ぐ為、子供の頃から徹底的に教育された事。

冷酷で母親を死に追いやった男が、意外にも家庭的には恵まれていない事を知る。
速水の魂にふれる機会を得たマヤだったが、演技が出来なくなったマヤに速水を思いやるゆとりはない。
ひたすら速水を嫌い逃げようとする。実際、速水の家を逃げ出し保育園で住み込みで働くようになっている。
が、結局、速水に見つかり連れ戻されたマヤは、ハンガーストライキをして命がけで速水に抵抗する。
速水はあきらめ最後に、乞食の役だが代役にでてほしい、この舞台を務めたら大都芸能から解放するからと約束してマヤを最後の舞台に立たせる。
マヤはそこでも、劇団員の意地悪に遭い、泥まんじゅうを舞台で食べる事になるのだが、結果、自身の本能、演劇への熱い情熱に目覚めてしまう。
立ち直るきっかけを掴んだマヤを速水は元のアパートに送り届けるのだが、この時、礼を言うマヤに速水は嬉しそうな微笑みを返す。
マヤはその笑顔に、初めて速水の魂と向き合うのだ。
マヤは、ドキッとする。
(なんて優しそうな笑顔なのかしら…
 この人がこんな優しそうな笑顔をするなんて…)
そして、車で去って行った速水を見送りながら
(ときどきあの人がわからなくなる…。
 いい人なのかそうでないのか…。
 世間の噂通り本当に冷たい人なのか 実はやさしい人なのか…)
と思いとまどうのである。(花とゆめコミックス 17巻 176ページ)


2. 「真夏の夜の夢」まで


アパートに戻ったマヤは、普通の高校生活に戻る。
大都を出たマヤと速水に接点は無い。
ところが、偶然の出会いが二人を待っている。(花とゆめコミックス 18巻141ページ)
マヤは、高校の文化祭で一人芝居「女海賊ビアンカ」を演じる。芝居は好評で、学校で芝居は再演になる。
マヤは月影千草に学校で芝居が再演になった報告をする為に、アクターズスタジオを訪れる。
応接室で月影千草を待っているマヤは、速水真澄と偶然出会う。
この時の二人の邂逅は単なる挨拶程度だが、後に続く伏線となっている。
学園での一人芝居「通り雨」の演技指導を月影千草に頼みに行ったマヤは、突然胸を押さえて苦しむ千草に、病気が再発したのではないかと思う。
マヤの手を振り切ってタクシーで帰る月影千草を見送りながらマヤは不安で一杯である。
(アクターズ・スタジオで誰か先生のことを頼める人がいれば…)
マヤは、速水真澄に電話をする。(花とゆめコミックス 19巻21ページ)
余談だが、ここで、前出のアクターズ・スタジオでのマヤと速水の偶然の出会いが生きて来る。
偶然会っていなければ、マヤは速水がアクターズ・スタジオの「えらいひと」である事を知らなかっただろう。
マヤから電話を受けた速水はマヤに言う。
「なぜ俺に電話をかけてきた?」
マヤは速水の問いかけに
「先生の事を頼める人が速水さん以外 他に誰も……!」
と答える。
そして、何故、大事な先生をあの冷血漢に頼んだのだろうと自問する。
後に速水真澄が鷹宮紫織に言っている言葉がある。
「あなたは自分を知らなかっただけですよ」と。
北島マヤもまた自分を知らない。
速水真澄をいつのまにか信頼するようになっていた自分をマヤは知らない。
毛嫌いしていた相手が、母親を死に追いやった男が実は優しい人間であり、十分頼れる相手だとマヤは無意識の内に解っていたのである。

次にマヤと速水が邂逅するのは、雪の日である。(花とゆめコミックス 19巻147ページ)
速水はマヤに頼まれた通り、月影千草の面倒を見ている。
医者に千草を診せ、水城秘書を使って結果をマヤに連絡している。
そんな折り、ある雪の日、車のエンジンが故障して近くのホテルまで歩いて行こうとしている速水に出会う。
マヤは善良で素直な人間である。困っている人間を見かけると素直に助けようとする。
マヤは傘を持っていない速水に自分のイチゴの傘をさしかける。
マヤは速水を嫌っていたが、頼み(月影千草の面倒をみてほしいという頼み)を聞いてくれた速水の窮状を見過ごせない。
頼みを聞いてくれたお礼にと速水にイチゴの傘をさしかけるのである。
マヤと速水は、相合い傘で雪の道を歩き始める。
速水の「雪はすきだ」という言葉にマヤは速水を別人のようだと思う。
が、通りすがりの酔っぱらいから速水の恋人と間違われたマヤは、かっとなって信号を走って渡ろうとする。
その途端、信号が赤に変わる。マヤの腕を掴んで抱きとめる速水。
マヤは、速水の手を(大きな手…! あったかい…!)と思う。
信号が青に変わると、マヤは頬を少し赤らめながら、速水の手を振り切って信号を渡る。
マヤは動揺する。母の敵と思っている速水の手をあったかいと思った自分自身にどうかしていると思う。
マヤはここで初めて、速水を異性として意識したのではないかと思う。

次にマヤと速水が会うのは、速水が姫川亜弓の「ジュリエット」をマヤに見せる為に、マヤを地下劇場に迎えに来た時だ。(花とゆめコミックス 20巻51ページ)
この時、マヤは姫川亜弓の「ジュリエット」の素晴らしさに立っていられない程の衝撃を受け、「ジュリエット」が上演されている間中、速水の腕にすがってしまう。
マヤにとって速水の存在は単なる柱と同じ状態である。
舞台が終わり速水に話しかけられて初めて、自分が舞台の間中速水の腕にすがっていた事に気付くのである。
この後、月影千草の元に速水に連れて行って貰うマヤだが、速水の事は眼中にない。
あまりの姫川亜弓の素晴らしさに、自分との差にひたすら落ち込んでしまうのである。

さて、余談だが、ここで月影千草と会った速水は、月影千草からマヤに足りない物は自信と闘争心であると聞かされる。
この後、速水はマヤの闘争心をあおる為、憎まれ役になる一方で「紫のバラの人」として内気で自分に自信の持てないマヤを影から支える。
言うなれば、「エースを狙え!」の宗像コーチと藤堂さんの役を一人二役でやっているように思う。
話を元に戻そう。

次にマヤと速水が会うのは、アカデミー芸術祭受賞発表会場なのだが、この時もマヤにとって速水は単なる生き字引のような存在である。(花とゆめコミックス 20巻133ページ)
何故なら、マヤは月影千草から2年以内に芸術大賞か最優秀演技賞を取らなければ紅天女の主演女優候補から外すと告げられるからだ。
マヤに速水の魂を意識する余裕はない。
次にマヤが速水に会うのは、野外劇場に速水がやってきた時だった。(花とゆめコミックス 21巻96ページ)
マヤは劇団つきかげと一角獣の合同公演「真夏の夜の夢」に参加する。
いつもの地下劇場ではなく、座席数500程のホール「アテネ座」を借りて公演しようとするが、支配人に断られてしまう。
たまたまアテネ座の近くにあった野外劇場をマヤが見た時、マヤはひらめくのである。
野外劇場こそ「真夏の夜の夢」の舞台に相応しいと。
マヤ達は野外劇場を借り、練習に励んでいると、アテネ座の支配人が訪れ嫌味を言う。
支配人は、
「もし、連日、アテネ座の座席数より多くの観客をお前達が集められたらアテネ座を貸してやってもいいぞ」
と告げる。
そこに速水真澄が現れる。速水はこの約束の証人になり、団長に劇を成功させるこつを伝授する。
速水が下心なしに団長にアドバイスする姿をマヤは不思議そうに見ている。
この時も速水はマヤに本音を言っている。
「君は安心出来る……」
「おれのまわりは本心を隠して笑顔を浮かべているようなタヌキばかりだからな」
マヤはそんな速水を驚いた顔をして見ている。
速水はマヤをボートに強引に誘う。
月影の話でマヤを釣り、お姫様だっこをしてマヤをボートに乗せる速水が素晴らしい。
野外劇場のシーンに登場する速水は「ガラスの仮面」の作品中、速水真澄の最もカッコイイシーンではないだろうか?
ボートに乗った二人は話をする。マヤは最初は、速水のペースに乗せられた事を怒っているが、その怒りは長くは続かない。
二人は紅天女の事、マヤの進学の事などを話す。
マヤは速水に自分の夢を話す。いつか大劇場に出られるようになったら紫のバラの人を招待したいと。
いつか会ってみたいというマヤに速水は、自分が紫のバラの人であると言おうとするが、結局、言わないでいる。
ここで二人の間に沈黙が落ちる。

マヤは思う。速水さんは何を言いかけたのだろうと。
(……、劇団つきかげをつぶし あたしの母さんを死へ追いやったかたき なのに
 どうしてあたしは ここにこうして
 このひととボートに乗っているんだろ……?
 話を続けているんだろ…? 岸辺はこんなに近いのに)
マヤが女性として異性の速水にそっと魅かれて行く様が描かれていて、何度読んでもどきどきするシーンである。

速水が言う。
「日射しがまぶしいな」
「え、ええ…!」
「空の太陽を映して池も光でいっぱいだ
 日射しがこんなにまぶしいものだとはな…」
「ええ…」

(日射しがまぶしい…!)

速水を少しだけ意識したマヤの描写が初々しい。

余談だが、速水が「まぶしい」というのは愛しい少女を前に、太陽のまぶしさと彼女のまぶしさをかけているのではないかと私は思っている。
年頃になった若い女性が持つまぶしさ。男性が好きな女性に感じる憧憬。あこがれ。
そんな想いが速水の台詞「まぶしい」に込められているように私には感じられる。

次にマヤと速水が会うのは、「真夏の夜の夢」の1日目が終わった直後、マヤが寄付金の箱を持って一人立っている。(花とゆめコミックス 22巻89ページ)
マヤは、紫のバラの人から声をかけて貰いたいと思っている。しかし、誰も声をかけてはくれない。
涙ぐむマヤ。そこに速水が現れる。
「よくやったな (略) いきいきとしたとてもいいパックだった (略) 上達したな…」
そして、大金を寄付して去って行く。
マヤは、紫のバラの人ならこんな風にいってくれたかしらと思う。
マヤはもしかしたら、速水はいい人かもしれないと思う。
が、その時、聞こえてきた記者達の言葉に気を許してなるものか、きっと何かたくらんでいるに違いないと思う。
が、一方で紫のバラの人なら、「よくやったな いきいきとしたとてもいいパックだった 上達したな…」と言ってくれただろうかとも思う。
速水を嫌いながら、もしかしたらいい人かもしれないとマヤは思う。
速水の言動に揺れるマヤの心が描写されている。


3.「二人の王女」千秋楽まで


さて、何となく速水を意識したマヤだったが、速水がいなくなれば、すぐに速水の存在を忘れるマヤである。
そして、アテネ座から出演依頼がきた劇団つきかげと一角獣だったが、300万の資金が必要になる。
そんな大金のない彼らに大都芸能が救いの手を差し伸べる。
マヤは速水真澄に今回の企画に下心がないか確かめに行き、速水からマヤだけが企画から外されている事を教えられる。
速水を本当はいい人かもしれないと思っていたマヤだったが、速水の言動に一気に元の憎しみを思い出す。

さて余談だが、速水は憎まれ役に撤しマヤの闘争心をあおっていると私は思っている。
月影千草の言っていたマヤに足りない物、自信と闘争心。マヤを愛するが故に速水は憎まれ役となってマヤの闘争心をあおっているのである。
また、私は「二人の王女」に姫川亜弓を出演させるようにしたのは速水ではないかと思っている。
姫川亜弓の所属事務所の社長なのだから、それくらい簡単だろう。
そして、「二人の王女」の脚本からいって、姫川亜弓と同等の演技力を持った相手が必要になる事も見越していたのではないかと思う。
速水はマヤが「紅天女」の候補になるように密かに画策しているように思う。
なぜなら、大都で「紅天女」を上演する事になれば、義父から「紅天女」を取り上げると言う復讐を果たせない事になる。
ほとんど可能性のないマヤを如何に舞台に立たせるか?
舞台に立たせてしまえば、彼女の演技力で次の舞台への足がかりを掴むだろうと速水は思っていたのではないかと思う。

速水から姫川亜弓と月影千草が日帝劇場「二人の王女」で共演する事を聞かされたマヤは、日帝劇場に行く。
マヤは「二人の王女」のオーディションを受け見事、姫川亜弓の相手役を射止める。
そして、速水真澄から受けた仕打(劇団の仲間から引き離されるという仕打)を怒っていたマヤは、オーディションに受かった事を速水に言いに行く。(花とゆめコミックス 24巻16ページ)
場所は速水が出席していたパーティ会場のすぐ外である。
マヤは速水に向って大声でまくしたてる。
あなたになんかつぶされやしない、へこたれない、いつかあなたを見返してやると言うのだ。
マヤは速水が自分をつぶそうとしていると思っている。
ところが、速水はシャンパングラスを二つ取り寄せ、一つをマヤに渡し、「『二人の王女』出演決定おめでとう」と言ってマヤの出演を祈って乾杯する。
シャンパンを飲む速水を唖然として見るマヤに、いつもの戸惑いがあらわれている。
この男は私を潰そうとしていたのに、何故、祝ってくれるのと。
また、このシーンは速水のスマートさが際立つ素晴らしいシーンである。
シャンパンを飲み干したマヤに速水は初日に招待するように言う。
マヤはこの時、相変わらず速水に敵愾心を燃やしている。
速水は言う。
「もし、君の演技がおれを感動させたなら おれはきみの望むだけバラの花を贈ろう」
「バラの花を… 望むだけ…?」
速水はマヤにせまる。
壁際にマヤを追いつめ長身の速水が背の低いマヤに覆いかぶさるようにして言う。
「そうとも大都芸能のこの速水真澄がだ
 これはいい宣伝になるぞ
 劇場側もきみに一目おくだろうし
 マスコミも君に注目するだろう」
さらに速水はマヤの手首をぐっとにぎって
「きみはつぎの舞台に立ちやすくなる…」
と言う。
マヤは速水の言動に驚く。
あたしが潰れればいいと思っているこの男が何故、あたしの次の舞台の心配をしてくれるのだろうと思いとまどいを隠せない。
灯りの影になった速水の端正な顔がマヤにせまる。
マヤは手首を握られている事に気がつき、顔を赤らめどきっとする。
速水の手を振り払い速水に背を向け「あなたに文句なんか言わせない舞台をつとめてみせます…!」と言い返すマヤ。

速水が女性とつきあった事がないという話をよく聞くが、このシーンを見る限り、女の扱いになれていると私は思う。
酒を飲ませ相手をほめ、じっと目を見る。このハンサムな男にこんな風に言い寄られたら、その気にならない女性がいるだろうか?
私は北島マヤもまた、思わず速水に魅かれたのだと思う。
顔を赤らめながら速水に背を向け両手を口元に持って行って速水に反論するマヤの様子にそれが現れている。(コミックス24巻14ページ)

次に二人が会うのはマヤが、姫川亜弓と生活を取り替えアルディス役を必死に掴もうとしている時である。(花とゆめコミックス 24巻134ページ)
速水は亜弓の母親、歌子に頼まれ亜弓の様子を地下劇場に亜弓のばあやさんと見に行った帰り、マヤと姫川邸であう。
速水がピアノ(シューマンのトロイメライ)を弾くのを聞いたマヤは、この人がこんなきれいな曲を好きだなんてと思う。
この時、マヤと速水は掛け合い漫才のような軽口をたたく仲である。
マヤは速水を嫌い憎んでいる筈が、もともと内気ではあるが素直で明るい性格なので速水とたまにあってもいつも憎しみを露にする事はない。
速水が、「今弾けるのはこの曲だけだ」と言ったのに対し、マヤは速水がこの曲を好きなのだと思う。
相手の言動をいい方に解釈する。
これもまた、速水に魅かれている証拠だと私は思う。
心底嫌っていたら、相手がどんなにいい行動をしようと悪い方に解釈するものである。
また、なんとも思っていない相手だったら、聞き流すだろう。

さて、次に二人が会うのは、速水真澄が紫のバラの人としてマヤを呼び出す食事の場面である。(花とゆめコミックス 25巻 巻頭)
速水真澄はアルディスの役をなかなか掴めないマヤの為に、以前アルディスを演じた事のある北白川藤子を会わせる。
自身もマヤの前に姿を現すが、自分が「紫のバラの人」だとは言わない。
マヤは「紫のバラの人」を会えると思って出かけるが、速水がいてびっくりする。
「そのバラ色のドレス… よく似合っている」
という速水にマヤはとまどう。
(ときにあたしがとまどうのは この目の光…… なんだかとてもやさしい… )

速水の目の優しさにとまどうマヤ。
マヤが速水に心を揺らしている様子を表す言葉が明かにパターン化している。

次に二人が会うのは、「二人の王女」初日の後、マヤの楽屋の前である。(花とゆめコミックス 27巻175ページ)
マヤは速水に褒められ、顔を真っ赤にする。
私は、マヤはすでに速水に魅かれてしまっていると思う。
そうでなければ、褒められて顔を真っ赤にするだろうか?
速水が頭を撫でるのをそのままにさせておくだろうか?
マヤは自分で気がついていないだけで速水にかなり魅かれているのだと思う。


4.紫のバラの人


次に二人が会うのは「アンナ・カレーニナ」の劇場の観客席である。(花とゆめコミックス 28巻27ページ)
速水真澄は、義父から見合いを勧められる。マヤを好きな速水はマヤを「アンナ・カレーニナ」のチケットを使って呼び出す。
マヤは速水だとわかった途端、逃げ出そうとするが速水はマヤの手を握って離さない。
速水は劇を見た後、マヤをお茶に連れて行き、散歩をし、プラネタリウムに行き、お祭りの縁日に連れて行く。
最後は夕食を共にする。
プラネタリウムを見たマヤは、速水と同じように感動する。宇宙の大きさを思う。
プラネタリウムを見上げる速水の顔を見て、少年のようだと思う。
速水の「思い出につきあってくれてありがとう」の言葉に「いいえ」と答えるマヤがかわいい。
マヤは、プラネタリウムの撮影技師から速水が子供の頃からプラネタリウムに来ていた事を教えられる。
マヤは速水の人間性にふれ、今まで思っていた速水の冷血漢というイメージと違うと感じる。
縁日では、迷子になった子供を肩車して母親を探す速水を見て、本当は暖かい人ではないかと思う。
マヤは速水に買ってもらった笛をふく。速水はマヤが吹いている笛を取り上げると自分も吹く。
マヤは白目で速水の姿を見つめながら、自身の唇を抑える。
それが間接キスであると思っているのはマヤだけなのだろう。
マヤは速水と食事の席につくが、黙り込んでしまう。
速水の「おれと一緒ではつまらないか」の問いに「いいえ」と答える。
マヤは思う。
(ときおりあなたの眼にやどるやさしい光はなんですか? あたしを見る眼のその淋しそうな陰はなんですか?)
マヤは速水の気持ちを知りたいと思う。
速水がマヤに自分が紫のバラの人であると言おうとした時、月影千草が行方不明という連絡が入り、速水は言えなくなってしまう。
マヤと速水は、大急ぎでマヤのアパートに戻る。
マヤは月影千草が失踪したと聞き、速水と共に過した時間を後悔してしまう。
自分自身へのやりきれなさは速水への攻撃へと向う。
結果、速水は何も言わずに帰る。
速水の去った後、スモッグにおおわれた夜空を見上げ、満天の星が見えない、真実が見えないとマヤは思う。

私は、このプラネタリウムのデートでマヤはさらに速水に魅かれたのだと思う。
速水の子供の頃の話を聞き、人間性に触れ、速水が冷酷にならなければ生きてこれなかった事を理解した結果、速水の魂に魅かれたのだと私は思っている。

マヤが速水を好きなのだという確証は、花とゆめコミックス 28巻184ページに描かれている。
街を歩いていたマヤは速水が女性と一緒にいるのを見かける。
めったに見せない速水の笑顔にマヤは相手の女性は誰だろうと思う。
秘書の水城からお見合い相手だと教えられたマヤは、衝撃を受ける。
衝撃を受けたマヤが2ページに渡って描かれ、衝撃の大きさが表現されている。
(お見合い… あの冷血仕事虫が…! 結婚ですって!?)
(どうしたんだろう…? あたしヘンだ…)
(なんだか… 心の中が突然空洞になったみたい…)
(どうしたの あたしいったい どうしたのよーー!!)
とマヤは自問自答する。
この状態を持ってして、マヤが速水を好きではないといえるだろうか、言えない。
が、マヤは自分を知らない。
自分が速水を異性として好きだとは思っていない。

更に、マヤが速水を好きだと言う表現は続く。(花とゆめコミックス 29巻34ページ)
マヤは「忘れられた荒野」に出演する事になるのだがその楽屋で、週刊誌に載っている速水が婚約するかもしれないという記事を読む。
マヤは速水に電話をして、速水が見合いをしたかどうか確かめようとするが、言えない。
速水の「なにかおれにいいたいことがあるのか?」の問いに
「いいえ! どうかお幸せに!!」
と言って電話を切ってしまう。電話ボックスを出て街を走りながら
(どうでもいいじゃない あんなやつのことなんか…!)
と思う。
この描写にマヤが速水を好きではないと言えるだろうか。
もちろんマヤは速水を好きなのだ。

更に、マヤが速水を好きだと言う表現は続く。(花とゆめコミックス 29巻171ページ)
マヤは聖と別れた後、速水と偶然駐車場で会う。
速水に見合いしたのかと聞くマヤ。
マヤが速水に積極的に速水個人の事を聞いたのはこれが初めてだろう。
速水が相手の女性を「忍耐強くてとても優しい人だよ」というのを聞き衝撃をうける。
子供っぽい嫉妬を露にするマヤ。速水を好きになってしまったマヤがいる。
マヤは狼少女の稽古中も速水の事を思い出し、
(きらいだあんなやつ……! (中略) 母さんのかたきなんだから…!)
と思う。
速水に魅かれながら自分の気持ちを認めようとしないマヤがいる。

この後、
花とゆめコミックス
30巻40ページ
31巻19ページ 124ページ 180ページからの狼少女ジェーンと速水真澄
32巻 巻頭 狼少女ジェーンと速水真澄の続き 96ページ

そして、32巻 154ページ 「忘れられた荒野」で初めてマヤは速水に対して積極的な行動にでる。
青いスカーフで速水のびしょぬれの髪を拭くのだ。
速水にいちごの傘を差し掛けて以来の快挙である。
前回のいちごの傘が、単なる親切なのに対し、今回の行動はより積極的な愛情表現である。

また、マヤは速水の気持ちを憶測する。そのシーンを並べてみよう。

30巻 62ページ 大都芸能のビルのエントランス 紫織とデートに行く速水が別れ際にマヤに
「プラネタリウムに行くのは君と一緒に行ったあれが最後だ。おれはもういくことはないだろう」
という。マヤはどう言う意味だろうと思う。

32巻 168ページ
台風の去った雨月会館 マヤは速水が何故台風の中来てくれたのかと思う。
((略) 道路も閉鎖されてしまうほどの嵐の中をあなたはなぜ…
 仕事の為にあたしのかあさんを犠牲にするような冷酷なあなたが…
 (略) あたしが憎んでいることをしっているはずのあなたが
 何故ですか? 速水さん…!)

33巻114ページ
月影千草の手術中、コーヒーを渡す速水。
マヤは速水の言動に怒りを露にするが、速水の「悲しみよりは怒りのほうがまだましだ」の言葉に、なぐさめてくれたのかしらと思う。

そして33巻ラスト 速水真澄が「紫のバラの人」だとわかる。

マヤは、自分が嫌っているのだから速水も自分を嫌っていると思う。
速水に魅かれながら、あんな奴のこと、どうだっていいと思う。
速水を嫌っていた理由は、仕事の為にあたしのかあさんを犠牲にするような冷酷な人間だと、悪い人間だと思っていたからだった。
ところが速水は何年もの間、名前を隠して自分を支えてくれた「紫のバラの人」だった。
本当は暖かい人だった。
速水がマヤを嫌う理由がなくなったのだ。
マヤはプラネタリウムに行った日を思い出してなんだかまるでデートしたみたいだったと思う。(花とゆめコミックス 29巻171ページ)
マヤは母親の前で拾った万年筆を速水に返しに行って速水が「紫のバラの人」だと確信する。(34巻 後半(ページ数不明))
マヤは恋に落ちる。速水に恋をする。

以上、長々と書いてきたが、北島マヤが速水真澄に魅かれて行く過程を拾いだしてみた。
北島マヤは、長い時間をかけ速水の人間性を知り少しづつ速水に魅かれて行ったのだろう。
だからマヤはわからなかったのだ。自分が速水を好きになっていた事に。
そして、速水が「紫のバラの人」だとわかった途端、速水を嫌う理由がなくなり「紫のバラの人」を大切に思う気持ちと速水への愛が心からあふれ、初めて速水を愛していると自覚出来たのだと思う。

また、速水真澄が北島マヤを愛した理由は、33巻115ページ、速水のモノローグに書かれている。
(今わかった おれがあの少女にひかれているのはあの魂だ…)
速水の言葉に第3のテーマ、「二つに別れた一つの魂が互いに魅かれあい一つになるまでの過程」が表現されている。
この後、マヤは速水が紫のバラの人だと気付き速水に恋をし、社務所での出会いを経て、41巻、紅天女の劇を見た後の魂の邂逅へと続くのである。
二つに別れた一つの魂が一つになる様子が幻想的に描き出されている。

以上、「北島マヤが速水真澄を愛した理由」を検証してみた。
人によっては、マヤが速水を好きになったのは速水が「紫のバラの人」だとわかったからだという人がいる。
速水がハンサムでお金持ちだからマヤは好きになったのだと、マヤを俗物のように言う人がいるが、そういう人は再度読み直す事をお勧めする。
マヤは速水の魂に魅かれたのだとわかって貰えたら嬉しい。

読んで頂いてありがとうございました。
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