速水真澄が鷹宮紫織を拒絶した瞬間





世の中にはいろいろな人がいる。速水真澄が鷹宮紫織と婚約を解消しようとしたのは、マヤと両想いになったからだと言う人もいるが、私はそうは思わない。
というわけで今回、いつ、速水真澄が鷹宮紫織を拒絶したかを検討してみた。


(1)速水真澄と鷹宮紫織の関係
速水真澄は義父の言いつけで鷹宮紫織と見合いをする。
義父英介は一応、真澄に好きな人がいるのかと聞いているが、真澄はいないと答えている。
仮に好きな人がいても、英介に対しては言えない。真澄を仕事上のコマとしてしか見てない英介にうっかり好きな人がいると答えようものなら、それが弱点となり英介にいいように利用される事はわかっている。
それでも、真澄はマヤへの一縷の希望を持ってデートに誘うが結局告白すら出来ない内にマヤから母親を死に追いやった事を糾弾されて、マヤへの恋をあきらめるのである。
そして、鷹宮紫織と見合いをする。付き合う内に鷹宮紫織は真澄を好きになり、速水家に結婚の返事をする。しかし、真澄の方はなかなか返事をしない。鷹宮紫織は伊豆の別荘に真澄を訪ね、結婚の返事を迫る。真澄は「あなたを幸せにする自信がない」と言って逃げるが、鷹宮紫織が発作で倒れた事もあり、結局、紫織にプロポーズしてしまう。しかし、真澄にとって紫織はいつまで経っても嫌いではない程度の相手なのである。燃えるような恋をする相手でも、静かに愛情を注ぐ相手でもないのである。

美内先生の凄い所は、人間の好きから嫌いまでの感情をグラデーションのように描いて見せる点だろう。
速水真澄の鷹宮紫織への気持ちを「嫌いではない」と表現した事に舌を巻く。
また、作中、北島マヤの速水真澄への感情が、大っ嫌いから愛しているに変化する過程を丁寧に描いていっている様も素晴らしい。マヤの感情の変化については拙作「北島マヤが速水真澄を愛した理由」を参照願いたい。

さて、話を元に戻そう。
速水真澄は鷹宮紫織を嫌いではない程度に思っているが、或る夜、同じ夜景を見て、鷹宮紫織が地上の銀河を美しいと言った事に淋しさを覚える。(44巻)この時、速水は鷹宮紫織との価値観の違い、鷹宮紫織とマヤの差を如実に知ってしまうのだ。それでも、速水は鷹宮紫織と婚約を解消しようとは思わない。鉛を飲んだように気が重いが、鷹宮紫織の気持ちに応えようとしている。この時点では婚約を解消しようとは思っていない。

(2)アストリア号
46巻ラスト、速水真澄は鷹宮家の車で何も知らされずに港に連れて行かれる。速水真澄は船のホテルマネージャーから説明を受け、初めて鷹宮紫織が自分をワンナイトクルーズに招待したと知る。
ロイヤルスィートルームに通された速水は、部屋の真ん中に鎮座するきらきらと輝く『ダブルベッド』を見て初めて鷹宮紫織から性的関係を求められたと察するのだ。
ここで、速水は一瞬逆上する。
人は獲得した情報に基づき、推測、決断、実行という動作を行う。
速水はホテルマネージャーからワンナイトクルーズと聞かされた時点ではまだ、鷹宮紫織が性的関係を持とうとしたとは思っていない。困ったと思っているがそれ以上ではないのだ。もし、ここで、同じ部屋に泊まるとわかっていたらその場で踵を返しただろう。しかし、踵を返す事なくホテルマネージャーの後を付いて部屋まで行っている。この事実から、ホテルマネージャーがワンナイトクルーズだと説明した時点では、まだ、鷹宮紫織と同じ部屋に泊まるとは思っていないし、ましてや、性的関係を求められたとは思っていない。
速水真澄は自分から性的関係を求めるような女性、自身の性的魅力を使って取り入ろうとする女性には嫌悪を持って答えている。(10巻72ページ、13巻24ページ)女性に対して潔癖なのだ。
速水にとって紫織は「素晴らしい女性」だった。「美しく聡明で優しい女性」だったのだ。自ら性的関係を求めるようなそんなはしたない女性では決してなかったのである。
だから、ホテルマネージャーからワンナイトクルーズと聞かされても、同じ部屋に鷹宮紫織と泊まる事になるとは思っていなかったのである。ところが、違った。ロイヤルスィートルームに案内され、初めて鷹宮紫織と同じ部屋に泊まるのだとわかり、『ダブルベッド』を見た瞬間、紫織の意図を速水真澄は初めて正確に理解したのだ。その結果、鷹宮紫織に対し生理的嫌悪感を覚え、踵を返してロイヤルスィートルームを後にする。はっきり言ってこの瞬間、速水は鷹宮紫織と別れようと思ったのだと私は思う。
女性の紫織の方から性的関係を求めるとという嫌らしさ、しかも、まず婚約者である速水に相談するべきなのに、逃げようのない船の上に本人に黙って連れて来るという狡猾さ。
罠にはめられた真澄が如何に紫織を嫌悪したか、想像に難くない。
特に真澄の騙されて連れて来られたという気持ちは相当な物だったと思う。
罠にはめられたやり場のない怒りは、47巻、ルームキーを海に投げ捨てる行為に如実に現れている。

以上、速水真澄は北島マヤと両思いになったから、鷹宮紫織と婚約を解消しようとしたのではなく、それ以前に『ダブルベッド』に象徴される鷹宮紫織の性的欲望を知って、激しく鷹宮紫織を拒絶したのである。
以上、皆様の参考になれば幸いである。





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