深読み44巻レビュー



44巻には、「ガラスの仮面」のもう一人のヒロイン姫川亜弓の苦悶が主に描かれている。


(1)姫川亜弓と北島マヤ
44巻は、43巻のラスト、月影千草がキッドスタジオに訪れたシーンから始まる。

月影千草は、黒沼組の稽古を見にやって来た。
黒沼組の「紅天女」が演じられる。

ここで、かなりのページを割いて、マヤ、亜弓それぞれの紅天女の演技が描かれている。

マヤの紅天女は、「心があって動きがある」を基本に、「女神の心があって世界が動く」と解釈、紅天女を演じた。
マヤは、姫神の心、阿古夜の心から演技に入っている。
稽古終了後、月影千草は「阿古夜」と言いながらマヤにコップ一杯の水を渡す。
コップを押し頂き「いただきます」というマヤ。
その様子を見た月影千草は満足そうに「予想以上だったわ」と源造に語り、マヤが目指しているのが紅天女のリアリティである事を理解する。

一方、亜弓は、女神を自身の肉体でまず表現しようとする。
亜弓は38巻において、自身の才能がマヤに遠く及ばないと自覚している。
そして、39巻においてマヤが役の本質を掴んでいても表現力が追いついていないという欠点を見抜き、試演に勝つためには、マヤには演じられない紅天女を演じる事で試演に勝とうとする。
その為、亜弓は紅姫の心を理解しようと努力するのではなく、よりアクロバティックな演技によって女神を表現しようとするのである。
マヤには表現出来ない女神を目指すのだが、結果、形に拘りすぎてしまい、心を掴めないでいる。
紅姫の心を掴んではいないが亜弓の演技は素晴らしく、見る者の目を見張らせる。
演技終了後、マヤに水を渡したように亜弓に水を渡す月影千草。
亜弓は片手でコップを受け取り水をごくごくと飲む。
千草は亜弓に何も言わずその場を去る。
この辺りは「二人の王女」の稽古、皇后ハルドラからお茶を貰うシーンを彷彿とさせる。
亜弓は、月影千草の付き人源造にマヤが水を貰った時の様子を聞く。
その結果、マヤとの才能の差を思い不安を募らせるのである。

その夜、マヤはアパートで、青木麗とさやかに、月影千草に稽古を見て貰った様子を話す。
同時刻、姫川亜弓もまた、婆やに月影千草に稽古を見て貰った様子を話している。
そして、二人は同じように月を見ながら、相手の紅天女を見てみたいと思うのである。
二人は一つの役を競うライバルでありながら、その目指す物が同じであるが故に相手の魂を最も身近に感じる関係となっている。

或る日、亜弓はカメラマンのハミルが、亜弓の写真を取ろうとしない事に気づく。
「最近写真を撮らないのね。何故?」と言う亜弓の問いに対してハミルは「僕は人形は取らない…(中略)…紅天女の形だけには興味が無い」と答える。
このハミルとの会話をきっかけに亜弓は自分が阿古夜の心を掴んでいない事を自覚する。
雨の中、阿古夜の演技をする亜弓。劇団員を前に阿古夜として精霊の存在を皆に信じさせようとするが失敗する。自身もまた、精霊の心を信じていないと思い知るのである。
ここから亜弓の苦悩が始まる。どうやったら阿古夜の心が掴めるのか、どうやったら紅天女の心が掴めるか悩むのである。
そんな亜弓を事故が襲う。
劇団員の女性に照明器具が倒れかかって来たのをかばって自分が照明器具の下敷きになり頭を強く打ってしまう。
頭を打った直後は、大した事のないように思われたが、体の異常は徐々に現れた。
時々、物がよく見えなくなり、まわりの光景がぼんやりする事が度重なるのである。
そんな中、亜弓の両親が世界的な賞をダブル受賞したニュースが報道される。
才能豊かな両親を持った亜弓を劇団員達は羨ましがるが、亜弓は、自分の才能で光輝きたいと思っているので劇団員達のいいようを苦々しく思う。
そして、亜弓の家庭は賞を取っても家族揃って祝う事の出来ない淋しい家庭だった。
夜空に向って一人シャンパングラスを高く掲げる亜弓の姿が切ない。
翌日、またしても、稽古の最中、めまいを起す亜弓。稽古が終わった後、吐き気が止まらず、一人洗面所で吐いてしまう。
更衣室で母親の歌子に携帯で連絡を取ろうとするが取れない。
更衣室の床に気絶して倒れた亜弓の姿がページ一杯に描かれている。

さて、余談だが、以前も書いたが、北島マヤにしろ、速水真澄にしろ、美内先生は、一度、徹底的に落とす。
次に這い上がらせる為に落とすのだが、今回は姫川亜弓のようだ。
これは、紅天女の主演女優の座を姫川亜弓にする為に落としたのではないかと私は思っている。
話を元に戻そう。

姫川亜弓が倒れた頃、マヤは街頭で大々的にテレビで宣伝される亜弓の映像の前で青木麗と二人でいた。その時、マヤのバックの紐が切れてしまう。
マヤは何か不吉な物を感じるが理由はわからない。
街は姫川亜弓であふれている。駅の壁に、電車の吊り広告に亜弓のポスターが貼られ、街中が姫川亜弓で一杯である。
マヤは、そんな街の様子に、亜弓との差を思うが自分の紅天女を演じようと決心を新たにする。

翌日、キッズスタジオで桜小路と話すマヤ。
桜小路の「魂のかたわれと出会ったあとと前とではどんなふうにちがうんだろう」という言葉にマヤは速水と邂逅した梅の谷の出来事を思い出す。
「もし…そんな人に出会ったなら あたし… きっと今までの自分がどんなに孤独だったか…って気づくと思う…」
このマヤの台詞に桜小路は以前、誰か(実際は速水真澄だが、この時、桜小路はそれが思い出せない)から同じ言葉を聞いた事を思い出す。

一真と阿古夜が引き離されるシーンを練習する桜小路とマヤ。
黒沼は二人に魂の片割れ同士が引き離された悲しみが伝わって来ないとつげる。
マヤは黒沼に言われた通り想像力を働かせて魂の片割れを失った気持ちを掴もうとするが、魂の片割れを考える度に速水を思い出してしまう。忘れようとするが、忘れられない。

マヤは、月影千草に魂の片割れについてもっと教えてほしいと思って通りを歩いていると、マヤを待ち伏せしていた速水英介と出会う。英介と喫茶店に入り、仲良くパフェを食べるマヤ。
英介はマヤに月影千草の居所を教える。
英介との別れ際、車椅子から車に乗ろうとする英介を咄嗟に介助するマヤ。
英介はマヤのその行動に心を打たれる。
以前は、北島マヤを潰せと言っていた速水英介だったが、マヤとの交流に寄って、かなり態度が軟化してきている。

マヤが英介から聞いた住所に行って見ると、そこは、演劇協会会長の別邸だった。
そして、先客の速水に偶然出会うのである。

(2) 速水真澄
速水真澄とマヤの恋の行方であるが、43巻のラスト付近で速水真澄はマヤが紫のバラの人に恋をしている事を知る。
一度も会った事の無い相手に、恋をするような事が果たしてあるのか?
或る日、その疑問を速水は秘書の水城に尋ねる。
水城は、たとえ会っていなくても文通やインターネットで相手の言葉に触れる事で、相手の心に触れ、何年もそんな関係が続けば、いつのまにか大きな絆で結ばれている事に気づくと水城は速水に助言する。
水城の言葉に速水は動揺する。

月影千草は姫川亜弓の演技を見た後、大都芸能の社長室を訪れ、速水真澄と面会する。
速水は、千草に義父から「紅天女」を奪いたいと思っていると話すが、千草は、マヤの母親を死に追いやった責任を速水に思い出させマヤが「紅天女」の主演女優になった場合、独占契約は難しいだろうと言う。
月影千草が帰った後、社長室で一人落ち込む速水。
水城から一度も会った事の無い人間同士でも恋をする事があると言われていながら、それでも、一度も会った事のない人間に恋をする訳がないと思い込もうとする速水。
マヤが速水を許す事は生涯ないだろうと落ち込む速水。
マヤが紫のバラに口付けするシーンを思い出しながら、「どうすればいい?」と悩む速水は切なさで一杯で、読んでいるこちらの胸が苦しくなる。

そんな切ない気持ちを心に抱えたまま、速水は日常生活を送っている。
或る日、速水は桜小路と偶然出会い、桜小路との会話の中でマヤが速水と同じ思い、「魂の片割れに出会った後、それまでの自分がどんなに孤独だったか気づくに違いない」と言っていたと教えられ衝撃を受ける。
その夜、紫織と共にパーティに出席する速水。
街を見下ろすビルの最上階で、一人廊下に出て夜空の星を眺めている速水に紫織が、足下の都会の銀河の方が夜空の星より美しいと言う。
この時、速水は、マヤと紫織の差、自分と紫織との価値観の差を思い知るのである。
そして、自宅に戻り、煩悶する。
紫織は会社にとっても、自分にとっても申し分のない相手であり、なにより、こんな自分を愛してくれているのだから、彼女の気持ちに早く応えなければならないと思うが、心が重い。
何故、心が重いのか、その理由を速水は紅天女の恋に求めるのである。
マヤと自分が魂の片割れではないかという疑問。
速水は魂の片割れについて知りたくて月影千草の元を訪れマヤと偶然出会うのである。ここまでが44巻である。
この後、45巻、月影千草の元での邂逅のシーンへと続いていく。

(3)鷹宮紫織
さて、43巻で速水の自分への気持ちに強い不安を持った紫織は事ある毎に不安を増幅させる。
速水と共にパーティ会場の廊下で都会の銀河について話した後、速水の淋しそうな表情に紫織は、はっとする。
いつも優しくしてくれる速水。紫織は速水と自分との恋は二つに別れた一つの魂、紅天女の恋だと思っているが、速水も同じように思ってくれているのだろうかと疑問に思う。
速水には、まだ、自分の知らない部分があるのではないか?速水の総てを知りたい、そうすれば自分のこの不安を解消できるだろうと紫織は思う。
デートが中止される毎に贈られてくる花束。その中に紫のバラが入っていた事は一度もない。
伊豆の別荘にあった北島マヤのアルバム。北島マヤに贈られる紫のバラの花束。紫のバラの人。
速水に対する不信感は、次第に高まり、或る日、車の中から偶然、青木麗達を見かけた紫織は思わず声をかけてしまう。
そして、北島マヤが、「紫のバラの人」へ舞台写真のアルバムや卒業証書を贈った事を知る。
知ってしまった紫織の行動はすばやい。さっそく、速水の伊豆の別荘へ向かい、言葉たくみに別荘番を騙すと速水の書棚からマヤのアルバムと卒業証書を探し出し、速水が北島マヤの「紫のバラの人」であるという確証を得るのである。
速水の心が自分になく、北島マヤを深く愛していると知った紫織はマヤのアルバムから舞台写真を引きはがしずたずたにする。
そして、速水の心からマヤを追い出してやると固く決心するのである。

紫織は速水と婚約している。当然、速水が自分を最も深く愛してくれていると思っていた。
ところが、違った。
恋をした女は相手の男の総てを知りたいと思うものである。
人の心は決して覗く事が出来ないのに。
まして、相手の心を自分の思った通りには出来ないのに。
ここに紫織の不幸がある。優しくしてくれるのだから、きっと、私を愛してくれているのだろうとそう思っていれば彼女は不幸にはならなかっただろう。不安に思う部分には目をつぶり、相手の優しさだけを見る。
無邪気に相手の優しさを信じていれば、その内、本物になったかもしれないのに。
婚約者が他の女を愛していると知った時、紫織の心はどんな気持ちだったろうか?
速水に裏切られたと言う気持ちはない。ひたすら、マヤへの嫉妬に向う。
この女がいなければ。この女さえいなければあの人の心は私の物なのに。
マヤが速水が愛するに値する女でなければ、速水は自分を愛するようになるだろうと考えた紫織は、マヤへ嫌がらせをするようになるのだが、それは45巻以降の話である。

44巻は、姫川亜弓の怪我による紅天女の主演女優の行方、そして、鷹宮紫織が「紫のバラの人」の正体を知った事で速水とマヤの恋が今後どんな展開をするか、まさに、終幕に向けての助走の1巻であったと言えるだろう。




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