2010年お正月に寄せて  「初詣」




○○○○年、年末。
マヤは、「二人の王女」のアルディス役を掴む為、姫川亜弓と生活を取り替えていたが、さすがに正月まで他人の家に居座るわけにもいかず、アパートに戻っていた。

マヤと麗はアパートの自分達の部屋を綺麗に掃除をすると正月のお節やお餅を近くのスーパーに買い出しに行った。
道すがらマヤは麗に姫川邸での生活を話した。マヤは久しぶりに麗にいろんな話が出来るのが嬉しかった。

「だいぶ掴めてきたんだけど、初めてユリジェス、、、って相手役の名前なんだけど、ユリジェスに連れられて街に出る。そこで、飢えた人々がアルディスに物乞いをするんだけど、それまでアルディスは、人々を愛していると思っている。だけど、汚れきった物乞いがすがって来た時、思わずその手を振り払う。
その時の表情がむづかしい。」

「美しく優しいアルディスが初めて嫌悪感を見せる所だね。」

「そう、天使のようなアルディスの初めての嫌悪感。」

「まあ、正月くらいは休んでご覧。きっと、いい考えが浮かぶさ。」

「、、、、うん、、、、。」


大晦日の夜、二人は年越しの蕎麦を食べ、紅白歌合戦を見ると遠くで響く除夜の鐘を聞きながら眠りについた。


元旦。
麗と共にお雑煮を食べ、お節をつついたマヤは、近くの神社まで初詣に出掛けようと支度をしていた。
すると聖唐人が尋ねて来た。

「マヤ様、明けましておめでとうございます。私の主人が、マヤ様の振り袖姿をぜひみたいと申されまして、お迎えに上がりました。」

「えええええ!!! 振り袖って!」

「こちらで用意しておりますので、着替えていただき記念写真を取っていただきたいのです。」

聖はマヤを車に乗せると何処ともなく走り去った。
麗はそれを見送りながら、

「紫のバラの人って、本当に一体何者なんだ。」

といつも思っている疑問を口にした。

2時間後に帰って来たマヤは前髪に花かんざしを挿し、赤地に牡丹花があしらわれた振り袖を着ていた。
帯は黒地に亀甲模様が金糸で縫い取られている。

「麗、ただいま。」

「マヤ! こりゃあ、馬子にも衣装だね。可愛いよ。で、どうだった? 紫のバラの人に会えたかい?」

「ううん。振り袖を着て記念撮影をしただけなの。写真は焼き増しして私にも送ってくれるって。」

麗は紫のバラの人がどんな人間かわからなかったが、センスは良いと思った。
マヤは、せっかくの振り袖ではあったが、汚しそうなので着替えようとしたが、麗がせっかくだから初詣に行って写真を撮ろうと言い出した。そこで、二人は近所の神社に初詣に行く事にした。

神社に着くと鳥居の前に速水真澄が立っていた。いつものスーツにトレンチコート。どこから見ても隙のない格好で。

「げ、冷血、、、」マヤは思わず口を手で塞いだ。

「続きは?」速水は眼に笑いをたたえながらマヤに問いかけた。

「は、速水社長! あ、明けましておめでとうございます。」

「おめでとう。」と軽く会釈をしながら速水は返した。

「おめでとうございます。速水社長。」

麗もまた、速水が何かたくらんでいるのかと思ったが取り敢えず神妙に挨拶をした。

「おめでとう、青木君。君たちはこれから初詣?」

「ええ、1年の初めにと思って。」

速水はしみじみとマヤの振り袖姿を眺めた。

「君にしては、珍しくおしゃれをしているじゃないか! 馬子にも衣装だな。」といつもの軽口をたたいた。

「は、速水さん、正月早々、私をからかいに来たんですか?」

「俺がそんな暇人に見えるか?」

「見えます、りっぱに。」

「はーはっはっはっは! ちびちゃん、君にはかなわんな。」

「速水社長。我々に何か御用なんでしょうか?」麗は冷静に速水に問うた。

「青木君、偶然通りかかっただけなんだ。車の中から君たちを見かけてね。
 ちびちゃんの振り袖が珍しくてな。それで見に来たというわけさ。
 君たち、これから初詣なんだろう。ついでだ、俺も一緒に詣でよう。」

麗とマヤは、お正月だし、まさか正月から速水も嫌がらせはしないだろうと踏んで、一緒に詣でる事にした。
マヤは社の前で、鈴を鳴らし、神妙に祈りを捧げる。
アルディスの役を掴めますように、お芝居が成功しますようにと祈った。

マヤが、ちらりと速水の方を眺めると速水もまた神妙な顔をして祈っている。
マヤは、

(速水真澄って意地悪でゲジゲジだけど、顔だけはきれいなのよね。)

と思った。柏手を打って参拝を終えた速水をマヤがからかった。

「へえ〜、速水さんが神頼みですか? 敏腕社長には似合いませんね。」

「何、俺だって神も仏も大事にしてるさ。宗教と対立すると後が怖いからな。」

3人は帰りにおみくじを引き、運勢を占った。

マヤの引いたのは大吉。
総合運「梅の実の鈴なりになるがごとし。何をやってもうまくいくでしょう。恵方:西北」
恋愛運「運命の人がわかるでしょう。」
金銭運「くじを引くといいでしょう。」

「わーい、何をやってもうまく行くんですって。嬉しい! 麗、運命の人がわかるって。どんな人かな〜。今年は宝くじを買おう。」

麗が引いたのは中吉。
総合運「梅の花に鶯の鳴くがごとし。小さな努力で大きな成果が上げられるでしょう。恵方:南」

「ふーん、小さな努力で大きな成果か。よし、がんばろう!」と麗は自身に気合いを入れた。

恋愛運「一線を超えてはいけません。」
金銭運「身を謹んでいれば貯金がたまるでしょう。」

「身を謹んでいれば貯金がたまるって当たり前じゃん。
 だけど、恋愛運の一線をこえるなって、どういう意味だ? 」

麗は腕組みをして小首をかしげ渋い顔をした。

「彼氏が出来ても押し倒したらいけないって意味じゃない?」

マヤがからかった。

「私に彼氏が出来る? う〜ん。考えられないね。押し倒す前にそこが問題さね。」

麗は自分の事をとてもよくわかっていた。

速水真澄の引いたのは大凶。
総合運「梅の実のことごとく地に落ちるがごとし。何をやってもうまくいきませんが信心により救われるでしょう。恵方:無し」
恋愛運「蛇に見込まれるでしょう。」
金銭運「投資はすべて泡となるでしょう。現金だけが信用できます。」

「なんだあ! この運勢は!」

横から覗き込んでいたマヤがここぞとばかりにからかう。

「今まで、散々悪い事をして来たからその報いを受けるって意味じゃないですかあ〜!」

「最悪だな。こういうのは神社に返してしまおう。」

速水は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、お神籤をお神籤用のわら縄に結びつけた。
麗が助け舟を出した。

「大凶というのは、これ以上落ちようがない、つまりこれから上がるばかりだと考えたらいいそうです。」

「では、大吉は落ちるばかりか。」と速水。

「あ、あたし、大吉。」とマヤ。

「じゃあ、落ちるばかりだな。」

「まだ、てっぺんに立ってないのに落ちるばかりって、、、。これから、てっぺんに立つんだから。落ちるのはそれからでもいいもん。それより速水さんこそ、これ以上落ちようが無いって、今でも十分落ちる余地があると思いますけど。」

速水真澄と言えば、業界では一目も二目も置かれた男。
この男を怒らせたらえらい事になる。
麗はマヤが速水に減らず口をたたくのを、ヒヤヒヤしながら聞いていた。

「何を言っている。君からみたら落ちる余地があるかもしれんが、俺からみたら今でも底辺だ。
 これから、まだまだ上を目指すさ。」

マヤも麗も速水には負けると思った。
今でも会社の社長で何でも持っているのにこれ以上どんな上があるのかとマヤも麗も思った。

速水は嫌な事はすぐに忘れる主義だったので、話題を変えた。

「君たち、カメラは持っていないのか?
 せっかくちびちゃんが振り袖を着てるんだ。
 良ければ、写真を撮ってやろう!」

「ねえ、麗、一緒に写真撮ろう!」

二人は神社の前で速水に写真を取って貰った。
麗はいつものパンツスーツにハンチングハット。マフラーを巻いている。
後日、出来上がった写真を見るとその写真はどう見たって、マヤがボーイフレンドと並んで立っている写真だった。

速水はマヤにカメラを返すと

「さて、君ともう少し漫才をやっていたいが、、、、そろそろ、時間だな。
 君のアルディス、楽しみにしているよ。せいぜい光輝く姫君に化けてくれたまえ。」

そう言って速水は笑いながら車に乗って去って行った。
去って行く速水にマヤは大声で叫んだ。

「ええ、ええ、もちろん光輝くような美女に化けてやるんだから。べーっだ!」

麗は、振り袖を振り回しながら叫ぶマヤを見て本当に光り輝く美女に化けられるのか不安になった。

帰り道、マヤは赤ん坊を抱いた母親とすれ違った。マヤは赤ん坊をべろべろばあとあやしていたが、赤ん坊がよだれでべとべとになった手でマヤの振り袖に触ろうとした時、とっさに振り払った。

(いや、振り袖が! 振り袖が汚れる! 紫のバラの人にいただいた振り袖が!)

そう思ったら、赤ん坊の手を振り払っていた。

(あ、相手は赤ん坊。)

「ご、ごめんなさい。」

マヤは母親に謝った。

「いいんですよ。きれいな振り袖ですもんね。ねえ、○○ちゃん。」

そう言って母親は赤ん坊ににこにこと話しかけながら去っていった。
マヤは、はっとした。

(ああ、そう、このタイミング。これが、アルディスが物乞いの手をとっさに払いのけるタイミング。
 初詣で速水真澄と会ったのは最悪だったけど、アルディスの演技が掴めたわ。
 神様、ありがとう!)

マヤはもう一度、神社に向かって柏手を打った。


その年、マヤは「二人の王女」のアルディス役でまさに光り輝く美少女に化け速水の鼻を明かす。
そして、「忘れられた荒野」の狼少女ジェーン役で全日本演劇協会最優秀演技賞にノミネートされ、翌年、受賞。
まさに大吉の年だった。

一方、速水には鷹宮紫織との見合いが待っている大凶の年だった。
だが、もちろん速水はまだ知らない。
今は只、マヤと共に初詣に行けた事を喜び今年はいい年になりそうだと上機嫌でいた。


東京の空に雪がちらつき始めていた。






あとがき

読んでいただいてありがとうございました。
「二人の王女」の公演の初日を1月下旬として、マヤのお正月休みのお話を作ってみました。
お楽しみいただけましたでしょうか?
尚、マヤの着ている振り袖は、Francesca様のサイトにあったマヤのポストカードを参考にしました。
http://www.dreamsaddict.com/garasunokamen/images/illustrations/GnKPostcard02.jpg
読者の皆様へ 心からの感謝を込めて!




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