クリスマスに寄せて  「イブの贈り物」





マヤは、北白川藤子の招待で教会に来ていた。
今日は、クリスマス・イブ。
マヤは教会の雰囲気に浸りアルディスの心を掴もうと思っていた。
教会に行くと聖歌隊の世話をする北白川さんがいた。
マヤは挨拶をすると、教会の隅の席に座った。
6時からキャンドルサービスが行われる。
キャンドルサービスが始まるのを待っていると、隣に人が座る気配がする。
ふと、目を上げると、速水真澄だった。

「は、速水さん! ど、どうしてここに!」

マヤは思わず椅子からずり落ちそうになった。

「俺だって、年に一回、神様に懺悔をするんだが。」

「うそ! また、人の事を見張ってたんですね。あたし、きっと、優雅なアルディスを演じて見せますから。」

「そう願いたいね。ほら、キャンドルサービスが始まるぞ。」

マヤは、はっとして振り返った。
パイプオルガンの曲が鳴り響く。
聖歌隊の面々がキャンドルを持って、しずしずと教会に入って来ていた。
優しく緩やかな賛美歌を唄っている。マヤには曲の名前がわからなかったが美しいと思った。
マヤは速水の事は忘れ、気持ちはアルディスに集中していた。

(アルディスもきっとこんな気持ち!)

キャンドルサービスが終わり、ミサが始まった。
神父様が、キリストの生誕を祝う説教を行っている。
マヤは、敬虔な気持ちになった。素直にキリストの生誕を祝う気持ちになれた。
アルディスもきっと神様に祈りを捧げる時はこんな気持ちだったのだろうと思った。

説教が終わり聖歌隊の歌が始まった。
ボーイソプラノの透明な歌声が教会に響く。
幻想的なキャンドルの明り。
マヤは心が洗われるようだと思った。

(ああ、そう、この気持ち! この透明で穏やかな気持ち。これがアルディス)

やがて、ミサが終わりマヤは帰ろうとした。すると速水が話しかけて来た。

「ちびちゃん、送ろう!」

「、、、速水さん、、、。ええ、お願いします。」

「どうした? 今日はやけに素直じゃないか?」

マヤはにっこりと速水に笑いかけた。

「速水さん、今、あたし、アルディスの心を掴んだんです。
 しばらく、この心のままでいたいんです。」

「ほう、では俺も紳士でいるとしよう。」

マヤは北白川藤子に挨拶をすると教会を出た。
教会を出ると、雪が静かに降っていた。
速水はマヤに傘をさしかけた。

「速水さん。ありがとうございます。」

マヤはアルディスの仮面を被っていた。
速水はマヤの変身ぶりにこのままアルディスのままでいてくれたらと思った。

「君はこの後、どこに行くつもりだ。」

「一角獣や仲間達とクリスマスを一緒に祝う予定です。、、、速水さんは、クリスマスをどう過ごされるんですか?」

「俺は仕事だと言いたいが、この雪でキャンセルになった。」

「キャンセル?」

「ああ、お客さんが来る筈だったんが、雪で新幹線が止まった。それで、キャンセルになった。
 おかげで、教会で君と会えた。君が教会に入って行くのを車の中から見かけてね。
 クリスマス・イブを一人で過ごさなくても良くなった。」

「えっ? どなたと、、、一緒に過ごされるんですか?」

「君とだよ。ちびちゃん。」

マヤは、柔らかな笑みを浮かべながら穏やかに応えた。

「、、、あたしはこれから仲間と過します。速水さんはどうか別の方と、、、、。」

「そういう風に穏やかに断られると調子が狂うな。本当にアルディスの心になっているんだな。
 では、アルディス姫、ここに親に見放され仕事を失い路頭に迷った子羊がいます。
 哀れと思ってクリスマスディナーを一緒に過ごして貰えませんか?」

「だって、速水さん、路頭に迷ってないじゃありませんか?」

マヤはあまりの速水の図々しさに思わず仮面がはずれた。
速水は、くっくっくっくと笑い出した。
それから、はーっはっはっはと大声で笑った。

「そ、そんなに笑わなくたっていいじゃありませんか?
 ここは舞台じゃないんですから、仮面が外れたって。
 むしろ、仮面をつけてない方が普通なのに。」

マヤはぷいと怒るとずんずんと歩き出した。

「ちびちゃん、ごめん、ごめん。
 さ、君のお仲間が待っている場所まで送ろう。」

速水はそう言ってマヤを車へと誘った。
マヤは仕方なく車に乗ると、相変わらず怒った顔をしていた。

「悪かったな、せっかくアルディスの心を掴んだ所だったのに。」

マヤは、いつまでも怒っているわけにもいかず、

「いえ、いいんです。感覚はわかりましたから。でも、せっかくのイブに一人で過ごすなんて、お気の毒ですね。」

マヤはここぞとばかりに嫌みを言った。

「気を使わなくていいから楽だぞ。世の中の恋人達は大変だろうがな。プレゼントを用意したりレストランを予約したり、、、。」

「でも、それが楽しいんじゃないんですか? 好きな人の為に何か用意するって。その人がプレゼントを貰ってどんな顔をするかとか、、、。」

「ふむ、つまり客の接待と同じだな。相手を喜ばせてあわよくば、永遠の恋人の席をゲットする。つまり契約に持って行くわけだ。そう考えると楽しいかもしれんな。」

マヤは、さすが冷血仕事虫、考える事が違うと思った。
やがて、目的地に着くとマヤは車を降りた。

「速水さん、送っていただいてありがとうございました。」

そう言ってぺこりと挨拶をした。
見上げると速水が優しい瞳をしてマヤを見ていた。
マヤは、はっとした。

「いえいえ、どう致しまして!」

速水は緩やかな笑顔を浮かべたまま、そう言うと帰っていった。
マヤは速水の優しげな瞳を見る度に速水がわからなくなった。
わからないまま、速水の車が行ってしまうのを見送っていた。



一方、速水は車のバックシートに身を沈めながら、普段は無神論者の速水だったが、今日は神に感謝していた。

 雪を降らせてくれた事を。
 新幹線を止めてくれた事を。
 教会に行くマヤを見つけさせてくれた事を。
 マヤと共にミサを過ごさせてくれた事を。
 キャンドルの灯りに映えるマヤの横顔を見せてくれた事を。
 そして何よりアルディスのままだったとはいえ、マヤの笑顔を与えてくれた事を。

神に深く深く感謝した。

メリークリスマス!




あとがき

お楽しみいただいけましたでしょうか?
速水さんの小さな幸せを書いてみました。
皆様にもささやかな幸せが訪れますように!



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