「二人」番外編 「クリスマスの贈り物」




 速水はベッドの上で唖然としながら、マヤが去って行ったドアを見つめていた。
側にいた看護士の明るい声で我にかえった。

「まあ、あんな可愛らしいお嬢さんがお嫁さんになって貰えるなんて、良かったですね」

「……、では、俺が聞いたのは幻ではなかったのか」

「あら、幻覚だと思ったんですか? 大丈夫です。私が保証しますよ。あのお嬢さんは確かに速水さんにプロポーズして行かれましたよ。恥ずかしそうにしてましたけどね。この花束、花瓶に活けて来ますね」

看護士はマヤが持って来た花束を花瓶に生ける為、病室を出て行った。
速水は、ぼんやりと天井を見上げた。

(まさか、知られていたなんて!
 なんてことだ!
 マヤ……、
 マヤが俺を愛してくれているなんて……、
 信じられない!)

速水は柄にもなく顔が赤くなるのがわかった。
やがて、看護士が花瓶に生けられた花束を持って戻ってきた。
花瓶を窓辺に置く。
速水は、ぼんやりと花束を眺めた。
色とりどりの小さな花が活けられている。まるで、たくさんのマヤがいるようだ。

(『あたし、あたし、あなたのお嫁さんになります!
 どうせ、なり手がないんでしょ、だったら、あたしがお嫁さんになってあげます』)

速水はマヤの言葉を反芻した。
そして、笑い出した。笑うと刺された所が痛んだ。
速水は笑いを納め、さてどうしようと思った。

(あいつ、俺の返事を聞きもしないで出て行ったな。
 俺が断ったらどうするつもりだったんだ)

速水はマヤに追いかけられるのも楽しそうだと、ちらっと思った。
マヤと家庭を作る。結婚して家庭を作る。最愛の人と共に生きて行く。
速水は胸が熱くなった。涙がにじむ。
やがて、速水は幸福な夢の中で眠りについた。

速水は携帯で電話が出来るようになると、水城に宝石商を呼ぶように言おうと思った。
次にマヤが来るまでに指輪を用意しなければと。
だが、やめた。
父、藤村が、母、文に贈った指輪を思い出した。
速水は執事の朝倉に、自分の部屋のクローゼットからトランクを持って来させた。
子供の頃の思い出がつまっている。
その中から、小箱を取り出した。母が死ぬ前、真澄に残した物だった。

(『真澄、あなたのお父さんが無けなしのお金でこれを買ってくれたのよ。
 好きな人が出来たらこれを上げなさい』)

母の言葉がよみがえる。
紫色の石がついた金の指輪。
マヤの指に合うだろうかと思った。
が、速水は義父英介の事を考えた。
それから、ふっとため息をついて速水はその指輪を元通りトランクにしまった。
速水は、宝石商を呼ぶと、紅梅色をしたルビーの指輪を買い求めた。


マヤの指にその指輪をそっと指して、婚約は成立。
二人は翌年、結婚。

1年が過ぎる頃、英介が亡くなった。その年のクリスマス。

二人は仲のいい夫婦ではあったが、時が二人の間に小さな諍いを繰り返させていた。
マヤは芝居に没頭すると何も見えなくなった。
夫である真澄を蔑ろにしたわけではなかったが、生活の中で二人の間はぎくしゃくしたものとなっていた。
楽しい筈のクリスマスイブにも真澄はいなかった。
マヤは夫の仕事を理解していたが、淋しさがつのった。
マヤは一人クリスマスツリーの元で夫の帰りを待っていた。
マヤは夫のクリスマスプレゼントにiPadを選んだ。
星空を表示するソフトが入っている。
このプレゼントを見て、マヤは夫に思い出してほしかった。一緒に見た満天の星空を。
マヤは真澄へのクリスマスプレゼントを胸に抱きしめて、ため息をついた。

(あなた……、もう、あの頃のあなたはいないの?
 あたしを一生懸命愛してくれた、あなた。
 あたしが、大ッ嫌いって言っても、ずっとずっと愛してくれた紫のバラの人……)

マヤはわかっていた。
夫がいつも自分を愛してくれている事を。
わかっていても、今、速水が大都のクリスマスパーティに出席していて、来春、大都から売り出す美しいモデルの女性をエスコートしている事に心がざわつくのを抑えられなかった。
速水はマヤがパーティを苦手なのを知っていた。
速水の妻として大都のパーティにマヤを出席させるのを速水はためらった。
マヤの為を思っての配慮だったが、マヤはそれを誤解した。
マヤは、ほーっとため息をつくとプレゼントをツリーの側のテーブルにおいて寝室に向った。

夜半過ぎ、帰宅した速水は、書斎へと急いだ。
書斎にマヤの為に用意したプレゼントが置いてある。
それを取り上げるとタキシードを着たまま、速水は寝室に入った。

速水が寝室に入ると、マヤの寝息が途切れた。

「あなた?」

マヤは、眠たそうにしながらナイトスタンドをつけた。
速水が枕元にすわる。

「マヤ、これを貰ってくれるか?」

「これは?」

「クリスマスプレゼントだ」

マヤの顔にぱっと笑顔が広がる。
小さな箱を開けると、紫の石をつけた金色のリングが出て来た。

「父が、藤村の父が母に贈った指輪だ。
 義父の手前、君に贈るのをためらっていたんだが、もういいだろう。
 母から好きな子が出来たら上げなさいと言われていたんだ」

マヤが真澄を見上げる。

「今でもあたしは、あなたの好きな子?」

「ああ、そうだよ。君は?」

「あたしも! あたしもあなたが大好き!」

マヤは夫の首に腕を回して抱きしめた。
速水は愛妻の左手を取ると薬指にその指輪を指した。
結婚指輪と共にマヤの左手の薬指を飾る母のかたみの指輪。
紫の光がきらりと放たれる。
二人は抱き合い、口付けをかわした。

深夜、二人はクリスマスツリーの下で二人だけで聖夜を祝った。
窓の外には白い雪が、ふわふわと舞っていた。






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