「続 かりんの冒険 Part3 」



 犬になった私は速水邸で暮らすようになった。

速水さんの足下にじゃれつくのは楽しい!
速水さんと一緒に廊下を歩く!
椅子に座った速水さんの膝に飛び乗る!
速水さんの手から、ドッグフードを貰う!
速水さんの周りをくるくると走り回る!
速水さんが帰ってきたら、お出迎えをする!
部屋についていって、きゃんきゃん吠える。

速水さんは、気が向くと、私の頭を撫でてくれる!
きゃあー、速水さんの大きな手!

速水さんは深夜、疲れて帰って来る。
いつも疲れて帰って来る速水さんの為に何かしたい。

で、芸をしてみる事にした。
この体は軽い! 
速水さんのベッドの上をぽぽぽぽーーんとはねる。

側転やったのは、高校生の時だったけど、この体なら、とんぼ返りが出来そう。
よし、練習して、速水さんを笑わせるんだ。

私は、速水さんが会社に行っている間、とんぼ返りの練習を始めた。
その場でまずジャンプ。くるっと後ろ向きにまわってみる。最初は、ベッドから落ちたけど、なんとかこつを掴んだ。


深夜、速水さんが帰って来た。
私は、とんぼ返りをして見せた。
速水さんはくすくすと笑いながら

「おや、パック、君は意外に芸達者だね。もう一回、やってご覧」

といって褒めてくれた。
私はもう一回とんぼ返りをした。

ーーねえねえ、頭を撫でて。高い高いをして。また、ペロペロしちゃうから!

速水さんは頭を撫でてくれたけど、仕事があるからと私は部屋から追い出された。


翌日、速水さんは休日だった。
速水さんは朝食を食べながら、隣でドッグフードを食べている私をじっと見ている。
何か考えている。
うーん、あの顔、悪巧みをする時の顔だ。

朝食が終わると速水さんは私をキャリーバックにいれて、車につんだ。

ーーねえ、私をどこにつれていくの。

私は速水さんにどこに連れて行かれるのか不安だった。速水さんの表情は重い。
連れて行かれた先は鷹宮邸だった。

ーーあーん、私を紫織の所へ連れて行くの。
  やだー、やだやだ、絶対毛をむしられる〜!!!!

速水さんは私を紫織の所に連れて行った。
紫織は相変わらず、紫のバラをむしっている。プチッ! プチッと!

そんな紫織に速水さんが話しかける。

「紫織さん、あなたの慰めになればと思って、うちの犬を連れて来ました。
 面白い芸をするんですよ。
 ほら、パック、飛んでみせろ」

私は速水さんに言われて仕方なく飛んでみせた。紫織のベッドの上で。

ポーン、クルッ ストン!
ポーン、クルッ ストン!

紫織がぼんやり私を見ている。
私はもう一度、飛んで見せた。

ポーン、クルッ ストン!

紫織がバラをむしるのをやめた。
私は仕方なく、紫織の側へ寄るとペロペロと手をなめた。
うぎゃ、こいつの手、にが〜い。
それに、バラの匂いにまぎれてるけど、こいつ臭い。消毒薬の匂いがする!
ハンカチはいい香りがするってマヤが言ってたのにー!
私は速水さんの方へ戻ろうとした。

そしたら紫織に掴まった。

ーーぎゃー、やだ、やだやだ。
  速水さーん!

私の声は、きゃんきゃんきゃん。速水さんには届かない。
速水さんは紫織に優しく話しかける。

「かわいいでしょう」

紫織さんは私を抱きしめると、泣き出した。
速水さんがおろおろしてる。

お付きの滝川が、速水さんに言った。

「速水様、今日はお引き取りになられた方が……」

「……そうですね、わかりました、今日は失礼しましょう。おいで、パック!」

私は紫織の手を逃れて速水さんの方へ行こうとした。だが、紫織が離さない。

ーー離せよ、私は速水さんと一緒に帰るんだから!

速水さんは紫織の様子をじっと見ている。

ーーま、まさか、このまま、私を置いて帰るの? 速水さん?

「紫織さんが気に入ったようなので、パックは置いて帰りましょう」

私は懸命に鳴いた。

くぅーん、くぅーん

だけど、無情にも速水さんは行ってしまう。くそーっ!
ええい、仕方がない。大人しくしてやろうじゃない。
このお嬢様が正気に戻ってくれて、速水さんと別れるって言ってくれたら、丸く収まるんだから!
おーし、頑張るぞ!

私は、しょうがないから涙で濡れた紫織の顔をなめてやった。
げーっ、気持ち悪いよう!

が、紫織は、それでも泣き止まない。
こういう時は思いっきり泣いた方がいいのだろう。
バラをむしるのを止めただけましかな。
紫織が私を抱きしめているので、そのままになってやった。
やがて、紫織は泣きながら眠ってしまった。


私は鷹宮邸で暮らす事になった。
鷹宮紫織は、私を抱きしめながら、何度となく泣き、眠るを繰り返した。
紫織が食事をする様子を見たが、ほとんど、食べないのだ。
失恋のショックってこんなにひどいのか? 発作的に自殺しようとする程だからな、きっとひどいんだろう。
マヤだって、速水さんに失恋したんだぞ。
速水さんがあんたと婚約した時。
それに、あんたの仕掛けた罠で速水さんから嫌われたって思った時だってあったんだ。だけど死ななかったぞ。
あんたも、部屋にばかり閉じこもってないでさ、散歩くらいしたら?
こんな事言ったって、あんたの耳には届かないんだろうけどさ。


紫織の元には毎日、主治医がやって来た。
腕の刺し傷はもういいらしい。
私は、紫織の前でとんぼを切ったり、ボールを紫織の元へ運んだりした。
私はとうとう、紫織の着物の袖を引っ張って庭に行こうと促した。
紫織が私に話しかける。

「おまえ、真澄様に飼われていたの? いいわね、真澄様に愛されて……」

「別に愛されてないよ」

紫織が目を丸くして私を見た。
え!!!、なんでいきなりしゃべれるの?
犬がしゃべったらおかしいでしょう。
どこぞの会社のCMでもあるまいし。
私はすぐに、犬の鳴きまねをした。

きゃうーん、きゃうーん

犬が犬の鳴きまねをするって、これでいいのか?
まあ、いい、深く考えまい。

「私の空耳ね、犬がしゃべるなんて……、聞いて頂戴、パック。
 私はね、真澄様から嫌われたの。
 嫌われるような事をした私が悪いの。
 わかってるわ。
 わかってても、それでも、嫌われるのは辛い……。
 もう、あの方の心は取り戻せない、取り戻せないの」

ああ、もういい、もう一度、速水さんと遊んで貰いたかったけど、仕方ない。
恐らく、もうすぐ、魔法が解けるのだ。
だから、しゃべれるようになったんだ。ああ、もうやけくそ!

「あんたさ、少し、運動しなよ」

紫織はもう一度、目をまるくした。

「あたし、犬じゃないの。信じられないだろうけど。でも、聞いて、速水さんはあんたを嫌ってないよ。
 無関心なの」

「無関心?」

「そ……、速水さんはね、英介に言われて仕方なくお見合いをしたの。だから、なかなか返事をしなかったでしょう。
 あんたも言ってたじゃない。『あなたの心にあたしはいないのに』って。うすうす、分かってたんでしょう、あんただって愛されてないって。でも、認めたくなかったのよね」

「い、犬のくせになによ」

「そ、犬だよ。でも、いろいろ知ってる。速水さんは、あなたをこんな風に追い込んだ事、責任感じてる。とっても悪いって思ってる。それに、あなたのおじいさんが、いろいろ条件だして、あんたと結婚してくれって頼んだの。このままだと速水さん、あんたと結婚するよ。それでもいい? 自分を愛していない、ううん、これっぽっちも自分に関心を持ってない男と結婚してもいいの? 結婚生活は、おそらく、悲惨だよ」

「でも、私は……」

「そばにいるだけでいいんだよね。だったら、速水さんに愛を求めるなよ。黙って側にいろよ。速水さんが何をしようと目を瞑れよ。婚約者なんだから愛されるのが当然なんて思うなよ」

「な、生意気な!」

紫織がきりりと目くじらを立てた。

「おお、その調子! べそべそしてるより怒った方がいいよ! 元気が出るしさ……」

紫織は私の言葉にはっとしたようだ。

「さ、散歩に行こうぜ。それとも、あんた何か運動をやった事あるかい?」

「いいえ」

「じゃあ、とにかく散歩に行こうぜ、体を動かしたら、また、生きる気力が沸いて来るさ」

紫織は何か考えていたが、滝川を呼ぶと、支度をさせた。鷹宮邸の庭は広い。りっぱな日本庭園だ。
私は、お気に入りのボールを紫織に渡した。
紫織は芝生の上で私にボールを投げてくれた。私は、かわいい犬のふりをしてボールを取って来た。それを何度も繰り返す。
しばらくすると、紫織の頬に赤みがさしてきた。顔色が少し戻ったようだ。
庭を散歩して、ボール遊びするだけだったが、それでも、気分が変わったようだ。
紫織は部屋に戻ると、部屋中においてあった紫のバラを捨てさせた。
私は紫織に言った。

「さ、私を速水さんの所に戻してよ。もう、大丈夫だろ」

「嫌よ、あなたを気に入ったわ。しゃべる犬なんて、滅多にいないんだし」

「ええ! それはないよ、お嬢さん。……でも、きっともうすぐ、帰る事になると思う」

「どうして? 真澄様に言ったら、あなたをまだここに置いていいって言って下さるわ」

「いいや、速水さんじゃない。もうすぐ、やってくるの。黒ずくめの奴らが!」

私が言い終わらない内に、わらわらと人が現れた。黒装束の男達。ミウッチの手の者だ。彼らは紫織から私を手荒に取り上げようとした。

「お前達は何者? この犬をどうするの?」

紫織が抵抗する。私は叫んでいた。連れて行かれるのはわかっている。

「お願い! 速水さんを愛しているなら、幸せにしてあげて! お願い、婚約を解消してあげて! 速水さんに伝えて! 同情で結婚してもいい事ないって! 誰も幸せになれないって!」

黒装束の男達は何も言わずに私を紫織から取り上げると、私に薬を嗅がせた。意識が薄れて行く。


次に目ざめたのは自宅のリビングだった。
私は習慣で四つん這いになっていた。思わず、のびをする。犬式の……。そこで気が付いた。

「あ、私、犬じゃないんだ!」

改めて、二本足で立ち上がる。

「どうなったかな、紫織さん。速水さんが、バカな事してないといいんだけど」

私は独り言を呟いていた。


最後に見た紫織は驚いた表情だったが、生気が戻って来ていた。
失恋から立ち直るんだろう、紫織は。そして、もう一度、改めて、速水さんに愛されない、いや、無関心な現実と向き合うのだ。このまま、別れたら、忘れられるんだろうに……、速水さんは結婚しようとするんだろうなあ。

ーーくそ〜! やっぱり、速水英介に噛み付いておくんだった。あの野郎。諸悪の根源!

私は、もう一度、新月を待つ事にした。もう一度、いや、何度でも行ってやる! ガラスの仮面の世界に!
そして、そして、速水英介のケツに噛み付いてやる〜!!!



数年後。
「ガラスの仮面」は完結した。試演を見た鷹宮紫織は速水真澄の頬を一発なぐると、婚約を解消した。

捨て台詞は

「私、あなたと結婚出来ませんの! 何故って、あ、あなたは、私の魂の片割れではありませんもの。二度と私の前に現れないで!」

おお! よく言った! 鷹宮紫織! あんた、やっぱりお嬢様だ!









最後まで読んでいただきありがとうございます。
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読者の皆様へ 心からの感謝を込めて!




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