膝枕 



 或る晴れた春の日の午後。
 速水真澄は、翌日のゴルフコンペに備え、ゴルフの練習をする為、自宅の庭に設けられた練習場に向っていた。
手にはゴルフバックを持っている。真澄はアイアンの5番7番あたりを練習して勘を取り戻すつもりだった。
庭の小径をつたって行く。
使用人達の何人かは住み込みである。
彼らの住んでいる離れの脇を通ろうとした時、猫の鳴き声が聞こえた。
珍しいと思って声の方をみると、菊が縁側で膝に猫を抱いてうつらうつらしていた。

−−ああ、そうか、今日は休みだったな。

真澄はそう思いながら通り過ぎた。

練習場に着くと、1番ウッドから9番アイアンまで、一通り振ってみる。パターの練習もして、勘を取り戻す。
集中して練習をしていたら、いつの間にか、随分時間が立っていた。
真澄は、練習を切り上げると母屋へと小径を戻った。
離れの前を通ると、菊が猫を抱いたままお茶を飲みながら鯛焼きを食べている。
真澄は、それを見た途端、喉の乾きを覚えた。

「菊さん、水を一杯貰えるか?」

真澄は離れと小径を仕切る生け垣の合間から菊に声をかけた。

「あ、これは、真澄様。はい、ただいま」

真澄は、縁側にすわり、菊が水持って来てくれるのを待った。
菊はコップに水をくんで戻ってきた。真澄の前に差し出す。
真澄は水を受け取るとごくごくと喉をならして飲んだ。

「鯛焼きも貰えるか?」

菊はにこにこを笑いながら、皿一杯の鯛焼きを差し出した。
一緒にお茶を真澄の前に置く。
真澄が鯛焼きを手に取ると、菊の膝に乗っていた猫が、真澄の方に寄って来た。

「ミケ 駄目ですよ。さ、こっちにいらっしゃい」

ミケと呼ばれた猫は菊の方を振り返ったが、戻ろうとはせず、真澄の匂いをふんふんと嗅いでいる。

「この猫、鯛焼きを食べるの」

「いいえ、食べないんですけど、きっと、真澄様が珍しいのでしょう」

「ふーん」

猫は確かに真澄を珍しそうに見ている。
真澄は鯛焼きのしっぽ、あんこの入って無さそうな所をちょっと取ると猫の前に差し出した。
猫は、差し出されたものをふんふんと嗅いだが、やはり、知らん顔した。
それから、おもむろに真澄の側で横になると、真澄のふとももに頭を預けた。
真澄は鯛焼きを食べている間、猫をそのままにしておいた。
鯛焼きを食べ、お茶を飲むと、真澄は眠気を覚えた。

「菊さん、ついでだ、耳かきをしてくれ」

「はいはい」

菊は、すぐに耳かきを持って戻って来た。
真澄はごろりと横になると、自分もまた、猫と同じように菊の膝に頭を預けた。
猫は、真澄が動いたのに驚いて飛び退いたが真澄が横になったのをみると、真澄の胸元に潜り込んできた。
真澄は猫を好きにさせておいた。
菊は膝にのった真澄の頭を軽くおさえると耳かきを始めた。
真澄は目を閉じたまま、うつらうつらする。
胸元の猫も喉を鳴らしている。

「さ、真澄様、反対を向いて下さい」

真澄は、ごろりと寝返りを打った。
猫は今度は、真澄の背中に頭をもたせる。
真澄は、心地よさにさらに眠りに引き込まれた。
耳の中を撫でられる心地よさ、背中に感じる猫の暖かみ。
穏やかな春の日差し、風の香り。
平和である。

−−『神、そらに知ろしめす。
   すべて世は事も無し。』




「さ、終わりましたよ」

半分眠っていた真澄は、菊の声にぼんやりと目をあける。

「ああ、ありがとう……」

真澄は、起き上がった。うーんと伸びをする。
猫は、菊の膝の上があいたので、待ってましたとばかりに菊の膝の上に乗り、ぐるりと丸くなった。
それを見た真澄は菊の膝から猫をひょいと取り上げた。

みぃーっ

猫が不満の声を上げる。
真澄はそのまま、もう一度、ごろりと横になって菊の膝に頭を乗せた。

「まあ、まあ、ぼっちゃん! なんですか! 大きななりで!」

「うん? たまにはいいだろう、菊の膝は猫ではなく俺の席さ」

「ま!」

菊は、しわだらけの顔を更にしわしわにして、嬉しそうに笑った。









最後まで読んでいただきありがとうございます。
速水さんの日常シリーズ3作目「膝枕」です。猫と菊さんの膝を取り合う真澄様を書いて見ました。^^
楽しんでいただけると嬉しいです。!




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