このお話は、「ガラスの仮面」未刊行部分の最後から始まります。

紅の姫神

    第一章

速水真澄は、紫のバラの人としての最後の役目を果たそうとしていた。
マヤに、紫のバラの人を思い切らせ、その上で、マヤには多くのファンがいる事を思い出させる事が目的だった。
部下に北島マヤファンクラブを作らせた。
マヤが通っていた一ツ星学園高校の同級生、体育倉庫を管理していた体育主任の丹波先生、数学の吉原先生に呼びかけ、紅天女の試演の前に、応援に行かせたのだった。
ファンの輪は広がった。
アルディス姫のファン、狼少女ジェーンのファン、みんな集まった。
マヤはたくさんの人達の激励に支えられて、見事に紅天女を演じ切った。
亜弓の紅天女もすばらしいが、一般客の心をとりこにしたのはマヤ。
月影先生は、マヤを後継者に選んだ。
上演権は、マヤの物となった。
月影先生は言うのだった。
「マヤ、紅天女は、あなたのものよ。あなたには、まだまだ、表現力が足りません。
もっと、表現力を学びなさい。そして、私の、一連の思いを受け継いでいっておくれ。」
本公演は、亜弓とのダブルキャストで演じられる事になった。
マヤは、紅天女をもっと広く知ってもらいたいと思った。
どこの会社とも独占契約はしなかった。
マヤは、芸能社を競わせる事で、もっともいい条件を提示させようとしたのだ。
そして、もっとも、いい条件をだしたのが、大都芸能だった。
マヤは、紅天女の上演権を最大の武器として使った。
もちろん、この方法は、真澄から学んだものだった。
演劇協会も承認した。

試演が終り大都で紅天女が演じられる事を確認して、真澄は、紫織と結婚し、新婚旅行にでかけた。
新婚旅行の船の上で、紫織は、ひどい船酔いになって発作を起こしてしまった。
薬を飲んで眠っている紫織を残して、真澄は、部屋をでた。部屋を出ると足は自然に屋上へ向かった。屋上のデッキでたばこを吸いながら、ぼんやりとマヤを思いだしていた。満月が海原を煌々と照らしていた。

ふと、目をさました紫織は、真澄の後をおってデッキにやってきた。
「一人にしないで、真澄様」と、真澄を探す紫織。
紫織は、無意識に1階へ向かった。メインダイニングに行くと言っていたわ、だから、きっと、メインダイニングにいるわと紫織は思った。薬で朦朧とした意識の中、デッキを歩いてゆく。
メインダイニングの人々は、見ていた。足元のおぼつかない女性が、ふらふらとデッキを歩くのを。
その時、高波が船を大きくゆらし、紫織は、海に落ちて死んでしまったのだった。

葬儀の席、鷹宮会長や親族に、深々と頭を下げる真澄。
紫織の母親が、真澄をせめる声が聞こえる。
「どうして、どうして、紫織を一人にしたのおお、おお、うう、」
泣き崩れる母親に、真澄は、ひたすら、頭を下げるのだった。
「真澄君はよくやってくれたのだ。第一、船旅の新婚旅行を望んだのは紫織だ。
真澄君のせいではない。」
人々は、真澄の幸運と不運をうわさしていた。
紫織名義の莫大な財産を受け継ぎ、鷹宮グループをバックに得た真澄。
美しい新妻を、新婚旅行で、なくしてしまった真澄。
世間は、羨望と嫉妬、同情や哀れみで、様々にうわさしたのだった。

葬儀を終えた後、真澄は、鷹宮邸内にある新居から、荷物を実家に戻していた。
紫織がいない以上、鷹宮邸にいるわけにはいかない。

そして、数ヶ月が過ぎた。
真澄は、かわらず仕事に打ち込んだ。
もうすぐ、紅天女の本公演の初日だった。
真澄は、マヤの試演の時の美しい姿を思い出していた。
真澄は、マヤが紫のバラの人から送られた打掛を着るとは、思っていなかった。
紫のバラの人として送った打ち掛けだったが、紫織のやったこととはいえ、
マヤとは紫のバラの人としては、もう、絆がきれていた。
紫のバラの人として送った打掛をマヤがきるとは思えなかった。
だが、マヤは、着てくれたのだった。
よく似合っていた。美しかった。

マヤにしてみれば、他に選択肢がなかっただけだろう。
それでも、その打ち掛けをきたマヤを見るのは、嬉しかった。

マヤ、今頃どうしているだろう。
聖からは、順調に稽古をこなしているという報告を受けている。
月影先生の死を乗り越えて、あの子は、一人前の女優になったのだ。
俺の手を離れて。

そんな時、真澄の元に、紅天女の本公演のチケットが届いた。
SS席、中央、前列から7番目。いい席だった。
マヤからだった。
マヤとは、試演以来、会っていない。試演はいい演技だった。
出色のできだった。
カーテンコールが鳴り止まなかった。
マヤの演技は、リアルな紅天女を彷彿とさせた。
亜弓は、目がわるかったとはいえ、ファンタジーとしての紅天女だったのだ。
そこが違った。そして、その差が決定的だった。

本公演初日、舞台は、素晴らしかった。
あれから、マヤがどんなに練習したかわかる。上達したのだ。
演劇協会から優れた講師陣がついたとはいえ、亜弓の優雅さにせまる物があった。
観客は、みな、マヤに恋をした。千年の梅の木の精、紅天女。紅の姫神に。
カーテンコール。次々に役者が呼ばれた。最後に、マヤが、一真役の桜小路に手をとられて挨拶したのだった。
「この度は、私共のお芝居を見に来ていただき、誠にありがとうございました。
私は、月影先生に見出され、やっと紅天女を演じられるようになりました。
たくさんの方々に支えられて、本当に感謝しています。
特に、私を長い間、支えてくれた方がいます。高校へ進学できたのも、この方のおかげです。私が困っている時、いつもいつも、支えてくれました。
私が演技出来なくなった時も、この方だけは、変わらず、待っていてくれました。
どんなに、感謝してもしきれません。私の夢はその方を、大劇場に招待する事でした。
そして、今日、夢をかなえることができました。
招待する事ができて、本当に嬉しかった。
長い間、私をささえてくれて、本当にありがとうございました。
そして、今日、ここにきていただいた総てのみなさん。
マヤは幸せです。多くの観客の方に喜んでもらえて。これからも精進して皆様にいい演技を見てもらいたいと思います。ありがとうございました。」
マヤは深々と礼をした。

真澄は、初めて、マヤが、自分が「紫のバラの人」だと知っていた事を知ったのだった。
(マヤ)

いつものバーで、一人、酒を飲みながら、真澄は考えていた。
(いつから。)
バーボンの香りが、記憶を刺激した。
(一体、いつ、何故、わかった。紫織から聞いたか。いや、そんな筈はない。では、いつから。)
真澄は、マヤの態度が変わった時はいつだったか、思い出そうとした。
が、いくら考えてもわからなかった。
うまく隠してきたつもりだったのに。
(試演の前、紅天女に向かわせる為、マヤに喧嘩を売って、紫のバラをなげつけたあの時、
すでに、知っていたのだろうか。
もし、そうなら、俺は、ひどい事をした事になる。
一体、いつだ。考えろ、真澄。いつミスった。
狼少女ジェーンで、あの子に喧嘩をうった時は、知らなかった筈だ。
紅谷の社務所、あの時、マヤは、(私、速見さんに喜んでもらえるような紅天女を演じたい)といったのだ。そうだ、あの時、おかしいと思ったのだ。 今まで、俺を憎んでいた筈のあの子が、何故、今までと違う事をいうようになったか、 わからなかった。
あの時の言葉は、俺、速水真澄ではなく、紫のバラの人に言った言葉だったのか。
暴漢に襲われた時の、あの告白も、俺にではなく、紫のバラの人に言った言葉だったのだ。
それなら、わかる。マヤが恋をした相手は、俺ではない。俺が演出した紫のバラの人なのだ。皮肉なものだな。)真澄は自嘲した。

紅天女は、異例のロングランの後、無事、千秋楽を迎えた。

マヤは、アパートから、マンションに引っ越す準備をした。紅天女のヒットのおかげで、アパートの他の住人に迷惑をかけるようになってしまっていた。その為、本公演の途中から演劇協会のはからいで、ホテルで寝泊りするようになっていた。公演が終了し、上演権のおかげで、莫大なお金が、入ってきたので、引っ越す事にした。
試演の後、マヤは、桜小路から、つきあいたいと申し込まれた。マヤはどうしても、自分に嘘がつけなかった。それに、好きでもないのに付き合ったら、桜小路君に失礼だ。
でも、桜小路君とはきっと、いい友達でいられる。
マヤは、そう信じ、桜小路にそうつげたのだった。
桜小路は、辛そうな顔をしたが、それでも、マヤの気持ちを尊重してくれた。
それに、まだまだ、共演は続く。一真役は、桜小路以外には考えられなかった。
マヤとは、いつでも会えるのだ。舞台の上では、魂の片割れになれるのだから。
それに、いつ、マヤの気が変わるかもしれない。桜小路は、希望をつないだのだった。

マヤは思い出していた。
真澄の結婚式の日、一人、梅の谷へと旅立ったのだ。
あそこなら、真澄を忘れられる。
月影先生のそばにもいたかった。
月影千草は、梅の谷で、養生していた。紫織の葬儀の事を聞いた時は、速見のそばにとんでいって慰めてあげたかったが、月影の死期が近いのは、わかっていた。月影のそばを離れるわけにはいかなかった。みなで、弔電をうつだけにしたのだった。
そして、月影の死。「先生、紅天女は、私達が守ります、先生にかわって。」
亜弓と誓ったのだった。

マヤは改めて、荷物のなくなったアパートを見渡した。
麗や先生と一緒に苦労した事、みんな、いい思い出だった。
麗とは、今まで通り、一緒に暮らそうといったが、麗は遠慮した。
麗にも、恋人ができていたのだ。麗もまた、アパートを引越し、恋人との新しい人生を歩む事になった。マヤは寂しかったが、麗や仲間達とは、いつでも会えると思ったし、いつまでも麗に甘えてはいけないと思った。
マヤは、公演初日の舞台挨拶を思い出していた。
真澄からは、なんの連絡もなかった。楽屋に紫のバラが届けられる事もなかった。
マヤは、聖に連絡をいれる事を考えたが、やめた。
あのメッセージを聞いて、尚、真澄が連絡してこないのは、きっと、何か訳があるのだろう。それとも、メッセージが伝わらなかったのだろうか。朴念仁という言葉が、マヤの頭に浮かんだ。公演が終了した今、次の芝居までには、時間がある。
そのうち、社長室におしかけてやるとマヤは思った。ただ、紫織が死んだ事が、真澄に連絡をさせる事をためらわせたのだった。
「速水さん、きっと、辛い思いをしているだろうな。何か、なぐさめてあげられるといいのだけど。」

真澄は、一人、社長室で、物思いにふけっていた。
大都芸能では、マヤに、次の芝居のオファーをかける事にしていた。
また、マヤに、大都芸能へ、復帰するように、促すつもりでいた。
以前の契約と、マヤによって、生じた損害の話をすれば、律儀なあの子の事だ、大都芸能に復帰させるのは、わけのない事だろう。大都にいれば、俺が守ってやれる。
次々にいい芝居にださせてやれる。そう思ったが、躊躇するものがあった。マヤを商品にするのが、ためらわれたのだ。
そして、紫織の死によって、得られた、莫大な財産と権力。目下のところ、真澄の興味はこの権力をどう使うかに移っていた。仕事に集中する事でマヤを忘れるつもりだった。紫織の死によって、当分、結婚の話は、どこからもこないだろう。英介でさえ、遠慮している。少なくとも、向こう3年は、大丈夫だ。そして、3年たてば、ちびちゃんも大人になっているだろう。あせる事はない。いつか、きっと、結婚を申し込もう。紫のバラの花束をもって。真澄は、やっと、自分の人生に希望が、訪れたのを知ったのだった。

4月、マヤは、真澄の事を思った。紫織の死のショックから、立ち直っただろうか。
会いにいっても、迷惑にならないだろうか。今後のことを真澄に相談したかった。
月影が死んだ今、月影の事を口実に真澄に連絡をするわけにはいかなかった。
 マヤは、水城秘書に連絡をとり、喫茶店であう事にした。

水城「マヤちゃん、久しぶりね、元気そうでよかったわ。私に相談って何かしら」
マヤ「あの、水城さん、以前、私のマネージャーをしてくれたでしょう。また、やって貰えないかと思って。」
水城「まあ、嬉しい。私の仕事を認めてもらえるのね。でも、私は、大都の社員だから、無理だわ。マヤちゃん、あなた、大都に復帰する気はなくて。速水社長もそれを望んでおられるわ。まだ、お母さんのこと、こだわっているの。」
マヤ「いいえ、水城さん、もう、こだわってないです。でも、でも、速水さん、奥さんを無くしたばかりだし、まだ、落ち込んでいらっしゃるんじゃあ」
水城「いいえ、すっかり、元どおりよ。むしろ、仕事が増えて生き生きしているわ。鷹宮グループの仕事がどっと入ってきたものだから。冷血仕事虫の本領発揮よ。で、あなたの方は。」
マヤは、水城から、芸能プロのマネージャーを選ぶこつや、仕事の請け方を教えてもらった。水城は、再度、マヤに大都に復帰する事を強く薦めて、会社に戻っていった。

水城は、会社に戻ると、マヤの事を速水社長に報告した。マヤがマネージャーを欲しがっている事、マヤがお母さんの事は、もう恨んでいないと言っていた事を報告した。
真澄は、昨年の新入社員に、マヤの同級生だった草木弘子が入社していたのを覚えていた。今は、ベテランについてマネージャーの見習いをしていて、少し心もとないが、ベテランと組ませれば、いいだろう。何より、マヤが気を許せる人間、以前の乙部のり江のような人間が近づけないように気が配れる人間を配置しなければならない。
 そんな事を考えて、真澄は、マヤに提示する条件を作成するよう、部下に指示をだした。

マヤの元に大都から正式なオファーがあった。水城が草木弘子を伴ってやってきたのだ。
マヤは、大都の出した契約の内容をよく吟味した。マヤの為に速水が、草木弘子を用意してくれた事も嬉しかった。しかし、真澄が直接、会いにきてくれないのが、寂しかった。
 マヤは、水城に、速水社長との会見をセットしてくれるように頼んだ。
 マヤは、いまや、紅天女の上演権をもつ、女優なのだ。
 秘書ではなく、社長と交渉するのに何の遜色もなかった。

二日後、マヤは紫のバラを手に社長室に向かった。
水城はそれを見て何かいいたそうだったが、何も、言わなかった。
最後に2人きりであってから、何ヶ月がたっただろう。もちろん、月影の葬儀の時もあっている。紅天女の初日にも、舞台の上と下だったが会っている。
しかし、二人きりで会うのは、久しぶりだった。

ドアが、開いた。真澄がたっていた。

ドアがパタンとしまる音が聞こえた。2人、同時だった。
「速水さん」
「マヤ」
同時に駆け寄った。見つめあい、本の少しのためらいの後、2人はお互いの腕の中にいた。

「マヤ、愛している、愛している。もう、ずっと、ずっと、以前から」
「速水さん、私も、私も」
マヤの目から涙がこぼれた。真澄は、マヤに接吻をした。
それから、二人でソファーに座そろうとした時、マヤは初めて、社長室が、紫のバラに埋め尽くされているのに気がついたのだった。

二人は、ソファーに並んで、腰をおろすと、ひっそりと、話を始めた。
真澄「一体、いつから、俺が、紫のバラの人だとわかったんだ」
マヤ「狼少女の初日、速水さん、台風の中、来てくれたでしょう。青いスカーフを使ったのは、あの日だけだったの。そしたら、最優秀演技賞をとった時、紫のバラと一緒にメッセージが届いて、それには、青いスカーフってかいてあって、初日以外は赤いスカーフを使っていたから、それで、わかったの。それと、お母さんのお墓参りに来てくれていたでしょう、紫のバラをもって。その時、万年筆を落としていったでしょう。それで、その万年筆を、人づてに返したら、速水さん受け取っていたから、それで、確信したの。ああ、速水さんが、紫のバラの人だったんだって。」
真澄「マヤは、俺が、紫のバラの人だから、好きになったのか?」
マヤ「ううん、違う、違うの。もっと以前から、私、速水さんに惹かれていたの。紫のバラの人が、速水さんだって、わかって、やっと、やっと、素直に速水さんをみる事ができるようになったの。そして、あの社務所で、私、速水さんの事が好きだって、やっと気がついたの。速水さん、私、私、あなたが、紫織さんと結婚するって、わかって、どうかなりそうだった。辛くて辛くて。忘れないといけないって思っても忘れられなくて。」
マヤの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「マヤ」真澄は、もう一度抱きしめた。
「結婚しよう」真澄はささやいた。
「速水さん」
「俺は、もう、これ以上待つのは嫌だ。マヤ、愛している、結婚しよう」
マヤは、だまって、うなずいた。

 ドアをノックする音が聞こえた。
二人は、どきっとして居住まいをただし、テーブルの向こうとこちらに別れたのだった。
入ってきたのは、水城秘書だった。
「社長、北島マヤさんとの契約はすまれましたか?」
「嫌、まだだ。細かい所をつめていた。コホン。」
「それでは、もう、7時になりますので、よければ、場所を変えて話し合われてはいかがでしょう。」
「そうだな、水城君、では、いつものレストランを予約してくれるかい」
「はい、すでに、個室を予約しております。7時半から、お食事を開始していただけます。」
「ありがとう、水城君」
「それでは、社長、私はこれで。」
 水城が帰ると真澄は、マヤを振り返った。
「マヤ、話したい事は、山ほどあるが、仕事を先に片付けよう。大都と契約を結んでくれるかい。」
「速水さん、今日は、そのつもりできたの。」
そういうと、マヤは契約書にサインした。
「速見さん、今日は夢みたい。こんなに、幸せな日って、私なかった。」
「俺もだ。一生かなわないと思っていた夢がかなった。」
もういちど、マヤと速水は、抱き合って口付けを交わした。
「さあ、食事に行こう、二人の門出を祝って乾杯だ!」そういってから、思いだしたように、速水は付け加えた。
「マヤ、ただ、俺は、紫織さんを無くして、1年たっていない。結婚の発表は1周忌を終えてからになると思う。しばらく、人前でマヤと一緒に出歩くこともできない。待ってもらえるか?」
「ええ、速水さん、それくらい、なんでもない」
幸福な恋人達は、社長室を後にした。
百本ほどの紫のバラが、二人を祝福するように咲き誇っていた。


    第2章
 話は、半年ほど前に溯る。
速水真澄が、紫織と結婚した日、マヤは、梅の谷の千年の梅の木にもたれ泣きながら、結婚した真澄の事を想っていた。
すると、幻影が現れた。
真澄の声が聞こえる。「婚約を解消させて下さい。あなたと私では、育った環境があまりに違う。僕ではあなたを理解できない。何故、あなたが、僕を気にっいってくれたのか、僕にはわからない。」
紫織「お仲人さんも決まって、式をあげて、新婚旅行にいく今になって。ひどい。私、ききません。ききませんことよ」
バシャ。紫織は速水に水をかけて出て行った。
(速水さん、婚約を解消しようとしてたんだ。)
場面がかわり、紫織が、マヤのアルバムを、業者に渡している。「そうね、『あなたの演技に失望しました』と書いて頂戴。紫のバラを1輪つけて。」業者に指示していた。
(あのアルバム、返してきたのは、紫織さんだったんだ)
更に、紫織の声が聞こえる。「すきになどさせないわ。」シュッ。血飛沫が飛ぶ。手首を切ったのだ。
フロント係りの男の声がする。「速水様、緊急のお電話が入っております。」
「今日、ここに俺がいる事を知っているのはいない筈だが。えっ、紫織さんが、自殺未遂。」
(ホテルマリーン。速水さん、きてくれてたんだ。)
病院の光景が見えた。
紫織が、写真を引き裂いて封筒にいれている。
嬉しそうに封筒をあける真澄。切り裂かれた写真をみて、落胆する真澄。
紫織「ええ、あの子が、それを持ってきて、絶対、母さんの事、許せないって、言ってましたわ。」
(ひどい、ひどい、そんな事、言ってない。ひどい)悔しくて涙がでた。
場面がかわる。どこかの別荘らしい。
 真澄の声が聞こえる。「アルバムを送り返したのは、あなたですね。」
紫織「私ですわ。あの日、ホテルマリーンにいって、何をするおつもりでしたの。あの子は、知っていますの、あなたが紫のバラの人だと。」
「いいえ、あの子は知らない」
「まあ、大都芸能の社長が、少年のように片想いですって。もう二度とあの子に紫のバラを送らないって誓ってください。そうでなかったら、私、ここから、飛び降ります。」
(ひどい、速水さんが、幸せになると思って、私、あきらめたのに。こんな卑怯な手を使って、速水さんをしばっていたなんて。許せない。)
 ぼんやりとした夢の中で、マヤは、空高く舞い上がっていた。
怒りが身の内を満たしていた。あの美しい人がひどく憎らしかった。月が大きくせまってきた。眼下に船が見える。デッキをよろよろと歩く女の姿が見えた。瞬間、マヤは、フーっと息をふいた。すると海面が見る見る盛り上がり高波となって、船に襲いかかったのだ。ぐらりと船がゆれる。白い花がデッキから落ちていくのが見えた。その花が、波にのまれるのを見届けるとマヤは、ひどく満足な感じを覚えて夢からさめたのだった。
 月が煌々と梅の谷を照らしていた。




あとがき

未刊行部分を読んだ後、どうしても、紫織さんを許せなくて、本当に、腹が立って腹が立って、その憤りのままに書きました。
速水さんに殺させようかと思ったのですが、そこまで、理不尽な人間にしたくなかったので、姫神様が、マヤの体を借りて天罰を下した形にしました。
マヤにも人を殺した意識を残したくなかったので、紫織を白い花にかえました。マヤにとっては、ただ、白い花が落ちて波に飲まれただけなのです、夢の中で。
楽しんでいただけましたでしょうか?感想などありましたら、ブログにお願いします。


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