狼の夏 番外編 「お嫁においで!」
「信じられない!」
マヤの第一声は予想通りだと速水は思った。
「何故?」
「だって、だって、まだ結婚をOKしてから3時間もたってない。」
「だから」
「それなのに、どうして、新居がもうあるわけ?」
ここは、速水が新婚生活を送る為に用意したマンション。
マヤは、紅梅色のドレスを着たまま、あっけに取られていた。
話は一月半程前に遡る。
速水は、高原の休日から帰って来た翌日、義父と執事の朝倉から山ほどの見合い写真を渡されたのだった。
試演を理由に見合いの話をかわした速水は、マヤとの結婚を考えてみた。
マヤと共に歩む人生。それは、二つとない素晴らしい人生だった。
(マヤと結婚したい。そうとも、マヤ以外の女性の事など考えたくもない。
マヤが他の男と結婚するのも嫌だ。マヤに結婚を申し込もう。
俺だけのものにしよう。)
速水は決心すると、後の行動は早かった。
マヤの返事は恐らくOKだと踏んだ速水は、早速、結婚の準備に取りかかっていたのである。
大都芸能の社長の妻となる以上、まず、確保しなければならないのは、身の安全だった。
速水は自分が人から恨まれているのを知っていた。
もし、マヤに何かあったら、、、。
そう思うと心配でおちおち仕事に手がつかない状態になるのもわかっていた。
その為、まず安全を確保出来るマンション、結婚後の新居を購入した。
以前から収益用不動産のリストを持っていた真澄は、その中から適当なマンションをピックアップ。
特に気に入ったのは、5階建てのこじんまりとしたマンションで、最上階の2層を自宅用に改装すれば、住み心地のいい新居になりそうだった。
1階に事務所を設置してマヤの為のプロダクションを作るつもりだった。
(2階、3階には、使用人達を住まわせよう。
マンションの立地もいい。
都市計画上の高さ制限があるし、周りに高いビルが立つ可能性は少ないだろう。)
南側は公園。北側に道路が有りその向うに広い川があった。
真澄は、早速、そのマンション1棟を代理人を通して購入。
改装工事をやはり代理人を通して業者に頼んだ。
2階、3階はワンルームタイプの部屋だったので、そのまま使って使用人達の住まいとした。
1階に駐車場のスペースを確保すると事務所のスペースをとるのがむずかしくなったので、4階の一部をプロダクションにする事にした。残りは来客用のスペースとし、一部に小さなステージを作った。楽屋や照明、音響の設備もある小さいながら本格的なステージだった。
5階を自宅用に改装。
試演の5日程前に出来上がったマンションを真澄は満足そうに眺めた。
インテリアデザイナーは家具からカーテン、電気製品まで何もかも揃えてくれていた。
速水は、取り敢えずセキュリティの為の人間を住まわせた。
使用人達は、速水家に長く務めている人間から、選びたいので、試演の後、マヤとの婚約を発表してから朝倉に人選を頼む事にした。
新居の準備をしながら、代理人を通してウェディングプランナーに式の準備をさせた。
ただ、婚約指輪だけは自分で選ぶ事にした。
口の堅い宝石商を紹介して貰うと、石を選んだ。
(若いマヤには、ルビーがいいだろう。それも可愛らしい感じの。紅梅色をした。)
宝石商はそれでしたらと言って、ビジョンブラッドの石を選んだ。
だが、速水はその石のカットが気に入らない。スクエアカットなのだが、冷たい感じがする。
宝石商はそれではと言って、ラウンドカットした石を取り出した。
速水はその石が気に入った。テリのいい暖かい感じがする石だった。
更に、一緒にいたジュエリーデザイナーに紅梅をイメージしたデザインにしてほしいと頼んだ。
デザイナーは即興で、ラフスケッチを幾つか書いて見せた。
だが、多少ごてごてした感じになるので、紅梅のデザインはあきらめ、シンプルに石の両サイドにダイヤモンドを配置したデザインにした。
その上で、速水は、ネックレスとイヤリングを同様に作らせた。
ネックレスの石はリングよりやや大きい物、イヤリングは小降りだが、揺れる飾りのついた物にした。
試演後のパーティでマヤから「イエス」の返事を貰った速水は、マヤの薬指にルビーの指輪をはめると、試演のパーティの席で婚約を発表。パーティが終わるまで、マヤを連れて関係者に挨拶をしてまわった。
黒沼に、稽古の都合を聞くと、試演が終わったので、1週間は休んでいいという事だった。
速水は、試演が終わったら、マヤの身柄をあのアパートから、安全を確保出来る新居に移そうと思っていた。
そして、実行した。
マヤは、試演後のパーティ会場からまっすぐこのマンションに速水によって連れてこられたのである。
速水は、マヤに新居の中を案内して回った。一つ一つドアを開けながら。
「ここがリビングだ。そっちにダイニング、その奥がキッチン。こっちが洗面所と風呂になっている。ここが寝室で、こっちが君のクローゼット。君の洋服も揃えておいた。明日の挨拶まわりにはこのワンピースでいいだろう。」と1着のワンピースを取り出した。
「このワンピース!」
「ああ、高原で着ていたのと同じ感じの服を選んだ。よく、似合っていたからな。」
「速水さん! ありがとう!」
マヤは、嬉しくて速水に抱きついた。
速水は、笑いながらマヤを抱きしめた。
それから、さらに家の中を案内して回った。
「隣は、俺のクローゼット。その奥は俺の書斎。後、和室と予備室。以上だ。」
リビングに戻ると、壁の一部にはめ込まれたセキュリティのシステムパネルを見せた。
「この画面の点が、今、どこに人がいるか現しているんだ。もし、侵入者があるとわかるようになっている。
こっちのボタンで空調と照明をコントロール出来る。」
マヤが「へぇ〜、このボタンはなんですか?」と言いながら、何かのボタンに触った。
途端に、照明が暗くなり、どこから出て来たのかミラーボールが回転を始めた。
壁にはめ込まれた大画面のテレビが明るくなり、カラオケのイメージ画像が映し出され、音楽が流れ始めた。
「なんだ、これは!」
速水は、唖然とした。マヤは笑いころげている。
「これいい! すごい、速水さん、これ、速水さんの特注!」
「俺は、こんなもんは頼んでないぞ!」
そう言えばと速水は思い出した。インテリアデザイナーが、別れ際に
(今回とても、良くしていただいたので、おまけのシステムをつけて置きました。お楽しみください。)
と言っていたがこの事だったのかと思った。
流れている曲は、加山雄三「お嫁においで」。
速水は笑い転げているマヤの手を取り、くるりと回転させて抱き寄せると
「僕のお嫁においで〜」
とマヤに歌いかけ、それから熱いキスをした。
恋人達の夜は、賑やかに更けて行った。
終
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
若い読者の方には、加山雄三「お嫁においで」を知らない方も多いことでしょう。
コミカルな曲をと思ってこの曲にしました。
「狼の夏 3」の第1回と思って書いたエピソードでしたが、後半とあまりにかけ離れてしまうので番外編としました。
以上、読んでいただいてありがとうございました。
心よりの感謝を込めて。