微かな星




room


 「ふう……」

 速水真澄は、宿泊しているホテルに戻って来た。
速水邸の真澄の部屋は、内装工事の為使えない。真澄は都内のホテルに宿泊していた。
部屋に入るなりネクタイを緩める。今夜開催されるイギリス大使夫人の誕生パーティに出席しなければならない。シェイクスピアを演じた俳優、女優を多数抱える大都の社長としては外せないパーティだ。
真澄は上着を脱ぐと長椅子に身を投げ出した。

sofa


――シャワーを浴びて、支度をしなければ……。今日のドレスコードは白黒だったな。

とぼんやり考える。
かすかに眠気を覚え、目をつむった。閉じた瞼の裏に、マヤの面影が浮かぶ。

――マヤ……。マヤ、君が俺を好きになってくれたら……。
  せめて、嫌わないでくれたら……。

真澄は見果てぬ夢を振り払うように立ち上がると、執務机をみた。
秘書の水城からいくつか伝言が入っているが、真澄は急ぎの用ではないと判断した。

sute

シャワーを浴び、身支度をしようとクローゼットを開ける。 ――白のスーツ、黒のシャツ、ネクタイは……。

tie

真澄は、スーツを身につけるとネクタイの入っている引き出しを開けた。柄物のネクタイを取り出す。


その時、ドアをたたく音がした。


――誰だ? 水城君に頼んでいたエスコートサービスの女性か?

今日のパーティは、カップルでなければならない。一人で行くと主催者に気を使わせる。ゲストとしてホストに気を使わせるわけにはいかない。だが、体の弱い鷹宮紫織を接待パーティに付き合わせる訳にはいかない。

――それに、彼女を連れて行ったら紫織さんがパーティの花になってしまう。

今日の主役は大使夫人だ。真澄はエスコートサービスの女性を秘書の水城に手配させていた。もう来る頃だ。
ドア越しに呼びかけた。

「誰だ?」

「エスコートサービスから来ました」

真澄は扉を開けるとやってきた女性を見た。取り敢えず、パーティの服装は申し分ない。華やかな美人ではないが、控えめな美人だ。真澄は女性にロビーに行って待つように言った。
ドアを閉め、真澄は手早くネクタイを結ぶ。同柄のポケットチーフを胸ポケットに入れた。折り畳んだチーフの膨らみをポケットの上に僅かに出す。パフドと言われるあしらい方である。押さえたピンクが白スーツのポイントになる。白黒の対比が和らぎパーティ用に華やかになった。

真澄がロビーに降りると、女性はソファに座って待っていた。真澄は社用車の迎えが来るまで、しばらくその女性と雑談をした。話しながら、今日の役割を簡単に説明する。

「……もし、誰かに名前を聞かれたら、エスコートサービスの人間だとはっきり答えてくれ。俺の婚約者の代わりに来たと言ってくれ」

その時、真澄を罵倒する声が聞こえた。

「浮気者!」

名前を問うまでもない。北島マヤ。真澄の想い人。想い人であって、決して恋人でも婚約者でもない。ましてや、浮気者呼ばわりされる覚えは真澄にはなかった。真澄は振り返った。マヤがつかつかと真澄の方に歩いて来る。

「ちびちゃん、人聞きの悪い言い方はやめてくれ。こんな所で何をしている!」

「えっ!、あたし、あたしはそこの喫茶のパフェがおいしいって聞いて食べに来たんです……。
 それより、あたし、速水さんを見損ないました! 紫織さんっていう素敵な婚約者がいながら! いながら! なんなんです、女の人と、、女の人とホ、ホテルで!! う、浮! もがもが」

pafe

真澄はマヤの口を慌てて押さえた。マヤのよく通る声で、これ以上浮気者と叫ばれたら困る。

「ちびちゃん、よく聞け! この人はエスコートサービスの女性だ。これからパーティに行くのに、紫織さんは体が弱いから、プロを頼んだんだ」

マヤの目があっという目になった。目は口程に物を言いとはよく言ったものだ。くるくるとマヤの瞳の表情が変わる。しまったという目になった。

「君の誤解だ。いいか、手を離すが大声を上げるなよ」

真澄はマヤの口を塞いでいた手を離した。マヤは顔を真っ赤にしながら言った。

「ご、ごめんなさい……、あたし……」

マヤは、パフェを食べながらカフェから見えるロビーを何気なく見ていた。綺麗な人がいるなと思っていると、こんな所で会えるとは思ってもいなかった真澄を見つけた。マヤの胸は高鳴った。ところが、真澄はその綺麗な女性と親しげに話し始めたのである。マヤはもやもやとした気持ちになった。紫織は婚約者だ。仕方ない。しかし、他の女性と、綺麗な女性と話しているのを見ると苛立たしさが募った。真澄がエスコートサービスの女性だと言って、正直、ほっとした。そして、自分が嫉妬していたのだと気が付いた。

――あたし、馬鹿みたい……。速水さんは紫織さんの物なのに……。

浮気者と糾弾して、真澄に八つ当たりしようとした自分が嫌だった。マヤは俯き、うなだれた。

「わかったらいい……」

マヤが真澄を見上げると、優しげな瞳にぶつかった。微かに笑いを含んだ鳶色の瞳。
マヤは顔を赤らめながらふいっと横を向いた。バツが悪かった。
二人に集中していた視線は、事情がわかって散って行ったが、真澄は喫茶のウェイトレスがマヤをまだ見ているのに気が付いた。

「で、パフェは食べ終わったのか?」

「あ! まだ……」

「食べている最中にも関わらず、わざわざ、大声で叫んでくれたわけだ、浮気者と」

「う!」

「ホテルのロビーで俺は不名誉な男にされたわけだ」

「な、何が言いたいんです!」

真澄がこの千載一遇のチャンスを逃すわけがなかった。

「君が食事に付き合ってくれたら、許してやろう」

「は? 食事? でも、今からパーティじゃないんですか?」

「今日とは言ってない。明日のランチだ。どうだ? 空いているか?」

マヤは思った。

――速水さんとランチなんて、あたしの方から行きたいのに……、でも、そんな事、悟られるわけに行かない。

「し、仕方ないですね、あたし……、不名誉な事言っちゃいましたもんね。それでお詫びになるなら、う、伺わせてもらいます……。明日、大都の方に行けばいいんですか?」

真澄は笑い出した。マヤがまなじりを吊り上げ、ぷんと頬を膨らませて仕方なさそうに承知する様があまりにも可愛かった。そこに、真澄を迎えに社用車の運転手がやってきた。

「じゃあ、ちびちゃん、明日12時、社長室だ。必ず来いよ」

「ふ、ふーんだ。仕方ないから行ってあげますよ〜だ」

マヤがあっかんべーをすると、真澄はくっくっくと笑いながら女性を伴って社用車に向った。
真澄を見送ると、マヤは喫茶に戻り、残りのパフェを食べた。
マヤは真澄を想いながら考えていた。

――……、エスコートサービス、それならあたしがやってはいけないかな?
  速水さんが、パーティに連れて行く女性を必要な時、あたしが代わりに付いて行っちゃあ、いけない?
  ……かな?
  パーティは嫌いだけど、でも、その間だけ、速水さんに会えるんだもん。
  婚約者のいる人には片思いをしてもいけないんだろうか?
  明日、速水さんに言ってみようかな……、変に思われる、かな?




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buthrobe

その夜、真澄はウィスキーを飲みながら、今日会ったマヤを想った。

――マヤ……

抱いた華奢な肩。
塞いだ唇。
つややかな黒髪。
くるくると表情を変える瞳。



真澄は手の中のグラスを回しながら、窓から空を見上げた。微かな星。小さな幸せ。

――明日、彼女に会える。

真澄は小さな幸福の星を抱えて眠りに付いた。

bedside.jpg








あとがき

東京プリンスホテルの速水真澄部屋に宿泊して来ました。その時取った写真を元にフォトノベルを書いて見ました。真澄部屋の詳細なレポートは、昨年、読者の方が教えて下さり大変感謝しています。情報が重複するので、字書きらしくフォトノベルにしてみました。^^
お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!


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