あたしの狼 





速水さんの手はとてもきれいだ。
手だけじゃなく、顔も首も肩も背中も……。
何を着ても似合うし……。
きっと、どんな群衆の中にいてもどこか光ってしまうのが速水さんだ。
あたしとは違う。
女優として有名になっても、群衆の中に紛れ込めばわからなくなってしまうあたしとは……。
あたしは速水さんに相応しい女性なのだろうか?
いつもいつも、迷ってしまう。

速水さんと街を歩けば、すれ違う大人の女の人が速水さんに秋波を送ってくる。
あたしがいてもお構い無しだ。
きっとあたしなんて速水さんの恋人だって思われていないんだろう。
秋波を送って来る女の人達は皆、とても綺麗だ。
女性としての自信に溢れている。
美しく整えられた髪、個性的に仕上げられた顔、バランスのいいボディ。
男の人を誘う蠱惑的な微笑。
みんな速水さんがどんな男の人か知らずに速水さんの容姿だけを見て、秋波を送る。
速水さんが、容姿と同じように、女性に優しい男性だと思っている。
速水さんは優しい、仕事と関係のない人には。
いや、違う。優しいというより、礼儀正しいというか、敵を作らないよう如才なく人と接している?
そう、そんな感じ。

夜、速水さんとホテルのバーへ行った。カウンターで飲んでいたら、セクシーな女性が寄ってきた。
深く胸まで開いたドレス。赤いマニキュアが施された長い爪。柔らかなウェーブがかかった髪。
女の人は、あたしの速水さんに話しかけて来た。さりげなく速水さんの肩に手をかける。

「ねえ、あたし達と飲まない?」

女の人は、テーブル席で飲んでいる自分の仲間達の方に視線をやってみせる。
女の人のお仲間が楽しそうに手を振る。
あたしはグラスに目を落とした。グラスを持つ手が震える。
あたしはやめてって言いたいけど、言えない……。
そしたら、速水さんの声が聞こえた。

「お誘いありがとう、しかし、俺は最愛の恋人と楽しい時間を過している。
 邪魔をしないでくれないか」

あたしがはっとして顔を上げると、速水さんが女の人の手を肩から外す所だった。

「ま、まあ、それは失礼。でも、気が変わったらいつでも連絡して」

女の人は名刺を速水さんのスーツのポケットに滑り込ませようとした。
速水さんはその手を掴んだ。

「必要ない」

低い声。獣のうなり声のような。声の裏にかすかな威嚇を含んでいて……。
狼! そう、狼だ。速水さんの内にすむ獣が一瞬、現れる。
速水さんの本質は野生の狼なのだ。
女の人達はそれを知らない。でも、わかったみたい。
女の人ははっとして後ろに下がった。

「ほほ、ごめんなさい、冗談だから気にしないで……」

女の人は、肩をすくめてお仲間の元に戻った。

「速水さん……」

「うん? なんだ?」

「速水さんはよく女の人から声をかけられるんですか?」

「ああ、そうだな」

「ふ、ふーん」

速水さんがあたしの耳元に唇を寄せた。

「妬けるか?」

「き、気にしてません!」

あたしは、ぷいっと横を向いた。

「……そうか、残念だな。妬いてほしかったのに……。じゃあ、君は俺が他の女と一緒に過してもいいと思っているんだ」

「違う! 違うもん。……ただ」

「ただ、なんだ」

「だって、あたしなんて、ちんくしゃだし、あの女の人達に比べたら、あたしなんて速水さんに相応しくないかなって……」

「くくくくく」

「な、何がおかしいんです」

速水さんが、あたしの耳元で囁いた。

「マヤ、部屋に行こう。君を抱きたい。きれいなお姉さんよりちんくしゃの君がいい」

「ちんくしゃって!」

怒りながらあたしは、顔が火照るのがわかった。


ベッドの上で速水さんが、囁く。

「君はわかってない。俺がどんなに君を愛しているか、君だけを……」

速水さんが囁きながらあたしを愛撫する。
速水さんのきれいな手があたしの髪を、項を、胸を、背中を、腰を、太ももを、爪先を愛撫する。
速水さんの形のいい唇があたしの唇に、まぶたに、耳たぶに、鎖骨に、乳房に口付けする。
速水さんの長くてきれいな指があたしの体の中に入ってきて、あたしを……。
ああ、そして、そして……、あたし達は一つになる……。


あの女の人達は知らない。
速水さんがどんな風に女の人を愛するか。
あたしだけが知ってる。あたしの狼がどんなに優しくあたしを愛してくれるか……。
あたしは、速水さんの胸の中でそっと囁く。

「他の女の人とこんな事しないで下さいね。とってもとっても嫌だから」

「もちろんだ、……マヤ、君はわかってない」

「何を?」

「あのな、俺の目には彼女達はかぼちゃにしか見えないんだ」

「かぼちゃですか?」

「ああ、かぼちゃだ」

「でもでも、かぼちゃはおいしいです」

「くっくっくっく、言い方を変えよう。俺には彼女達は道端におちている石ころと同じなんだ。もっとはっきりいえば、君以外は女性に見えない」

「え?」

あたしはびっくりした。あたし以外女性に見えない? そんな馬鹿な。さっきのきれいな女の人達が女性に見えないの?

「ホントに? ホントにあたし以外は女性に見えないの?」

「ああ、本当だ。君だけが女性に見える。君はどうだ? 他の男性を見て」

「うーん。普通に男の人に見えます」

速水さんの瞳が陰った。

「そうか、残念だな。恋をすると、他の男性は目に入らないって聞いていたが、恋をしているのは俺だけなんだな」

速水さんが悲しそうな顔をする。長い睫毛を伏せて、くるりと背を向けた。

「ち、違う! 違うもん。あたしだって、速水さんが好き、速水さんだけが好き、信じて!」

「嘘だ、君は俺を愛してないんだ。いつか、俺を捨てて行くんだ」

「違う、違う、絶対、違う、捨てたりしない」

「本当に? 絶対?」

「うん、絶対!」

あたしは速水さんの背中を抱き締めた。速水さんの背中が震えている。
泣いてるの? まさか?
あたしは、速水さんの顔を覗き込んだ。
あたしと目が合った途端に速水さんが吹き出した。なんだか、とっても楽しそうだ。

「あ! からかったのね。ひどい!」

あたしは、枕を速水さんにぶつけた。速水さんが、笑い転げている。あたしはポンポン、枕をぶつけた。
速水さんは枕を避けるとあたしを抱き締めた。

「くっくっくっく、マヤ、愛してる」

あーん、反則だ。そんな幸せそうな笑顔をして見つめられたら、怒れないじゃない!
でも、でも、へへへ、嬉しい!







あとがき


かおりゃん様のお宅に納品したお話です。3年書いてきてやっとあま〜い二人が書けるようになったように思います。お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!


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