ビックリマークのプレゼント





 深夜、俺は恋人から貰ったプレゼントを前に唖然としていた。

今日は俺の誕生日だった。マヤからプレゼントを貰ったのだが……。その場で開けようとした俺をマヤは止めた。
会話がよみがえる。

(今、開けてもいいか?)

(だめ、帰ってから開けて!)

(何故?)

(だって、だって、恥ずかしいんだもん)

(なんだ? 恥ずかしいって? 恥ずかしい物なのか?)

(え! ううん、そうじゃなくて、あの、あの、作ったの、あたしが、だから……)

マヤは真っ赤になっていたな。
やっぱり、恥ずかしい物じゃないか。
こんな、こんな、男性用下着!
これを俺に履けというのか?
これをマヤが作ったのか?
あの不器用なマヤにしてはよく出来ている。
ああ、そうか、そう言えば水城君が言っていたな、学校の家庭科向けに作品のキットが売られていると……。
自分で生地を買って来て、必要な部品を買いそろえると結構な出費だ。それならキットとして売っているのを買って来た方が無駄が出ない。恐らくそういうキットの一つに男性用下着があるのだろう。
俺は、それをしみじみと見た。しかしまあ、布をほとんど使ってないじゃないか!
うーん、この手の男性用下着は履いた事はないが、どんな感触なんだ。
プレゼントされた物は、身につけている所を相手に見せるのが礼儀だが……。
きっと将来俺達の仲がもっと進展した時にという意味だろうな。奥手なマヤが自分から言い出すわけがない。
だが、一度も履かないんじゃあ、マヤは俺が気に入らなかったと思うかもしれない。デートの時に履いていく方がいいだろうな。俺が気に入ったとマヤにわかるだろうし、喜んでくれるだろう。
俺はマヤにメールを打った。

――マヤ、プレゼントありがとう。今度のデートに着ていくよ。

俺はプレゼントを元の箱にしまうと幸福な夢の中で眠りについた。

翌朝、身支度をしているとマヤからメールの返事が来た。

――気にいって貰って嬉しいです! 速水さんに似合っていましたか? 見てみたいです。

俺はサーッと顔が青ざめるのがわかった。
嘘だろ。
マヤは俺があれを履いている所を見たいというのか?
俺は携帯のメール画面を何度も読み返した。
俺は仕方なくズボンを脱いであれを履いてみた。
鏡の前で見てみる。なんだか、おかしな気分になって来る。俺は急いでそれを脱いだ。大きく深呼吸をして頭を切り替える。忘れよう。この件は忘れよう。今夜考えよう。
俺は、いつもと同じように出社した。


「……社長、以上が今日の予定です。宜しいでしょうか?」

俺は水城君の言葉に、我に返った。
何時のまにか、また、同じ事を考えていた。「見てみたいです」の言葉が俺を追いかけて来る。仕事をしていても、何をしていても、ふっと「見てみたいです」の言葉が目の前で踊り出す。

彼女は、俺に抱かれたいのだろうか?
男の下着姿を見たいというのはそういう事だろう?
それとも、これは何かの冗談か?
いや、しかし、マヤだからな。
マヤだから……。
だが、彼女がその気なら、俺だってやぶさかではない。
よし、彼女の気持ちをもう一度確認しよう。

夕方、俺はマヤにメールを打った。

――ああ、そうだな。似合っていると思う。よくわからないが。 君は、その……、俺がこれを着ている所を見たいのか?

メールの返事はすぐに来た。

――ぜひ、見たいです! 話は変わるけれど……

マヤからの返事に、俺の目は点になった。「ぜひ、見たいです!」の言葉に目が釘付けになる。メールには他にもいろいろ書いてあったのだが、俺の頭には入らなかった。

俺は決断を下す事にした。
次のデートは土曜日だったな。
……マヤから誘われるとはな……。
あの奥手のマヤが……。
ふっ、ちびちゃん! 大人になったな!
よし、俺達の初めての夜だ。それなら、最高のシチュエーションを用意しよう。しかし、いきなりホテルに連れて行くのは……。いくらマヤから誘ったにしても緊張するだろう。それなら、まず食事をして軽く酒でも飲んで緊張をほぐしてやろう。
俺はすぐに、レストランへ予約を入れた。その店はホテルの最上階に入っている。これならマヤもすんなりホテルに入れるだろう。それから、そのホテルのスィートルームを予約した。これでよし。俺は幸福な気分でデートの日を迎えた。

土曜日。
俺は、例のパンツを履き、お気に入りのスーツを着る。
俺はマヤを稽古場に迎えに行った。マヤの無邪気な笑顔を見ただけで俺の心臓はどきどきする。俺を見上げる君の瞳。食事の最中、俺は愛しいマヤを見つめていた。彼女の話は音楽のように心地よかった。俺はさりげなく甘口のワインを彼女に勧めた。彼女の唇。その唇が赤いワインを飲み干す。こぼれた一雫を俺は自分の唇で拭いたかった。妄想に支配され気持ちが高ぶった俺を熱いコーヒーが冷静にしてくれる。そう、まだだ。二人きりになって、それから……。

食事が終わり、俺達はレストランを出た。エレベーターの中でマヤがくすくす笑い出す。

「何がおかしい?」

「だって、エレベータが降りてる」

「だから、おかしいのか?」

箸が転んでもおかしいと笑う年頃なのか? そんなマヤが愛しくてたまらない。俺は思わずマヤの頬にふれていた。マヤの頬が熱い。
エレベータはスィートルームのある階で止った。

「さ、降りるぞ」

「? ここは?」

マヤの質問に俺は答えない。
俺はマヤを促して、エレベーターを降りた。マヤの肩を抱き廊下を歩く。部屋の前に来て鍵を開けた。
手が震える。
マヤは促されるまま、部屋に入った。
部屋の灯りをつけると、マヤは珍しそうに部屋を見回している。俺は部屋に鍵をかけゆっくりとマヤに近づき、そっと抱き寄せた。マヤ、愛しいマヤ。俺の物になってくれるなんて……。なんといって感謝したらいいのだろう。

「先にシャワーを浴びるか?」

マヤの耳元で囁いた。自分自身、震えているのがわかる。体が燃えるようだ。マヤの驚いた顔。かわいい。俺はマヤに接吻をしようと身をかがめた。

「いやあ!!!!!」

なんだ! どういう事だ!
俺は……、俺はマヤに思いっきり拒絶されていた。ショックだった!
一体、何故!
まさか、拒絶されるなんて!
いや、俺は……、まさか! マヤが嫌がる事をしてしまったのか?

「あ! ごめんなさい!」

マヤの顔をまともに見られない。

「すまない。君が……その、見たいっていうから、俺はてっきり……」

「???、何の事?」

マヤがきょとんとした顔をしている。おかしい。どこか変だ。

「君からのプレゼントだ」

「?」

「君は俺が着ている所を見たいとメールに書いてきたじゃないか?」

「書いたけど……?」

「だから、俺はてっきり……」

「よくわからない?」

「いや、だから、君が作ってくれたパンツだ。あれを着ている所が見たいんだろう。今日、履いてきたぞ!」

俺は半ばやけっぱちになってズボンを脱いでパンツを見せようとした。
マヤの顔がみるみる赤くなる。

「違う、あたし、パンツなんか渡してない!!!」

「は?」

「あたし、あたし、マフラー編んだの。渡したのはマフラー!」

マフラー? マフラーだと? え? どういうことだ……? つまり、何か手違いでマフラーがパンツに変わったのか?
俺は自分の顔が火照るのがわかった。

「いや! でも、箱の中身はパンツだったぞ!」

「ウソ!」

マヤが口をパクパクさせたかと思うと話し出した。

「麗が……、きっと、間違えたんだと思います。麗に箱を包んで貰ったんです。あの、麗の彼氏ももうすぐ誕生日とかで、こないだ、麗、プレゼント買ってきてて……。きっとそれで……」

「じゃあ、青木君が彼氏に買ったパンツを俺が履いているのか?」

俺は笑い出していた。大爆笑だ。青木君があのパンツを選んだのか!
俺は笑いが止らなかった。マヤと目を見合わせ笑った。ソファに座りこんで更に笑った。
笑い疲れて、ほっとため息をつくと俺はマヤを見た。愛しいマヤ。
俺はマヤの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「で、どうする? 今夜?」

返事は聞かなくてもわかっていた。俺達にはまだまだ早い。

「は、は、はやみさんは?」

「せっかくスィートルームを取ったのに使わないのは残念だが、さ、送って行こう」

俺は立ち上がりながらマヤに手を差し出した。
するとマヤが!
いきなり頬にキスをしてくれた。マヤ!
マヤの柔らかな唇。

「あの……、あの、その、ちょっとだけ……」

「ありがとう! だったら、お返しだ」

俺もマヤの頬にキスをした。
マヤの柔らかな頬。
マヤがぼーっとした顔で俺を見上げている。半ば開きかけた唇に俺は……。
口付けをした。軽いキス。

「マヤ……」

恋人よ、許してくれ。君の唇はこんなにも魅惑的だ。
俺は熱い接吻をした。
マヤを思わず抱き寄せる。柔らかな君の体。抱きしめた、俺は……。深い深い口付け……。
マヤの背中、服を通してマヤの鼓動が手のひらに伝わってくる。
髪に手をいれ、彼女の頭をまさぐる。震えているマヤ。マヤ!
頭の中で何かがスパークする。
光だ!
真っ白な……!



俺達は結局、スィートルームを使わなかった。
まだ早い。いや、もう少し、この関係を楽しみたいのか?
そう、もう少しこのままで。
次のステップに進むのは、人生の春を味わい尽くしてからでいいだろう。

俺は、ホテルのブティックで青木君の彼氏の為に革製のパスケースを買った。
一度使ったパンツを返すわけには行くまい。マヤに青木君への伝言を頼んだ。

「青木君に伝えてくれ。女の方からああいう物を渡すもんじゃないと……。男を誘っているように見られるからやめるように俺が言っていたと伝えてくれ」


数日後、青木君が俺を社の方に訪ねて来た。マヤのマフラーを持って。

「速水社長、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
 こちらが、マヤのプレゼントです。お受け取り下さい。
 それと、贈り物を……、えーっと、ありがとうございました」

青木君はふっと頭を下げた。

「どう致しまして。僕も、滅多にない経験が出来て面白かったよ」

俺の言葉に、青木君はきっと俺を睨みつけ、柳眉を逆立てた。

「まさか、マヤに手をだしたんじゃないでしょうね」

俺を殴りそうな勢いだ。そもそも間違えたのは君だと指摘したかったが、やめた。
俺は穏やかに答えた。

「それについては、ノーコメントだ。
 一つ教えておこう。彼女は君が買ったパンツがどんな物か知らない。以上だ」

青木麗は何か言いたそうだったが、何も言わずに帰っていった。
しかし、あのしっかり者の青木君が恋人にあんなパンツを贈るとはな。
彼女ならそんな事をしなくても男が放っておくまいに……。
それとも、相手はよほどにぶい相手なのか? 可能性はあるな。
マヤのような奥手なら、パンツぐらい贈らなければ気が付かないだろう。
いや、パンツを贈ってもマヤは気が付かないかもしれないな。
そうだ、クリスマスに一式贈ってみるか……。
ふっふっふ……。
マヤは、また、顔を真っ赤にしてぼーっと俺を見上げるのだろうか?
……。

俺は彼女の濡れた唇を思い出していた。









あとがき



最後までお読みいただきありがとうございました。
今回初めて、対になったお話を書いてみました。
マヤ視点、真澄視点というお話です。
誕生日なので楽しいお話をと思いました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
尚、作中「男性用下着」という言葉は青池保子著「エロイカより愛をこめて」より拝借しました。




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