バースデー 



 速水さんが壊れてしまった。
速水さんと婚約した途端にプレゼントの嵐だ。
その上……。

「俺の婚約者をこんなセキュリティの甘い所に住まわせて置く訳にはいかない!」

速水さんはあたしをさらうようにマンションに連れて行った。いや、正確には麗もさらわれて来た。
一人じゃ淋しいだろうと言うのだ。
そして、マンションにはおしゃれな家具と電化製品が揃っていた。
さらにクローゼットには洋服と靴。ハンドバック。ブランド品が並ぶ。
速水さんに聞いたら、全部、プレゼントだって……。

「マヤ、君と婚約できて俺がどんなに嬉しいかわかるか?
 君への愛を隠さなくていいんだ。
 俺は君を思いっきり愛したいんだ。
 受け取ってくれないか?」

あたしは、受け取るしかなかった。
麗に言わせると、劇団「つきかげ」を潰したんだからこれくらいして貰って当たり前なのだと言う。
速水さんに迷いに迷ってハートのチョコを上げてから4日。結婚を承知してから3日。
たった3日でこんなふうになるなんて……。
あたしは貰った指輪を取り出して眺めた。きらきらと輝くダイヤモンド。薬指にはめてみる。指輪はとても重たかった。

翌日、あたしは速水さんとデートの約束をしていた。
あたしはせっかくだからと速水さんがプレゼントしてくれた衣装一式を身につけた。プレゼントしてくれた物を身につけて行ったらきっと速水さんは喜んでくれる。そう思った。ただ……。
速水さんが指輪をして来てくれと言う。こんな大きなダイヤがついた指輪をして行くのは気が引けた。でも、あたしは速水さんに喜んで貰いたかった。あたしは速水さんの嬉しそうな顔が見たかった。あたしは重たい指輪を薬指にはめた。

2月。
まだまだ、寒い。
あたしは手袋をしたかったが指輪が邪魔で出来なかった。些細な事だけど、でも……。
きれいな指輪がますます重たく感じた。
電車にのると隣に座ったおばさんがあたしの指輪を見て、

「まあ、凄い! まだ若いのにね〜」

と言う。羨望と嫉妬の視線にあたしはいたたまれなくなった。
あたしは思わず指輪を手で隠した。周りの人からじろじろ見られているみたいで凄く嫌だった。

待ち合わせ場所に行くと、速水さんが先に来て待っていた。

「速水さーん!」

あたしは速水さんに手を振った。速水さんもあたしに手を振りかえす。速水さんが大股であたしに近づいて来る。
あたしも速水さんに向って急ぎ足で歩いた。
あたしは速水さんの顔を見るとそれまで心の中でもやっていた思いがさーっと晴れて行くのがわかった。
やっぱり速水さんに会えるのは嬉しい。

「速水さん、会いたかった!」

「マヤ、俺もだ。俺も会いたかった」

速水さんがあたしの手を取って自分の腕にからませる。速水さんがあたしの手に手を重ねる。
あたしは気恥ずかしくて俯いてしまった。顔が熱い。下を向いたまま、あたしは言った。

「……速水さん、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

「うん? それは着いてのお楽しみだ」

あたしは速水さんがどこに連れて行ってくれるのかわくわくしながら歩いた。
速水さんが、「ここだ」って言った。あたしはその建物を見上げた。
あたしは血の気が引くのがわかった。そこは有名デザイナーが主催するブライダルハウスだった。

「速水さん、ここ……」

「ああ、マヤがウェディングドレスを見たがるんじゃないかって思ってな」

速水さんはあたしをどんどん店の奥に連れて行く。
速水さんはあたしが結婚したがってるって思ってるんだ!
あたしは速水さんが好きだ。とっても好きで好きでたまらない。だけど、結婚ってよくわからない。というか、いままで考えた事がなかった。でも、速水さんはとっても嬉しそうだ。

あたし達が店の奥へ行くと、店長さんが出て来た。店長さんはあたし達を特別室に連れて行った。
そこには小さなランウェイが設けられていた。ランウェイの前にはソファが置かれている。あたし達はそこに座った。
店長さんが合図をするとモデルさんが音楽に合わせて現れた。
ちょっとしたファッションショーだ。

「こちらは、この春の新作でございます。もちろん、オーダーメイドも承っております」

店長さんは次々にドレスを見せてくれる。
あたしは背の高いモデルさん達が、颯爽と着こなすウェディングドレスに見とれた。でも、あたしは自分で着た所を想像出来なかった。なんといってもモデルさん達はきれいだ。あたしみたいなのが綺麗なドレスを着てもドレスに着られてしまうだけなのにって思った。速水さんは嬉しそうに見ている。あたしにいろいろ着せたいみたいだ。ふう、なんだか左手の指輪が重い。どんどん重たくなって行く。

「君、そのドレス!」

「はい、こちらでございますか?」

モデルさんがポーズを取って立ち止まった。

「マヤ、あのドレス、着てみてくれないか?」

オーガンジーで出来た白いバラの花が全身に施されたドレス。
店長さんがあたしを試着室に連れて行った。あたしは言われるままに着てみた。ふわふわとしたきれいなドレス。だけど……。
さっきのモデルさんが着ていた時と印象が違う。モデルさんが着ていた時はあっさりみえたバラの花が背が低くなった分ごてごてして見える。そしたら店の人が靴を持って来た。上げ底靴だ。

「大丈夫ですよ。こちらを履けば、10センチは背が高くなります」

私は靴を履いてみた。確かに、背が高くなった分、すっきり見える。だけど、それでも、さっきのモデルさんには到底及ばない。あたしはドレスを着たまま鬱々とした気持ちで速水さんのいる部屋に戻った。

そしたら……!
速水さんが、速水さんが!
きれいなモデルさん達に囲まれてる!
モデルさんのウェディングベールが邪魔で速水さんの顔はよく見えないけど……。
あ!
モデルさんの一人が馴れ馴れしく速水さんにしなだれかかった!
かっとしたあたしはつかつかと歩み寄ってそのモデルさんを突き飛ばした。「きゃっ」と言ってソファに倒れ込むモデルさん。

「あたしの速水さんに触らないで!」

あたしは店中に響き渡る大声で叫んでいた。いや、店の外まで聞こえたかもしれない。
その時、頭の上から声が降って来た。

「お客様、人違いでございます」

あたしは振り返った。そこにはぜんぜん知らない男の人が青ざめた顔をして立っていた。

「マヤ、俺はこっちだ」

あたしは声のする方を見た。そしたら、白のタキシード、花婿衣装に身を包んだ速水さんが反対側の入り口に立っていた。
速水さんはつかつかと歩み寄ると如才なく突き飛ばされたモデルさんを助け起した。

「君、すまない、俺の婚約者が誤解したようだ。許してやってくれたまえ」

「あ、ごめんなさい! ごめんなさい! あたし、てっきり、速水さんだって思って……」

あたしは平謝りに謝った。幸いあたしが突き飛ばしたモデルさんに怪我はなく心良くあたしを許してくれた。あたしが間違えた男の人は、男性用の衣装モデルをしている人だった。速水さんの為に花婿用のタキシードを見せていたのだ。速水さんに体格が似ていた。速水さんが着替えに行ったのでモデル仲間で雑談していたらしい。しなだれかかったと思ったのはハイヒールのバランスを崩しただけだった。そのモデルさんも上げ底靴を履いていた。

そして、速水さんは……、速水さんはにやけている。
あたしが焼き餅を焼いたのが嬉しいらしい。あたしはとっても照れくさかった。でも、重たかった婚約指輪はとっても軽くなっていた。


エピローグ

その日、結局、あたしはウェディングドレスを決められなかった。
あたし達はブライダルサロンを出て食事をした。軽く飲んだあたしを速水さんはマンションに送ってくれた。速水さんが上がってもいいかと聞く。麗は地方公演に行っていない。部屋に上がれば二人切りだ。
頬が火照る。あたしは俯いてこっくりと頷いた。



居間のソファに並んで座ると速水さんがあたしの肩を抱き寄せて耳元で囁いた。

「マヤ、誕生日おめでとう!」

いつのまにか日付が変わっていた。そして、どこから取り出したのか、きれいなペンダントをあたしの首にかけてくれた。22という数字がルビーとダイヤでデザインされたペンダント。裏を返すと「M to M with Love」と彫られていた。

「速水さん! これ、素敵! ありがとう!」

喜ぶあたしに速水さんがまじめな顔で言った。

「マヤ、すまない、俺は……。
 急ぎ過ぎた……。
 君からハートのチョコを貰って舞い上がっていた。
 もっと、ゆっくり二人の関係を築くべきだった。
 友人の次は恋人だな。
 マヤ、君を俺の恋人と呼んでいいだろうか?」

「速水さん!」

あたしは速水さんの胸にすがりついた。速水さんの胸の中でこくこくとうなづく。

「あたしも、速水さんをあたしの恋人って呼びたい!」

「マヤ!」

速水さんはあたしをぎゅうって抱き締めてくれた。

「あたし! プロポーズされて凄く嬉しかった。
 でも、でも、あたし、本当に何にも考えてなくて……。
 速水さん、あたし、ちゃんと考える、考えるから……、結婚の事」

「マヤ、いいんだ、気にするな。君の気持ちだけでいいんだ。
 君が俺を愛してくれている、それだけで……。
 昼間、君が『あたしの速水さん』と言ったのを聞いた時、俺は嬉しくてたまらなかった」

「速水さん……」

「俺達はずっと一緒だ。俺はいつも君を想い、君も俺を想っている。そうだろう?」

速水さんがあたしの目を覗き込む。あたしは涙があふれた。

「ええ、ずっと……、いつもいつも速水さんを……想ってる」

あたしは嬉しくて速水さんに軽いキスをした。
そしたら、速水さんが、速水さんが……!
あたしは目をつむった!
速水さんの熱い手!
熱い手が……!



あたしはぎゅうっとつむっていた目を開けた。
月明かりの中、寝室の天井が見えた……。

速水さんの裸の肩の肩越しに……。









あとがき


マヤちゃんの誕生日用のSSです。結婚に突っ走る速水さんとまだまだ結婚を考えられないマヤちゃん。
お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!


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