お布団 



「マヤ、今日は飲もう!」

真澄とマヤは料亭に来ていた。
マヤは花柄のワンピース、白のカーディガンを羽織っている。真澄はいつもの三つ揃え。
桜の季節である。夜桜が美しい。
真澄はマヤに向ってお銚子を傾けた。マヤは神妙に杯を両手で差し出す。とろりとした日本酒がお銚子から流れ出す。白い杯は底に花びらが描かれている。

「はい、いただきます!」

マヤは注がれた酒を一気に煽った。頬に赤みが浮かぶ。

「いい飲みっぷりだ!」

真澄は目を細めた。
二人は酒肴に舌鼓をうちながら、杯を重ねた。芝居、演劇の話に二人は盛り上がる。
が、風が吹いた。一瞬の沈黙。
桜の花びらが、ひらひらと舞って杯に……。マヤは桜を見上げた。何気なく肩先に落ちた髪をはらう。見えたうなじが桜色に染まって、艶かしい。
和紙をはった照明器具。仄暗い灯り。和室に落ちる桜の樹の影。美しい三日月が、枝の間から覗く。

「きれい……」

真澄はマヤの横顔を見つめた。酔いが回った。酔ったのは酒か、桜か、マヤか……。
真澄の指先がかすかに震えた。

「桜もいいが……、そこのふすまを開けて隣の部屋を見てくれ」

マヤは速水に促されるままに、ふすまを開けた。
そこには二組の布団が敷かれていた。
マヤは、はっとした。

タンッ

ふすまを慌てて閉める。

「どうだ?」

マヤの背中に向って真澄が訊ねる。

「どうだって言われても……」

マヤの心臓は早鐘のように打っている。マヤは思い切って真澄に向き直った。
真澄は静かに酒を飲んでいる。おもむろにマヤを見上げて真澄は言った。

「君の感想を聞きたい」

マヤはごくりとつばを飲み込んだ。足が震える。

「……、ご、豪華なお布団だなあって……」

真澄はマヤをまじまじと見た。

「なんだって?」

「いや、だから、豪華なお布団だなあって……」

真澄の目を点になった。

――男が女に床を見せて、どうだと言っているんだ。
  誘っているに決まっている。それなのに、この天然娘は!
  そっちがその気なら!

真澄は杯を置くと言った。

「ふかふかしてるぞ!」

「う……、使った事があるんですか?」

「ああ……」

「だ、だれと!」

「……忘れた」

「ええ! ……お、おんなったらし!」

「その悪口は初めてだな、今まで散々君から悪口を言われてきたが、俺は朴念仁だったんじゃなかったのか?」

マヤは口をぱくぱくとした。酔いが一気に回る。開き直ったマヤは強い。

「あ、あんな豪華なお布団を使う人は女ったらしです!」

「何故?」

「女の人と一緒に使ったんでしょ」

「くくくく、いやらしい子だな、何を考えている」

「いやらしい? いやらしいって、それ、なんですか? いやらしくなんかありません!」

真澄は立ち上がった。マヤに歩み寄る。

「俺が女とふかふかした布団を使ったと言ったな。それは心外だな」

「だって、使ったんでしょ」

「ああ、使った、酔いつぶれて使った、一人で!」

マヤの顔がほっとした顔になった。

「あ、やっぱり」

「やっぱり! やっぱりとはなんだ」

「やっぱりだからやっぱりですよ。やっぱり、朴念仁だって!」

真澄は逃げるマヤを絡めとろうと、口説き文句をささやいた。

「今日は二人で使いたい」

「は?」

「君とふかふかの布団を使いたい」

「け、け、け、結構です。あたし、そんなつもりじゃありません!」

「そう嫌がりなさんな」

真澄はマヤを抱きすくめた。唇を求める。

「あ!」

マヤは反射的に避けた。結果、マヤのうなじが真澄の前に晒される。真澄は酔いに任せて、接吻した。
白いうなじをそっと吸う。
マヤは一瞬体が痺れた。
真澄はマヤを抱きかかえたまま、ふすまを開けた。そのまま、布団になだれこむ。
ふかふかの布団の上、マヤはわずかな灯りの中、真澄の目を覗き込んだ。優しく、暖かい瞳。
真澄はゆっくりとマヤに唇を近づけた。目を閉じるマヤ。


やがて、唇を離した真澄は愛しそうにマヤの髪を撫でた。マヤもまたうっとりと真澄を見上げる。
マヤがそっと囁いた。

「このお布団、ふかふか……!」







あとがき


マスマヤ情景シリーズ第1弾です。友達以上恋人未満の二人がやっと一線を越えるか越えないかの情景を書いて見ました。
お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!


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お布団 by かおりゃん様


タイトル「お布団」by かおりゃん様

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