死が二人を分かつとも
稀代の名女優、北島マヤ。
東京大学付属病院特別室で、マヤは今まさに死に逝こうとしていた。
夫、大都グループ総帥にして日本政財界のフィクサー(黒幕)速水真澄は、妻の手を握り、最後の時を共に過ごそうとしていた。
「マヤ……」
真澄の呼びかけにうっすらと目覚めたマヤ。
「あなた……」
愛しそうに真澄を見上げるマヤ。
「マヤ、俺はここだ」
「あたし、舞台にいかなきゃ」
起き上がろうとするマヤ。真澄はマヤの手を握りしめる。
「もういい、もういいんだ。ゆっくり休んでいいんだ」
「まあ……、珍しい! あなたがそんな事言うなんて……」
マヤが薄く笑う。そして、ゆっくりと目を閉じた。
「マヤ! マヤ! 一人にしないでくれ。頼む!」
もう一度わずかに開いた瞳。真澄の苦悩に満ちた瞳を見上げる。
「あなた……、大丈夫、あたし、いつもあなたと一緒だから……」
「マヤ!」
「あなた……」
マヤの手が真澄のほほを撫でた。
やがて、その手がぱたりと落ちる。マヤは永遠に目覚めぬ人となっていた。
マヤと真澄の間には2人の男の子がいた。
それぞれ独立し、家庭をもっていた。
長男には、3人の子供が、二男には2人の子供ができた。
二男の2人目の子供は、女の子だった。名前を亜由美という。
亜由美は祖母の才能、祖父の美貌を受け継いでいた。今、紅天女を演じている。
真澄の大のお気に入りだった。
その亜由美が祖父真澄のそばにたった。
マヤの手を握ったまま、泣き崩れていると思った祖父の背中にそっと手をかけた。
するとその体がゆっくりと傾いた。
「おじいさま!」
亜由美は叫んだ。
真澄もまた、帰らぬ人となっていた。真澄の心臓は耐えられなかったのだ、魂の片割れを失う衝撃に……。
亜由美は祖父の顔を見た。穏やかな微笑みを浮かべた祖父。
共に人生を歩み、共に彼岸へと旅立った二人。
――速水さん!
――マヤ!
二人は肉体から解放されていた。軽々と空中に浮かぶ。二人の足下に今離れて来た肉体が見える。二人の姿は若かりし日の姿そのままだった。
――さ、行こう!
真澄がマヤへ手を差し出す。マヤは真澄の手を取り、満面の笑顔を浮かべ真澄を見上げた。
真澄の胸に飛び込むマヤ。
互いの体に腕を回し抱き合ったまま、二人は登る。
高みへ! 光輝く世界へ!
完
by プリモ様
あとがき
プリモ様のお宅に納品したお話です。2009年に狼シリーズの一つとして書いたのですが、内容が内容だけに永久封印の予定でした。この度プリモ様のリクエストで日の目を見る事になりました。^^ プリモ様に感謝です。(^O^)
お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!
Index