サプライズウェディング 



 「社長、今日のご予定は?」

「ああ、いつも通りだ」

俺は運転手の言葉に答えていた。今日も一日が始まる。
鷹宮紫織。ほとんど回復したとはいえ、時々発作的に狂気がぶり返す。
俺は婚約を解消した。しかし、世間にはっきりと告知したわけではない。鷹宮会長は孫娘の名誉を考え、うやむやにするつもりらしい。

携帯がなった。メールか……。

  誕生日おめでとうございます!

マヤだ。そうか、今日は俺の誕生日だったな。忘れていた。鷹宮紫織の相手をして過す休日。不毛な誕生日だな。
マヤ、君に会いたい。婚約を解消したのだから大っぴらに会っていい筈だが、そうはいかない。
どんな被害がマヤに及ぶかわからない状態で、大っぴらに会うわけにはいかない。
時々、こっそり逢い引きするだけだ。
マヤ……、君とずっと一緒にいたい。
紫織さん……。
正気と狂気を繰り返してすでに1年になる。
鷹宮会長に婚約解消を承知して貰えたものの、今でも時々、それとなく匂わせてくる。
紫織さんをあんな風にしてしまったのは俺の責任だ。だが、結婚は絶対に出来ない。無理に結婚しても二人共不幸になるだけだ。紫織さんは回復したとはいえ、時々狂気に落ちてしまう。何がきっかけで狂気に落ちるのだろう……?
精神科の医者に見せるべきなのに、世間体があるからと鷹宮会長は見せようとしない。

パッパー

「どうした?」

「社長、すいません。車が道を塞いでまして……」

軽トラックが道を塞いでいる。鷹宮邸はすぐそこなのだが……。住宅街で道巾が狭く、横を通り抜けられない。軽トラックから男がおりてきた。建設作業員か? それにしては、マスクをしている。花粉症か?
運転手が窓を開けた。

「すいません。エンジンの調子が悪いんです。どかせたいけど……、見て貰えませんか?」

「社長、ちょっと見てきます」

「ああ、そうしてくれ。……俺は歩いて行こう。少し遅刻するが、問題ないだろう」

俺はドアを開け、車の外に出た。道の向うは鷹宮邸の敷地だ。土塀で囲まれている。通用門ははるか先、このブロックを過ぎて右に曲がったその先だ。軽トラックを除け、道なりに歩いて鷹宮邸に向おうとした。軽トラックを通り過ぎた所で車のドアが開く音がした。はっとして俺は振り返った。しかし、遅かった。背中に銃を突きつけられていた。11月の朝、通勤時間帯を過ぎたのか、高級住宅地なのか辺には誰もいない。

「大都芸能の速水真澄だな。おっと、声を出すな。いいか、よく聞け。北島マヤを預かった。一緒に来て貰おうか」

「う……」

俺は運転手に知らせたかったが、声が出せない。

「北島マヤは、無事だ。安心しろ。指1本触っちゃいない。あんたが来れば解放してやる。しゃべるな。いいか、暴れるなよ。車にのれ!」

運転手は軽トラックのエンジンをしきりに見ている。俺には気が付かない。
俺は仕方なく、トラックの荷台に乗った。荷台のドアが締められる。
中にいた男が俺に目隠しをした。手を後ろ手に縛られる。俺は荷台に座らされた。
くそ! どこの組織だ! 

「さあ、これで、エンジンをかけてみて下さい」

「ありがとうございます。助かりました」

運転手と男が話している。運転手になんとか伝えたい。が、マヤを人質に取られているので何も出来ない。
運転手と話していた男が戻ってきた様子だ。とうとう、トラックが走り出した。
どこに連れて行くつもりだ。こいつら、何故、俺とマヤの関係を知っている。俺は必死になって頭を働かせた。最近、強引な引き抜きはやっていない。むりやり潰した会社もない筈だ。
昔の恨みか……?
とにかく、マヤの安否を確認しなければ! 動くのはそれからだ。
30分も走っただろうか?トラックが停まった。男がいきなり俺の耳に携帯を押し付けて来た。

「真澄様? ご無事ですの?」

なんだ! どういう事だ。鷹宮紫織の声がする。

「紫織さん?」

「おい、無事だと言え。指示に従えと言うんだ」

「……」

「早く言え! 危害は加えない!」

俺はマヤの安否をまず考えた。ここで鷹宮紫織に逆らわれて、マヤに危害が及んだら……。

「紫織さん、速水真澄です。僕は無事です。男達の指示に従って下さい」

「真澄様! ご無事なのですね!」

男は携帯を俺の耳から離すと、紫織さんと話し始めた。

「一体、どういう事だ。何故?」

「黙ってろ! 悪いようにしない。俺達を信じてくれ」

俺は相手の目的を見極める事にした。
車はまたしても動き始めた。更に30分ほど走って停まった。

「着いたぞ!」

俺は、目隠しをされたまま、どこかに連れていかれた。空気が変わったので屋内に連れ込まれたのがわかる。
男が目隠しを取った。

「黒沼さん!」

目の前に黒沼龍三が立っていた。

「よう、若旦那!」

「一体これは!」

俺をさらった男達が素顔をさらした。

「すいません、手荒なマネをして」

黒沼組の役者達だ。俺を縛った男が申し訳なさそうに俺の戒めをほどく。俺は血のめぐりが悪くなった腕をさすった。
俺が連れて来られたのはどこかの倉庫だった。

「こんな事をしなくても、黒沼さんの用事なら、いつでも来ましたよ。一体何故?」

「あんたが埒された様子が鷹宮邸の防犯カメラに映っている必要があったんだ」

「え?」

「鷹宮紫織を誘い出す為だ」

「紫織さんを! そうだ、紫織さんに何を言ったんです! 彼女は……」

「いいから、待ってな」

「……、それで北島は?」

「ああ、元気だ。とにかく、若旦那は黙って待っててくれ。いいな」

「黒沼さんの頼みなら待ちますが、紫織さんは病気なんです。果たしてここに来れるかどうか……」

「その件だがな。あんた、騙されてるんだ」

「はあ?」

「鷹宮紫織に騙されてるんだよ」

「それはどういう……」

「鷹宮紫織はもう、りっぱに直ってる。狂気の真似事をしているんだ。あんたを捕まえておきたくて」

「そんなバカな!」

「いいや、証拠がある。まあ、本人が来るから待ってな」

俺は仕方なくその辺に置いてある木箱に腰掛けた。何の倉庫かしらないが、木箱が整然と積み上げられている。
しばらく待つと車の停まる音がした。

「若旦那。こっちだ」

黒沼龍三は木箱の影に俺を連れて行った。木箱が影になって、向うからこちらは見えない。俺を拉致した役者がもう一度顔を隠して鷹宮紫織の相手をしている。

「真澄様は? 真澄様はどこです?」

「速水真澄は無事だ。それよりあんたに見て貰いたい物がある」

いきなり倉庫の壁一杯に画像が映し出された。どこかの劇場らしい。オペラだ。オペラをこっそりビデオにとったらしい。オペラを録画するのは違法行為だが、最近の機器は小型化が進んでいる。マニアにとっては誘惑に抗えないのだろう。どうやら休憩に入ったようだ。前の席に座っているらしい女の声が聞こえて来た。

「お嬢様、お爺様が真澄様を口説いてきっと、ご結婚できるようになりますわ」

「ええ、滝川。真澄様は私の気持ちをわかって下さるわ。それに、それが真澄様の幸せだと思うの。あんな北島マヤみたいな女優風情と一緒になるより……。私の心の病がもう直ったってわかっても、真澄様の為にしているのですもの。きっとわかって下さるわ。私達、きっとうまく行くわ」

「ええ、そうですとも。それに、3日と置かず紫織様にお会いしているのです。普通の殿方なら情が移っていますよ。もうすぐ、速水様の方からもう一度結婚したいと言って来ますよ」

「そうね。ほほほほ」

ここで男はビデオを停めた。
鷹宮紫織は真っ青な顔をして男を見た。

「あんた、もう心の病気は直ったんだってな。持病の貧血は続いているらしいが、心の病の方はもういいんだろう。これが、証拠のビデオだ」

「嘘よ。私は、病気なのよ。病気なんだから」

「嘘だね」

男はさらにビデオを再生する。

「でも、いい加減、病気のまねも辛くなって来たわ。真澄様が不信に思われるんじゃないかしら」

「大丈夫でございますよ。滝川がちゃんと速水様に心のご病気はまだ直ってないと、時々狂気がぶり返すのだと申し上げていますから……」

「そう……、そうね」

ビデオから休憩の終わりを告げるアナウンスが流れて来た。男はビデオを停めた。

「さあ、どうする。あんたが自分から病気のまねは辛いって言ってるけどよ」

鷹宮紫織がわなわなと震えている。

「そんなのでっち上げよ。私は病気なんだから!」

紫織のビデオがもう一度再生された。

「……病気のまねも辛くなって来たわ……」
「……病気のまねも辛くなって来たわ……」
「……病気のまねも辛くなって来たわ……」

同じ台詞が何度もリフレインされる。

「停めて、停めてぇ〜〜〜〜〜〜!!!!」

紫織さんのすすり泣きが聞こえる。

「……このビデオお幾ら? 幾らで売るの? 最初っからお金が目的だったのでしょう。このビデオを売って頂戴!」

「いいや、俺達の目的は只一つだ。金なんかいらない。俺達はな、速水社長に世話になった者ばかりなんだ。速水社長に恩返ししたいんだよ。話は単純だ。速水社長と別れてくれ。もう健康になったからと社長を解放してくれ」

「い、いやよ! 私は真澄様を愛しているのよ。真澄様のいない人生なんて耐えられない!」

「あんた、社長を愛しているなら尚のこと、速水社長には幸せになって貰いたいんじゃないのか?こんな風に騙して社長を繋ぎ止めて……、それで幸せになれると思ってるのか?」

「あなたに何がわかるの! 真澄様は私の物よ。誰にも渡さない! とにかくこのビデオを売って頂戴。それから真澄様を解放して!」

俺は黒沼龍三に囁いた。

「ここからは僕に任せて下さい」

黒沼さんが小さくうなづいた。俺は木箱の影から鷹宮紫織の前に姿を表した。

「紫織さん……」

「真澄様!」

鷹宮紫織は俺を見て、ほっとした様子を見せたが、同時にはっとした顔をした。へなへなとその場にうずくまる。

「今のビデオ……」

「ええ、向うから拝見させて貰いました。さ、君たちはもう引き上げてくれ。後は僕と紫織さんの問題だ」

役者達はぱらぱらといなくなった。俺は紫織さんの傍らに跪いた。

「紫織さん、病気はもういいんですね」

紫織さんは泣き出していた。すすり泣きが倉庫に木霊する。

「僕をそこまで思ってくれて、嬉しく思います。しかし、以前、説明したように、僕はあなたを愛せない。どうか、僕を許して下さい」

「だったら、本当の事を話して、お願い! 私も本当の事を話します。どうか、真澄様。本当のお気持ちを! お願い、そしたら私も諦めがつきますわ。北島マヤを愛しているのでしょう。ずっとずっと愛して来たのでしょう。私、決してマヤさんを傷つけたりしませんわ。だからお願い、本当の事を言って下さい。そしたら、あなたを諦めます」

俺は迷った。紫織さんのあの狂態を見ているのだ。マヤの替わりに紫のバラを何度もはさみで突き刺した……。

「僕は、北島マヤの母親を死に追いやった。彼女から憎まれ……。憎しみは生涯消えないと思った。だから、諦めたんですよ、北島を。そして、あなたと見合いをして婚約をした。あなたの気持ちには誠意で答えるつもりでいた。一生……」

「そんな……! では、一度も私を愛して下さった事はなかったというの」

「……はい」

パシッ

紫織さんの平手が俺の頬を打った。

「ひどい!」

「それでも、あなたを愛そうと努力したんだ。だが、アストリア号であなたの用意した部屋に通された時、はっきりとわかったんです。愛せないと……。これはあなたに話した筈だ。僕は婚約を解消する事があなたへの誠意だと思った。しかし、結果としてあなたを追いつめた」

俺は倉庫の床に正座して頭を下げた。

「許して下さい……」

鷹宮紫織は泣き続けている。俺は頭を上げようとした。

「……これで、おあいこですわね。あなたは私を愛しているふりをした。私は狂気のふりをした。……ふふふ、おあいこだわ。おあいこなのよ」

鷹宮紫織が立ち上がった。俺も立ち上がる。

「真澄様、許して差し上げますわ。もう、二度とお目にかかりません。だって、私はもう、病気ではないのですもの。どうか、私の前に二度と現れないで!」

パン!
パン!

紫織の平手がさらに二発、俺の頬を打った。紫織さんは、泣きながら踵を返すと倉庫を出て行った。俺は後を追いかけた。倉庫を出ると、大都の社用車、いつもの運転手が待っていた。どうやら運転手もグルだったらしい。俺は紫織さんを送るように言った。車が行ってしまうのを俺が見送っていると黒沼龍三が傍らに立った。
紫織さんには悪いが、打たれた頬の痛みに俺は開放感を感じた。自由になれたと思ったら、肩の力が一気に抜けた。

「若旦那、さ、マヤが待っている。行こう!」

俺は黒沼龍三に促されるまま、別の車に乗り込んだ。

「あの、ビデオはどうしたんです?」

「俺の知り合いがオペラマニアでな。たまたま、鷹宮紫織の後ろの席だったんだ。北島のファンでな。会話に北島の名前が出て来ただろ。それで俺に相談に来たんだ。それで、わかった」

「そうですか。ありがとうございます。これで、やっと鷹宮紫織から解放されました」

俺は、心底嬉しかった。いくら自分の責任だからと行っても、鷹宮紫織に俺は辟易しはじめていた。これ以上、縛られたら俺は鷹宮紫織を憎んでいただろう。自分の手で殺していたかもしれない。

「さ、ついたぞ!」

「ここは?」

そこは、古びた教会だった。ドアを開けると一斉に拍手が起こった。多くの客達。マヤの友人、青木麗をはじめ劇団「つきかげ」の面々、劇団「一角獣」の面々。姫川亜弓、桜小路優、里美茂、真島良もいる。たくさんの役者、女優。演劇協会会長。理事達。水城君。聖、おまえまで……。

「さあ、マヤは祭壇の前であんたが来るのを待っている」

「これはどういう……?」

「結婚式だ。あんたとマヤの」

「はあ?」

「いいから、行けって!」

俺は動けなかった。どうしたらいいんだ。

「仕方がないな」

黒沼さんは俺の腕を掴むと無理矢理バージンロードを歩き始めた。結婚行進曲が鳴り響く。おい、これじゃあ、俺が花嫁みたいじゃないか!

「黒沼さん、待ってくれ!」

「待たんね! これは俺達からのバースデープレゼントだ。受け取ってくれ」

とうとう、祭壇の前に連れて来られたしまった。
俺はこれからどうすればいいんだ!
黒沼さんは俺を神父の前に立たせると、さっさと席についてしまった。 

「速水さん……」

ウェディングドレスのマヤ! なんて綺麗なんだ!
マヤが目を一杯に見開いて俺を見上げている。みるみる涙が溢れて来る。

「あ、こら、泣くな!」

俺はハンカチを出した。マヤが涙を押さえる。俺は、けじめをつけるべきだと思った。

「神父さん、ちょっと待っていて下さい。
 マヤ、待たせたな……」

俺はマヤの前に跪いた。
その時、俺にひそひそと囁く者がいる。水城君だ。

「社長!」

「なんだ、水城君、今、取り込み中だ」

「わかっています。ですが……」

「だから、今、取り込み中だと!」

「指輪です。指輪もなしにマヤちゃんにプロポーズするんですか? 指輪でしたら、こちらに……」

俺は振り返った。教会の隅に黒いアタッシュケースを持った男がいる。
俺は立ち上がった。

「マヤ、すまない、もう少しだけ待っててくれ!」

俺が男の側に行くと、男はアタッシュケースを開いた。中には燦然と煌めく宝石をつけた指輪がたくさん並んでいた。男は宝石商らしい。

「水城君、君はホントによく気が付く秘書だな」

「恐れ入ります」

俺は、マヤの為にルビーの指輪を選んだ。

「これ、サイズは?」

「総て花嫁さんのサイズに合わせています。あ、こちらが結婚指輪です」

男がひそひそと俺に耳打ちする。男の差し出したシンプルな結婚指輪。デザインも気に入った。

「水城君、預かっていてくれ」

俺は、結婚指輪を水城君に預け、ルビーの指輪を持って、マヤの前にもう一度、跪いた。マヤの手を取る。
一生に一度。どんな陳腐な設定でもいい。この言葉を君に言えるとは!

「北島マヤさん……、僕と……、結婚して下さい……」

マヤの目に涙が浮かぶ。そっとうなづく君。

「はい、結婚します」

俺はマヤの薬指にルビーの指輪をさした。マヤの目から大粒の涙が落ちて行く。俺はマヤを抱き締めた。マヤもまた俺を抱き締めてくれる。拍手が沸き起こる。どれほどの長い年月、この時を夢見ただろう。
俺はマヤを離すと招待客の方に向き直った。

「本日、わざわざ出席していただいた皆さん。ただいま、僕は花嫁にプロポーズしました」

周りから笑いが起こる。

「花嫁は結婚を承知してくれました。これから結婚式を始めます。恐らく、ギネス並みの短い婚約期間だったと思います。
 こんな素晴らしいサプライズウェディングを企画してくれた黒沼さん、そして皆さんに感謝します。
 しかし、長くお待たせした上、大変申し訳ないですが、後10分お待ち頂けますか?
 花婿に変身してきたいと思います」

まわりから笑いと拍手が起こった。

「マヤ、少し待っててくれ」

マヤは泣き笑いの笑顔で頷いてくれた。

「水城君、この様子ならタキシードもあるな。控え室はどこだ?」

「こちらです」

水城君が案内してくれた。
俺はスーツを脱ぎながらドア越しに水城君に言った。

「水城君、一体このサプライズパーティはいつから企画していたんだ!」

「2週間程前からです。ご存じないのは社長だけでした」

「どうやらそうらしいな」

「社長、お願いがあるのですが……」

「なんだ?」

俺は話しながらタキシードのネクタイを結んだ。

「この準備の為に私、かなり残業しまして……」

「……いいだろう、準備作業を業務と認めよう。残業手当を申請したまえ! ついでにボーナスの査定にも加味しよう」

「ありがとうございます、社長!」

俺はタキシードの上着を着た。紫のバラのコサージュを胸にさす。ドアを開け、祭壇の前に行った。マヤの隣に立つ。

「神父さん、はじめて下さい」

その時、教会の扉が大きな音を立てて開いた。

「真澄君! これはなんだ!」

鷹宮会長だ。会長がバージンロードをやってくる。凄い剣幕だ。

「鷹宮会長……。これは、友人達が用意してくれた、僕とマヤの結婚式です」

「なんだと。紫織はどうするつもりだ。今朝方、急に飛び出して行ったと思ったら泣きながら帰ってきたぞ。紫織を送って来た運転手を問いつめたら、この教会を吐きおったわ。紫織は君のせいで心の病気になったんじゃぞ!」

「いいえ、鷹宮会長、彼女は回復しています。それに僕と紫織さんは1年前に婚約を解消しています。紫織さんの容態が安定しないので、僕はずっとお宅に通っていましたが、紫織さんの病気が仮病だとわかった以上、僕は自由です」

「仮病だと! 紫織が仮病だと言うのかね?」

「鷹宮会長。証拠のビデオがあるんですよ。それに紫織さん自身が認めましたぜ。なんならビデオをこの招待客の前でご覧に入れましょうか?」

黒沼さんが割ってはいってくれた。助かる。

「君は誰だ!」

「黒沼という演出家です。以後、お見知り置きを! 偶然、お宅の紫織さんが、仮病だと自分から言っているビデオを手に入れましてね。本人に確認したら、認めましたよ」

「うう……」

俺は鷹宮会長に言った。

「鷹宮会長、どうか、わかって下さい。紫織さんは僕と結婚しても決して幸せにはなれません。どんな理由があろうと人の意志に反した結婚はいけません。どこかに無理が来る。僕はマヤと結婚します。マヤを愛していますから。僕が結婚すれば、紫織さんも僕への執着から解放されるでしょう」

「紫織が仮病……、仮病を使っていたのか……」

鷹宮会長がどっと肩を落とした。信じていた孫娘に裏切られてショックを受けたようだ。

「真澄君、儂は紫織が仮病とは知らなかった。あれが、仮病を使うような娘だったとは……。君には迷惑をかけたかもしれん。英介君は……」

鷹宮会長はあたりを見回した。

「義父は……」

俺は目を伏せた。

「ああ、そうだな、すまん、もう亡くなっていたな……。真澄君、一度は孫娘の婿にと思った君だ。紫織との事は残念だったが、この結婚式。英介君の代わりに出席させてくれ」

「会長! はい! もちろん、喜んで!」

鷹宮会長は、俺の親族が座る席に腰を下ろした。会長が俺の義父のかわりを務めてくれるとは!

「神父さん、待たせましたね。どうか、式を上げて下さい」

神父が神に祈りを捧げる。
もう、邪魔は入らんだろうな! 頼む、神様、これ以上、邪魔しないでくれ。

「誓います」

俺は自分の誓いの言葉を遠くに聞いた。この後、マヤが誓いの言葉を言う筈だ。言ってくれよ。「誓う」と。
もし、「やっぱり考えさせて」と言われたらどうしよう。俺の頭に走馬灯のようにマヤとの思い出が蘇った。ここで断られても仕方がないかもしれない。

「北島マヤ。あなたは、速水真澄を夫とし、富める時も貧しき時も、健やかなる時も病める時も、死が二人を分つとも永遠に愛すると誓いますか?」

「はい、誓います」

マヤ!
俺は神父の言葉を上の空で聞いていた。良かった。マヤが誓ってくれた。
俺は先程さした婚約指輪の上から結婚指輪をマヤの指にはめた。いささか型破りだがかまうまい。
マヤが俺の薬指に指輪をしてくれる。

「ここに一組の夫婦が誕生した事を宣言します」

式はつつがなく終わった。音楽が鳴り響く。俺達は腕を組んで教会の外に出た。
今朝、俺は不毛な誕生日だと思った。だが、今は、違う。
晴れた空の下。
傍らには最愛の花嫁!
人生最高の瞬間!








あとがき


最後まで読んでいただいてありがとうございます!
2012年11月3日。速水さんの誕生日の為に書いた1本です。
何を書いていいかわからず、お誕生日ネタを募集した所、「誕生日当日が結婚式で、二人の幸せな様子を書いてもらえないでしょうか。」とのリクエストを頂き書いてみました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
皆様に感謝をこめて!


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