バレンタイン 



 速水さんは甘い物が嫌いだ。
だけど明日はバレンタインデー!
あたしは速水さんにいい機会だから告白しようかと思っている。
なんとなく、なんとなく、告白する機会を逃しているのだ。
でも、言わなくてもわかっていると思う。
それでも……。

あたしの頭の中では、某CMがリフレインする。

――チョッコレイト、チョッコレイト、チョコレイトは、、、、

お菓子屋さんの陰謀だというのはわかっている。
それでも、シャイな女の子達の背中を後押ししてくれるお菓子屋さんに感謝している。
今日は女の子から言ってもいいんだって!
速水さんの気持ちは本当にわからない。ううん、きっとあたしを好きなんじゃないかって思う。
デートに誘ってくれたし……。
紫織さんから婚約を解消されてからは、あたしによく会いに来てくれる。
みんなはあたしが「紅天女」の主演女優に選ばれたから上演権の為っていうけど……。
でも、もしかしたら、少しはあたしを好きかもしれない。
だって、だって、何と言っても速水さんは「紫のバラの人」なんだもん。

あたしは麗に手伝ってもらって自分でチョコを作る事にした。
チョコ、一番、苦いチョコを買って来て溶かす。
そしてハート型に流し込む。
出来上がったチョコを見てあたしは恥ずかしくなった。
ハートを上げるってなんだか、いかにもって感じで、あーだめ! ぜえぇったい! だめ!
チョコの前で赤くなっているあたしに麗が言った。

「あんたさ、どうしてか知らないけど速水さんが好きなんだろう。あんたの口癖、ダメで元々っていつも言ってるじゃないか。1%の可能性にかけてご覧よ」

「麗、でも……」

「言わないと速水さんはいい年なんだから、また別のご令嬢と婚約しちゃうよ」

「れ、麗……」

あたしは涙があふれた。

「ああ、ほら、泣かない。さ、これを包んでやるからさ」

あたしは、麗がきれいにラッピングしてくれたチョコを持って大都芸能に向った。


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2月14日
今日はバレンタインデーだ。
俺は別に期待しているわけではない……。が、もし、マヤが……。
もし、マヤがチョコレートを俺にもってきてくれたら!

「……社長、速水社長!」

俺ははっとして我に返った。秘書の言葉に俺は頭の中でリフレインする幻想を振り払った。

「こちらが午後からの会議資料でございます。速水社長?」

「うん? ああ、ありがとう!」

平静を装ったつもりだったが、水城君にはお見通しらしい。彼女は眼鏡の奥から俺をちらりと見た。

「社長……。何か気になる事でも?」

秘書殿は俺が何を考えているか、何を期待しているかわかっているのだろう。わかっていて、何かと聞いてくる。嫌味だ。

「いや、なんでもない」

俺は咳払いをすると会議資料を手に取り読み始めた。俺はバレンタインデーもマヤの幻想も心から追い出し、目の前の資料に集中した。


その日、俺はマヤと会う約束をしていなかった。その上、接待が入っていた。
この4ヶ月、俺からマヤを誘う事はあっても、マヤが俺を誘う事はない。電話やメールのやりとりもあるが、大抵、約束の確認だ。時間に遅れるとか、待ち合わせ場所がわからないとか……。
今日は俺から会いにいけない。だから、会えない。
会えないと思うと淋しかったが、マヤと会ってチョコレートを渡されなかったらそれはそれで落ち込むだろう……。
会わなければ、チョコレートを気にすることも、愛されていないのだと再確認する事もない。
それにチョコレートを貰えないなら今まで通りでいいのだと、少しほっとする。
今まで通り友人として過す。憎まれていた時に比べればこれ以上はないくらい良好な関係だ。
マヤは俺をどう思っているんだろう。もう、憎んではいないと言ってくれた。嫌ってはいないようだ。
だからと言って好きではないんだろう……。
もういい、考えるのはやめよう。なるようにしかならんさ。

そんなもやもやとした気持ちを抱えて決済書類の山と格闘しているとドアをノックする音が聞こえる。
水城君か? コーヒーでも持って来てくれたか……。

カチャ。ドアが開く音。なんとなく気配が水城君らしくない。俺は目を上げた。
マヤ!

「あの、速水さん、今、いいですか?」

「あ、ああ……」

マヤがつかつかと寄って来る。いきなり後ろ手に持っていた包みを取り出し机の上に置いた。

「これ、上げます。義理です、義理ですから!」

マヤは叫ぶなりくるりと背を向けあっというまに社長室から出て行った。
俺はびっくりしたあまり、「マヤ!」と叫ぶ以外何も言えなかった。
もしかしてチョコレートか?
目の前の包みを手にとる。10センチ四方の箱。いかにも、手作りという感じの包みである。青いリボンをひっぱってあける。中からハート型のチョコレートが出て来た。
俺はそれを見て笑い出していた。
さっきまでの杞憂は何だったのか!
義理だと叫んでいたマヤ。義理だと言うわりにはハートじゃないか!
くっくっくっく!
さてと、次は俺の番だな……。


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あたしは社長室から走り出た。水城さんが仁王立ちに立ってあたしの行く手に立ち塞がる。

「マヤちゃん、ちゃんと渡せた?」

「えっ? ええ、渡しました!」

あたしは叫ぶと水城さんの横をすり抜けて走った。後ろから水城さんがあたしを呼ぶ声がしたけど、振り切ってエレベーターに飛び乗る。
大都芸能を出るとなんだかほっとした。ふう、やっぱり告白なんて出来ない。あたしには無理だ。
あたしはとぼとぼと駅に向った。

その夜、あたしはアパートのお布団の中で寝られずにいた。何度も寝返りをうつ。

――結局、言えなかった。
  速水さんが社長室で仕事をしている姿を見たら、やっぱりダメ!
  あたしとは世界が違いすぎる!
  ……せっかくハート型のチョコを持って行ったのに……。
  速水さん、なんて思っただろう……?
  大丈夫、義理って言ったし……。
  告白は……、もっと、もっと、ずっと後でいいや。
  ううん、しなくていい!
  今のままなら、速水さんに恋人が出来て、速水さんが……、
  速水さんがお金持ちのお嬢さんと結婚してもずっと友達でいられる。
  でもでも、告白したら、もう、友達でいられない……。

あたしは麗に聞こえないように声を殺して泣いた。


翌日、あたしは休みだった。
だけど、麗は仕事だ。あたしは麗を送り出した後、部屋を片付けて掃除をした。
窓を開けると冷たい風が吹き込んでくる。その時、バンという音がした。車のドアが閉まる音。
音の方を振り向くと、速水さんがこちらを見上げていた。
あたしは嬉しくて手を振った。速水さんも手を振り返す。あたしは、大急ぎで速水さんを迎える用意をした。ストーブに火をつけ、お湯を沸かしコーヒーの準備をする。

――あれ? 今日は平日だから速水さん仕事じゃないかな?

トントン!

速水さんだ!
あたしはいそいそとドアを開けた。

「やあ、ちびちゃん、お早う!」

「おはようございます。速水さん、仕事は?」

「さぼった……。あがっていいか?」

「え? あ、はい、どうぞ!」

――さぼったって、仕事虫の速水さんが?

速水さんは背が高い。
背の高い速水さんが炬燵に入るとなんだか小さくなる。昨日の社長室の速水さんとは大違いだ。
あたしはコーヒーを淹れて速水さんの向かいに座った。

「昨日はチョコレートをありがとう。普通はホワイトデーにお返しをするそうだが、早い方がいいと思ってな。持って来た」

速水さんがポケットから箱を出した。あたしの前に置く。
あたしはきょとんとしてその箱を見た。白い包み紙。きれいなピンクのリボン。

「これ、あたしに?」

「あけて見ろ……」

あたしは開けた。ピンクのリボンを引っ張って、白い包み紙をはずす。箱の蓋をあけ、さらにその中のビロードの布で覆われた小さな箱を取り出す。
蓋をあけた。

箱の中ではきれいなお星様が輝いていた。

「こ、これって……」

速水さんがあたしの手を掴んだ。箱の中から取り出した指輪をあたしの薬指にはめる。

「結婚しよう、マヤ」

「は?」

「結婚しようと言ってるんだ」

「なんの事かわかりません!」

速水さんが固まった。まじまじとあたしを見る。
速水さんが炬燵を出てあたしの側にきた。

「は、速水さん?」

あたしは、あたしは、頭が真っ白だ。
速水さんが、速水さんが、あ、あ、ああああ……!







あとがき


バレンタイン用にSSを書いて見ました。友達以上、恋人未満の二人です。
お気に召していただけたら嬉しいです。
読者の皆様へ感謝をこめて!


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