ホワイトデー 



 俺はマヤに訊いていた。ホワイトデーのお返しは何がいいかと……。
ここは、フレンチレストラン。食事が終わりコーヒーを飲んでいた。

「速水さんからは素敵なお返しを貰ってます。これ以上のお返しは無いくらい……」

マヤが俯いて頬を染める。可愛い。

「マヤ……、遠慮するな。俺は……、君にプレゼントすると俺が幸せになれるんだ!」

はっと目を上げるマヤ。瞳に俺が映っている。

「速水さん……! 嬉しい! 嬉しいけど、たくさんプレゼント貰っていてこれ以上思いつかない……」

「そうか……、だったら考えておいてくれ。思いついたらいつでも言ってくれ」

マヤは困った顔をした。コーヒーをスプーンで掻き回す。
そして、何を思いついたか、ぱあっと顔を輝かせた。

「あたし! あたし! 速水さんが作ったケーキが食べたい!」

俺はマヤの発言にのけぞった。

「!」

「あ! ダメ……、ですよね、もちろん! ごめんなさい。
 ……速水さん、なんだって出来るからケーキくらい作れるかなって……」

俺は息をゆっくり吐き出した。

「で、どんなケーキがいいんだ?」

「え! ホントに作ってくれるんですか?」

「ああ、君の為だ。君が望むなら、蓬莱の玉の枝でも、火鼠の裘(かわごろも)でも取ってきてやるぞ」

「? なんですか? それ???」

「かぐや姫が欲しがった物だが……、まあいい。それで、どんなケーキが食べたいんだ?」

「イチゴのショートケーキ! 生クリームがたっぷりの!」

たとえ無理難題でも恋人の為なら頑張ってみようというものだ。男がケーキなぞ作るものではないが……。
だが、しかし……、そこをきっちり作ってこそ、速水真澄だ。
俺は翌日出社すると、水城君にケーキのノウハウを集めた映像を持って来るように言った。

「真澄様、それならケーキ教室がございますが……」

「冗談だろう、速水真澄ともあろうものがエプロンしてケーキなんか人前で焼けるか!」

「しかし社長、この教室は男性向けの教室ですので問題はないかと……」

俺は水城君がネットで見つけた教室を見た。
場所は少し離れているが、男性のみ10名の少人数制と書いてある。最近流行の男性向け料理教室のケーキ版のようだ。どんな習い事でも映像で見るより直接教師に習った方が上達は早い。
結局俺はその教室に行く事になった。
ケーキを作るのはホワイトデー当日。その日は日曜日だった。俺は朝から教室に出掛けて行った。マヤには出来立てのケーキを食べさせたいので、3時にマンションに行くと言ってある。

教室につくと既に生徒は集まっていた。教師も男性である。俺はジャケットを脱いだ。シャツの袖をまくる。なんとなく視線を感じたが気のせいだろう。生徒の年齢層は様々で20代の若者から髪に白い物が混じる40代くらいまでいる。俺は空いている調理台を確保、エプロンは既に用意されていた。
時間になり教師が教壇に立った。

「それでは、始めま〜ス! ホワイトボードにぃ大体の手順を書いておきました!
 えーっと今日ぉ、初めてケーキを焼く人!」

う! 教師がおねえ言葉だ。まあ、こういう業界ではこの手の人種もいるのだろう。
おねえ言葉はおいておいて、初めてのケーキというので俺も手を上げた。パラパラと手が上がる。

「う〜ん、今日は多いわね。では、壁にかかってるこの額! はい、みなさんで声に出して読んで下さい!
 1に材料の計量をしっかりする事。
 2に正確な温度設定と時間。
 3に手順通りに。
 はい、わかりましたね。お菓子作りは正確にするのが一番です!
 正確にしないと大変です。
 スポンジケーキが膨らまなかったり、破裂したりします。
 破裂させた人には、オーブンの掃除が待ってます。正確にやりましょうネ!
 それでは、まず、スポンジケーキを作って行きましょう」

調理台は一人一台だ。調理台の上には既に材料が用意されている。俺は、指示通りに材料を計り、下準備をした。調理台はハイテクだ。ディスプレィがあり、そこに作り方が映し出されるようになっている。わからなければ何度でも同じ工程を再現出来る。教師は順番に生徒の間を回って歩く。

「うん、いいわよ。その調子……」

俺の所に来ると、おねえ言葉を言いながらすり寄って来た。

「あらぁ、お宅、手際がいいわねぇ。初めて?」

「ああ、初めてだ」

「そう、え〜っと、あなた、ケーキが好きって感じじゃないわね。恋人に?」

「ごほん、先生、次の行程に行きたいんだが」

「ま、答えたくないのね、ふふん、いいわよ、次、行きましょう」

教師は全員に聞こえるように大声で指示を出しながらホワイトボードの前に戻った。
玉子と砂糖を湯煎にかけてハンドミキサーで混ぜる。湯煎からおろし冷ます。そこに3度ふるった粉を加えへらで混ぜる。最後に人肌に溶かしたバターだ。

「そうそう、人肌よ」

といいながら教師がまたしてもすり寄って来る。なんだ、こいつは? 俺はケーキ作りに専念したいんだ。

「ね、恋人に焼いてあげるの」

俺は背中がぞわぞわするのを押さえながら言った。

「ごほん、先生、そろそろオーブンを暖めておかなくいいんですか?」

「ああら、また、かわすのね〜、もうつれないんだから。さ、みなさん、そろそろオーブンに火をいれましょう」

俺はオーブンに火をいれ、型にスポンジケーキの種を流しこんだ。型の端をとんとんとたたいて余分な空気を抜く。
それから、暖めたオーブンに種を入れた。タイマーを20分にセットする。

「はい、オーブンにいれたら、次は、生クリームとイチゴの準備をします」

俺はイチゴのヘタを取り形を整えた。イチゴの量の半分はケーキの間に挟むので半分に切る。
しかし、オーブンに入れる時に気が付いたが、なんだか、周りの空気が違う。
いつのまにか、男同士で親しそうに話し始めている。
ここは一体どういう所なんだ?
まさか、まさかな、男同士の見合い教室じゃないだろうな。一緒の作業をしながら相手を物色する。見合い見合いしてないから参加者達も打ち解け易い。しかし、男同士なんだ! 見合い教室の訳がない。だが、ふっと振り向くとはっとして視線を外すのが何人かいる。いかん、無視だ、無視。俺は断じて男同士の見合いなぞ認めん。
俺は教室の異様な雰囲気を一切無視して生クリームを作った。やがて、オーブンがチンとなってスポンジケーキが焼き上がった。
オーブンのドアを開けるのはなかなかドキドキする。
果たしてうまく焼けているか?
見た目は膨らんでいる。このまま、しぼまないといいんだが……。
俺はスポンジケーキをオーブンから出し型から抜いた。台において冷ます。どうやらうまくいったようだ。俺はほっとした。
スポンジケーキから粗熱が取れるまでしばらくかかる。
粗熱が取れるまで、教師がスポンジケーキの切り方、イチゴの盛りつけ方、生クリームのデコレーションの方法を説明する。
やがてタイマーがなった。スポンジケーキが冷めたようだ。
俺は教師に言われた通り、スポンジケーキを上下に半分に切った。半分のスポンジケーキに生クリームを塗り半分に切ったイチゴを並べる。残り半分のスポンジケーキを上からかぶせた。軽く押さえる。さらに全体に生クリームをパレットナイフで塗る。中央にイチゴを盛りつけた。
さて、ここからが問題だ。イチゴの周りを生クリームで飾る。生クリームを絞り出しながらうまく飾り付けられるだろうか?
俺はリスクをさけ、このままにする事にした。

「あら、どうしたの? 飾り付けは?」

「失敗すると全体がダメになるからな。飾り付けはやめた」

「ま! 慎重ね。失敗してもやりなおせばいいのに!」

教師は笑いながら他の生徒の方へと歩いて行った。全員が出来た所で、ケーキを切り分ける。これも俺はパスした。マヤにこれを持って行ってやるつもりだ。自分ではなかなかうまく出来たと思う。味見はしてないが、分量通りいれたので大丈夫だろう。

「あら、あなた、切り分けないの?」

「ああ、約束があるからな」

「ッとに、仕方ないわね。さて、みなさん、それではこの教室のメインイベントを始めます。みなさん、気に入った方にケーキを持って行って頂戴」

俺ははっとした。数人の男が頬を染めながら俺にケーキを差し出すのだ。
なんなんなんだ!!! やはりここはその手の教室だったのか!
俺は差し出されたケーキを前に、頭を下げた。

「すまない、俺は恋人の為にここに来たんだ。好意は嬉しいが貰えない」

「やっぱり!」

教師が残念そうにする。俺にケーキを差し出した一人が言った。

「それでもいいんです。あなたがケーキを作っている姿は素敵だった。これはその御礼です」

他の男達も同様に貰ってくれと差し出す。俺はきっぱり断って、大急ぎで作ったケーキを箱に詰めるとその場から逃げ出そうとした。
教師が大声で叫ぶ。

「ねぇ! 今度は恋人と一緒に来なさいね。待ってるわ!」

俺は立ち止まると振り向いて言い返した。

「俺の恋人はこのケーキを丸ごと食べる程ケーキ好きの『女の子』なんだ!」

「え!!!! 嘘! 信じられない! 絶対、男だと思ったのに!」

「そういう訳だ」

俺はいい捨てて教室を後にした。恐らく、男同士でケーキの交換をして相手を探しているのだろう。あぶないケーキ教室だったのだ。あぶない教室でもケーキはまともに出来た。俺はケーキを持って意気揚々とマヤのマンションに行った。
マンションの扉を開ける。
きっと、この先にマヤの満面の笑顔が待っている。
そうとも、その為ならどんな苦労も吹き飛ぶさ。

「マヤ、約束の俺が作ったショートケーキだ」

俺はケーキの箱の入った袋を出した。

「きゃあ、速水さん、ありがとう!」

ケーキの箱を開けた時のマヤの嬉しそうな顔。その笑顔だけで男に言い寄られた不快さは消し飛んでしまった。
マヤが目を潤ませて言った。

「速水さん、これ、あたし一人で食べていいんですか?」

「ああ、いいとも」

「速水さ〜ん!」

マヤは俺の胸に飛び込んで来るなり泣き出した。

「そんなに嬉しいのか?」

「だって、だって、速水さんが焼いたケーキですよ!」

(むろん、そうだ!)

「誰も食べた事のないケーキですよ」

(え?)

「あたしが初めて速水さんが焼いたケーキを食べるんです。う、嬉しい!」

こんなに喜んで貰えるなら、よし、次は、初めて作ったタルトや初めて作ったアイスクリームや初めて作ったチョコレートや……。
マヤ、俺の初めての菓子作りは総て君に捧げよう!
マヤ、俺の甘い恋人!
愛している!









あとがき


だいぶ遅くなりましたが、「ホワイトデー」のSSです。
このお話のヒントは「エロイカより愛をこめて」の少佐のケーキ作りでした。何事も律儀にきちんと正確にする男の人は菓子作りに向いています。そこで、速水さんにも作らせてみました。しかし、ただ作らせるのでは少佐の二番煎じになってしまいます。そこで、あぶない教室にしました。
あぶない教室ではなく、女の子に囲まれた社長も楽しかったかもしれませんが、そういう社長は私が読みたくないので却下しました。^^
楽しんで貰えたら嬉しいです。
読者の皆さんへ、感謝をこめて!


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