うれしはずかし新婚旅行、マスマヤオーストラリアを行く!
「ねえ、速水さん、、、。」
マヤは、隣に座っている速水真澄に話しかけた。
「マヤ、速水さんじゃないだろ。」
速水は新妻をたしなめた。
「あ、そうか、真澄さん。」
「うん? なんだい、マヤ。」
これが、仕事の鬼と言われ、冷血漢と言われ、業界から恐れられている男かと思うようなとろとろの笑顔を浮かべて速水はマヤを見つめた。マヤは、新速水邸を出発する時から疑問に思っていた事を口にした。
「あのね、普通、新婚旅行って2人で行くもんじゃないの?」
マヤが疑問に思ったのも無理は無い。昨日、挙式を上げ晴れて夫婦になった二人は今、成田からオーストラリア、ケアンズに向かう機上の人となっていた。
二人が座っているファーストクラスの後ろの席には、速水とマヤのボディガード男女4人が黒のサングラスをかけ主人達を守る為に控えていた。そして、もう一人。中年の女性が、速水とマヤの様々な雑用をこなす為に控えている。彼女の名前は、三島和子。職業:秘書、いや、有能な秘書と書くべきだろう。水城のような派手さはないが、水城同様実に優秀、有能な秘書だった。
「マヤ、俺達はいつ誰から誘拐されるかわからないんだ。今までは、常時付き添うのは一人だったが、先日、俺が誘拐されてもう一度警備体制を見直したんだ。まあ、石か何かだと思ってやってくれ。」
「ううん、いいの、大勢の方が楽しいから。」
そう言ってマヤはにっこり笑うと真澄の頬にキスをした。
真澄は握っていたマヤの手を自身の唇に押し付ける。
二人は視線を合わせると微笑んだ。
マヤは初めてだった。
速水と婚約した途端に生活が変わってしまい、初めての事だらけだったのだが、、、。
何と言っても今回、初めて、「飛行機」 に乗った!
(初めての飛行機!
初めて空を飛ぶ!
落ちないかしら?
大丈夫、確かカンタスは落ちないって、どこかで聞いた。
この飛行機、確かカンタスって名前だった。)
マヤはそう思って、落ちるなどと言う縁起でもない考えは頭から追い出した。
昨夜、都内のホテルで新婚初夜を過ごした速水とマヤは、あんな事やこんな事をして目一杯楽しんだ。
ケアンズへのフライトが夜だったので、一旦、新速水邸に戻ったのだが、、、。
若い二人である。旅行に出発する直前まで、あんな事やこんな事をしてやっぱり楽しんだ。
今回同行する秘書の三島和子の度重なる催促で、なんとか出発の2時間前に成田に到着出来たが、三島和子がいなかったら乗り遅れていたかもしれない。
成田空港で、無事出国手続きを済ませた二人は、デューティフリーショッパーズを見て回った。
速水もまた、舞い上がっていた。
速水は、マヤが、「あ、可愛い!」と言おうものなら、店員を呼びつけて、さっとマヤに買い与えた。
さすがにマヤはこれ以上、速水さんに散財させてはいけないと思い、不用意に可愛いと言う歓声を上げるのを慎む事にしたのだが、、、。
「マヤ、遠慮しなくていいぞ。欲しい物があったら好きなだけ買いなさい。」
「でも、でも、速水さんじゃない、真澄さん。
うちの家計は大丈夫なの?」
「マヤ、いや、奥さん。大丈夫だよ。俺は、君に目一杯愛情を注げるのが嬉しくてたまらないんだ。」
そう言ってマヤを抱きしめた。公衆の面前で。
速水の目には、マヤしか映っていなかった。
一行は飛行機の安全安楽な旅の末、ケアンズ国際空港に到着。
入国方法を台本にしておいたおかげで、マヤはしっかり英語で入国を済ませ、速水を安心させた。
無事入国すると、現地スタッフと落ち合った。
現地時間、早朝。
夜明けの空が美しい。
ケアンズは小さな観光の街だ。
気候は日本と逆。その上赤道に近いので、年中暑い。11月は気温が31度まで上がる。12月になると雨期に入り朝晩の雨が多い時期になるが、まだ乾期なので雨は少ない。
世界遺産のグレートバリアーリーフと熱帯森林を備えている。
そんな小さな街の港へ着くと船に乗り換えて一行は今夜の宿泊先のグリーン島へ向かった。
グリーン島は、周囲を珊瑚礁に囲まれた小さな島である。30分も歩くと一周できる。
島に建つホテルが島全体を所有している。
マヤと速水はホテルの一室に落ち着くと早速、水着に着替えて浜辺に向かった。
二人は互いの体に日焼け止めを塗った。
「ヤーン、くすぐったい!」
「何をくすぐったがってる、ほら、腕をあげて、、。」
真澄も、くすくすと笑いながら、マヤの体の隅々まで日焼け止めを塗った。
マヤはホルターネックの花柄のビキニの水着を着ている。
「じゃあ、次は、あたし。」
マヤは、手にたっぷりと日焼け止めクリームを垂らすと、真澄の背中に塗りたくった。
マヤはどうして真澄の体はこんなに綺麗なのだろうとしみじみ思った。
仕事ばかりしているので、色は白いが生白いというのではなく精悍な白さである。
マヤはなんとなく、憎たらしくなって真澄の海パンのゴムをきゅっと持ち上げてパッと離した。
ぱちんと高らかな音があがる。
「こら、何をやってる。」
真澄が笑いながら仰向けになり
「同じ事、しちゃうぞ!」
と言いながら、マヤを引き寄せた。
マヤのブラに指を引っ掛けようとする。
「あん、だめー!」
思わず胸を抑えるマヤ。
二人のいちゃいちゃは果てしがなかった。
(筆者のかりんですが、書いてるこっちがやってられません。^^)
一方、そんな二人の周りをガードマン達がそれとなく警護していた。
主人達の様子を見てみぬ振りをしながら。
炎天下の海岸。スーツを来ていないとはいえ、ご苦労様な事である。
二人は、その日、午前中は、浜辺でごろごろしたり、泳いだりして過ごした。
午後は、ヨットを貸し切りクルージングに出掛けた。
シュノーケルの装備をつけて潜る。
染まってしまいそうな青い海。
真水のように透明な水の下、どこまでも広がるグレートバリアリーフの珊瑚礁。
海は青から緑、緑から青へと色を変える。
陽光がきらめき、波の揺らめきに暑さを忘れる。
たくさんの生き物達。
銀色に光るアジの群れ。ナポレオンフィッシュ、様々な珊瑚。珊瑚の林の中にクマノミが泳ぐ。
そして、マヤが、遠くを見ているとイルカがはねた。
「真澄さん、イルカ!」
「ああ、見えた!」
一行は夕方、グリーン島に戻った。
ディナーを食べた後、二人は、軽く酒を飲もうとホテルの庭に酒のグラスを持ったまま出た。
夜空には銀河が、南十字星が輝いている。
プールサイドの席で波の音を聞きながらとりとめの無いおしゃべりをした。
夜の空に月がかかっていた。
満月が、まるでスポットライトのような月が、煌々と辺を照らしていた。
海が月のあかりに光って見える。
湿気を含んだ風。海の香り。
「真澄さん、きれいな月。」
「ああ、そうだな。オーストラリアは日本より空気が澄んでいる。それでだろう。」
「まるで、スポットライトみたい。」
その月はマヤに舞台の上を思い出させた。
月。真ん丸な月。くっきりと輝く銀の月。
狼少女ジェーンをやったとき、月に向かって吠えたっけ。
そう思った瞬間、マヤにジェーンが降りて来た。
「ウオオオオオーーーーーーーーン。」
マヤは、目の前の石のテーブルに飛び乗り四つん這いになると、月に向かって吠えていた。
速水は、一瞬、ここは、スチュワートの役をやるべきか、黒沼の役をやるべきか迷ったが、もちろん、黒沼の役を選びパンと手を打ってマヤを現実に引き戻そうとした。
が、マヤは、今日一日、初めての経験だらけで、疲れていた。
パンという音を聞いても元に戻らなかった。
そのまま、浜辺まで走ると、海に向かって更に吠えた。
「オオオーーーーーーーーン。オーーーーーン。」
「マヤ!」
速水がマヤを追いかける。その後から、ボディガード達が付いて行く。
そして、全員が聞いた。
海の彼方から不思議な音が帰って来るのを。
マヤの呼びかけに答えるように。
「ボォーーーーーーーン!」
さらにマヤが吠える。
「オオーーーーーーーーン、オオオオーーーーーーーーーン!」
「ボォーーーーーーーン!」
音が大きくなって来た。
何かが沖合からやってくる。
「マヤ!」
「オオーーーーーーーーーーン」
真澄は、マヤを止めないと何かまずい事が起きる。
そう直感した。
遠くの波が盛り上がるのが見えた。
クジラだ。
大きなザトウクジラが、ザバアっと海から海面高く飛び上がった。
月の光にクジラの体が銀色に光る。
最後に大きな尾びれを見せて、海中へと沈んでいった。
クジラがマヤの遠吠えに反応したのだ。
真澄は必死でマヤに追いつくと抱きしめた。
マヤは、はっとして我に帰った。
「速水さん。」
「マヤ、、、、。」
真澄はマヤが元に戻ってくれてしみじみ良かったと思った。
「マヤ、見えたかい、今、遠くでクジラがジャンプしたのが、、。」
「うん、見えた。真澄さん、ごめんなさい。
私、うっかり、ジェーンになっちゃって。」
「いいんだ。
きっと、疲れているんだ。
さ、今日はゆっくり休もう。」
真澄はマヤを伴って部屋に引き上げようとした。
二人の様子を見ていた宿泊客から拍手が起こった。
その内の何人かが英語で話しかけてきた。
マヤには、わからなかったが、真澄が答えていた。
「真澄さん、なんて。」
「すばらしいって。あなたの奥さんの魂はオーストラリアの野生と友達なのだろうってさ。
俺のワイフは女優で、狼少女を演った事があると言ったら、褒めてくれたよ。」
「良かった! もし、変人扱いされて、はや、じゃない、真澄さんのメンツを潰したらどうしようって思ってた。」
「これぐらいで潰れないさ。さ、行こう。」
速水は笑いながらマヤの手を取った。
二人は、手をつないで部屋に戻り、速水はマヤが疲れているのがわかったので、その日はそのまま休んだ。
二人は幸せだった。
マヤが、真澄が、隣にいる。いつでも一緒にいる。
手をつないで眠れる。
二人の安らかな眠りを星々が見下ろしていた。