爪切り 



「真澄様、菊です。失礼します」

「ああ、もうそんな時間か、ちょっと待ってくれ」

真澄は書斎のパソコンのデータをセーブすると電源を落とした。

「こんなお時間までお仕事ですか?」

菊はいつものように、爪切りの道具を入れた箱を持って書斎に入ってきた。

「ああ……」

真澄もまたいつものように、生返事をしながら雑誌を持つとリクライニングチェアに横になった。
真澄は黙ってサイドテーブルに右手をのせる。真澄は菊に右手を預けた後は、左手で雑誌を支え字面に視線をはわす。
菊は黙々と仕事をする。
まず、右手。
菊は真澄の美しい指をもみほぐすと爪を切り始める。親指から始め、小指まで。長年の習慣である。日曜日のこの時間、菊は真澄の書斎を訪れる。
真澄の美しい指は、水仕事や労働に荒れる事のない指である。
菊は真澄の指が少年の頃から知っている。
青年になっても、真澄の指の美しさは変わらない。
ごくまれに、真澄は手を痛めている時がある。
誰かを殴ったのか手刀を加えたのか痣が出来ていた時があった。誰かに噛まれたような跡があった時もあった。
だが、菊は何も言わない。主人のプライバシーには口出しをしない。立場をわきまえていた。
右手が終わると左手である。
菊は椅子の反対側に移動する。爪を切り甘皮の手入れをする。終わると軽いマッサージ。
この頃になると真澄は、雑誌を顔の上にのせて寝息を立て始める。
手が終わるとつま先である。
菊はフットレストに乗せられた真澄の足の爪を慣れた手付きで切る。
右足、左足。
両足の爪を切り終わると、菊は簡単なマッサージを足指に施す。
足の指の一本一本に、足の裏に、かかとに、くるぶしに、……。



終わると、菊は真澄に声をかける。

「終わりましたよ」

「ああ……、ありがとう」

菊は、真澄の声を聞くと書斎を出て行く。
真澄は心地よさからしばらくぼーっとしているが、やがて現実に戻る。
就寝。


菊は真澄の母親、文が病気になった時、その世話をする為に雇われた。
文と菊は年が近く境遇が似ていた。共に寡婦である。
菊は文の死後、真澄の世話をまかされた。
思春期、真澄は菊の世話をうるさく思ったが、大学を卒業し、大都芸能に務めるようになると年老いた菊の世話をまた受けるようになった。

−−菊の手は優しい。

真澄は爪切りのさなか、しばし、母親の手を思い出した。









最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の大好きなガラパロ作家Mさんのブログで、Mさんのお友達が「こんな速水さんはイヤ!」という話の中に「足の指の爪を切る速水さん」というのがありました。そこで考え付いたのがこのお話です。
速水さんの優しさを書いて見ました。
楽しんでいただけると嬉しいです。!




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