百物語




マヤと真澄、聖は伊豆の別荘で嵐に遭遇、停電になった室内で電気が回復するのをまっていた。
室内は蝋燭のほの暗い明かりで、落ち着いた雰囲気がただよっていた。
聖の持ってきたケータリングで3人は楽しく夕食をとったが、夕食はいつのまにか飲み会になっていた。
赤と白のワインのボトルがそれぞれ1本づつ空く頃、かなり酔いのまわったマヤが突然、百物語をしようといいだしたのだ。
真澄が、では聖から始めろと俺様口調で命令すると、
「なに、言ってるんですか、もちろん、私がするんですよ」とマヤ。
聖が何かいい始めそうになるのを片手で制して、立ち上がり、つとリビングの中央、二人に背中を向けて座ったのだった。

くるりと振り向くと、老婆になっていた。背中をまるめて床にすわるマヤ。
老婆の声が聞こえる。
「むかし、むか〜し、まだ、わしが子供じゃった頃、わしのおばばからきいた話はじゃ。」
真澄は、聖にそっと、
「聖、ビデオだ、ビデオでとってくれ」
「はっ」
聖は、リビングのサイドテーブルに置いてあったビデオを三脚にセットすると、すぐに撮影を始めた。
マヤの演技が続いている。
「それは秋も終わりまもなく冬が始まろうとする頃じゃった。2人の漁師が、雪の振る前にもう一稼ぎしようと山に狩り行ったんじゃ。一人は茂作といい、そろそろ引退を考える年寄り。もう一人はまだ若い見習いで巳之吉といったんじゃ。まだまだ、雪はふらないと思っていた二人じゃったが、突然、天気がくずれ大雪になってしもうた。二人は番小屋で一晩泊まる事にしたのじゃ。」
おばばの表情から一転、マヤの表情が青年の表情になって右をむく。
「茂吉どん、雪になってしもうたが、明日は止むじゃろうか?」
さっと左を向くと老人の顔になっていた。
「そうさな、下手したら2〜3日ふりつづかしれんのお、難儀な事になってしもうた、さ、早う寝よう。囲炉裏の火を絶やさなければ大丈夫じゃ」
正面を向き語りの老婆の顔に戻ると
「その夜、巳之吉は、ぞくりと寒気がして目をさました。
ふとみると囲炉裏の火がきえている。不信に思って茂作の方をみると、髪の長い全身まっしろな女が茂作に向かって白い息をふきかけているではないか、『ひいっ』巳之吉は悲鳴をあげた。」
マヤがゆらりと立ち上がる。手にもっていた白い打ち掛けをはおると、美しい雪女になっていた。
マヤが一歩、真澄の方に踏み出す。
真澄は一気に気温を下がるのを感じた。全身が粟立った。
若い女の声が
「今年一番の狩りじゃ、我が雪と氷の国に迷いこんだそなたたちを氷の柱にかえてやろう」
思わず聖が真澄の前に腕を広げた。
「聖、これは芝居だ」真澄はいいながら、さらに付け加えた。「芝居の筈だ」とそっと耳打ちする。
「はっ」聖は我に返って席にもどった。
さらにマヤは真澄に近づき、じっとみつめる。
「そなた、若いな、しかもきれいな顔をしておる。そなたも氷の柱にしてやろうとおもうたが、今宵はやめておこう。
 だが、今夜、ここで見た事は決して誰にも言ってはいけないよ。
 一言でもいったらその時は、今度こそ、お前はその場で氷の柱になるんだからね」
再び、元の位置に戻りマヤは老婆に戻った。
「雪女が消えた後には、ただ、風の音ばかりがヒューヒューとなっておったのじゃ。
 翌朝、目が冷めると茂吉は凍えて死んでいた。
 巳之吉は、雪がやんでいる隙にと思い必死の思いで里までもどったのじゃった。」


しかし、そこで、マヤは立ち上がり、くるりと回転すると老婆からマヤに戻っていた。
そして、つかつかとテーブルの自分のワイングラスを真澄につきつけ、
「ワイン、ちょうだい。のどが乾いたの。さっきと同じ甘口のワイン、ちょうだい!」
思わず、のけぞった速水は、
「聖、そのワインを早くあけろ、酔っぱらいの雪女に逆らうな、後がこわいぞ」といった。
聖が急いでワインをマヤのグラスにそそぐ。
マヤは、一気に飲み干すと、に〜と笑い、
「ふふふ、聖さん、ちがった、松本ジャーナルの松本さん、じゃなかった、やっぱり聖さん。紫のバラの人に伝えて!」
マヤは、速水真澄をしっかり指さし、
「あんたが、紫のバラの人だって事はお見通しなのよ!私は、雪女なんだからね。」
そういうと、リビングの真ん中にすわり、くるりと振り向いた。語りの老婆に戻っていた。
真澄は、くっくっくと笑いなら、聖にグラスをさしだした。おれにも一杯つげとその動作が語っていた。
聖は、ワインをグラスに注ぎながら、
「真澄様、よければ、ブランデーにしましょうか」とこちらも開き直って真澄にきいた。
「いや、今夜は、ワインにしておこう。続きがみたいからな」と笑いの発作をおさえながら真澄はいった。


老婆は語る。
「里に戻った巳之吉は、茂吉が朝起きたら死んでいた事を里の者ににつげ、葬式を済ませたのじゃった。
 やがて、その冬もおわりに近づいたある夜更け、巳之吉の家の扉をほとほととたたく音がした。
 巳之吉がだれじゃと尋ねると、雪で道に迷い難儀をしております、一夜、雪をさけたいのですと若い女の声がする。
 巳之吉が扉をあけると、蓑かさをかぶった女が一人たっていた。
 巳之吉が家に泊めてやると女は喜び、そなたのような心優しい若者を探していたといって、そのまま、巳之吉の家に嫁として居着いてしまった。
 女の名は、お雪という名じゃった。」
マヤが立ち上がると、お雪になっていた。
「おまえさま、また、猟に行くのかえ!猟に行くのはいいが、いらぬ殺生はやめておくれ、山の神に取り殺されるぞ!」
マヤが左を向くと、巳之吉になった。
「お雪、そなたの為じゃ、愛しいお雪!そなたにいい着物を買うてやりたい。」
正面を向くとお雪になった。
「私は今のままでいいのじゃ、巳之吉、あんたがいれば、何もいらぬ。山から無事に帰ってたもれ、おまえさま」
マヤは左をむいて、巳之吉となりいった。
「ああ、きっと。たくさん、獲物をとって無事、帰ってくるから心配するな。」
再び語りの老婆に戻ると
「こうして、巳之吉とお雪の幸せな日々は続いたのじゃ。
3年程たったある大雪がふった夜、ひゅーっと雪まじりの風の音が一晩中聞こえるそんな夜、
お雪と一つ布団にまるまりながら、巳之吉はお雪の美しい横顔を眺めていた。
ふと、巳之吉は、あの雪の日の事を思い出した。」
左をむいて巳之吉になると
「お雪、お前は美しいのう。
 お前を見ていると昔の事を思い出す。
 俺は山の中の番小屋で不思議な体験をした。
 夜中に目が冷めると茂吉どんの上に、白い女が、おおいかぶさっておっての。
 それは美しい女でのう、こう、ふ〜っと息を吹きかけて茂吉どんを凍らせてしもうた。
 お雪、そなたはあの時の雪女にどことのう、似ておる。」
正面を向き立ち上がったマヤは、雪女になっていた。また、気温が一気に下がる。
「あの時、決して話すなといわなんだか、巳之吉。決して誰にも話すなと。よくも約束を破ったね。あんたは、ここで、氷の柱になるんだよ。」
真澄を巳之吉に見立てたマヤは、さらに、続けた。
「巳之吉さん、あの時、念を押していっただろう、誰にもいってはいけないよって。
 愛しい巳之吉さん。あんたと暮らして、どんなに幸せだったか。さあ、一緒に行こう、私の国へ。」
マヤは一歩踏み出し、
「愛しい人」といって手を差し出した。
思わず手をとる真澄。
「ああ、だけど、やっぱり出来ない。愛しい人、そなたの命を奪うなんて。雪をみたら、どうか私の事を思い出しておくれ。」
さっと、身を翻してマヤは巳之吉になった。若い男の風情が声に表情にかもしだされる。
「お雪、いかないでくれ。俺を一人にしないでくれ。一人で生きるくらいなら、おまえと一緒にいきたい。連れて行ってくれ。おまえの国に」
再び、語りの老婆に戻るマヤ。
「次の朝、はっと気がついた巳之吉は、お雪の名前を呼びながら探しまわったがお雪の姿はどこにもなかった。
 ひとり残された巳之吉は、お雪のいない生活に耐えられなかったんじゃ。
 巳之吉はだんだんやつれていき、次の大雪のふった夜、雪の中で死んでおったのじゃ。
 おそらく、お雪が迎えにきたのじゃろう、幸せそうな笑顔をうかべておったということじゃ。」
マヤは、静かに老婆の姿のまま座っていた。
やがて、立ち上がり、一礼した。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
真澄と聖は拍手をおくった。
「ふふふ、どう、ひっく、ゆきおんな、こわかった?」マヤは、酔っぱらいにもどっていた。さらにグラスにワインをつぐマヤ。
「怖かった、すごく、迫真の演技だった、それに、最後、巳之吉が死ぬ所もよかったな。」
そういいながら、そっと、グラスを取り上げる真澄。
聖も同意の意味でうなずきながら
「ところで、マヤ様、一体いつから紫のバラの人が真澄様だとわかっていたのですか?」
「さいゆうしゅう、ひっく、えんぎしょうの授賞式の時、か、ら。」マヤが眠そうに答えると速水が
「俺が不覚にも、『忘れられた荒野』で使われたスカーフの色を青と書いたメッセージを送ったのさ。青は初日しか使ってなかったんだ。あの台風の日しか。」
「ああ、それで。でも、それなら、そうと、私に言って下されば真澄様にお伝えしましたのに」
「わたし、はやみさんからちょくせつ、なのってほしかったの。わたし、ず〜っとまってたんだから〜〜」
マヤは寝ながら、目に涙をうかべていた。
「さ、マヤ、もう、寝ろ。この酔っぱらい」
「では真澄様、私はビデオの編集をしますので、書斎を使わせてもらいます。どうか私にはお気遣いなく。」
この言葉を訳すと(真澄様、寝室でマヤ様と何をしようと私は見ざる言わざる聞かざるでございます。)
という意味だったが真澄に伝わったかどうかは、はなはだ疑問だった。
「聖、君も早く休めよ」
真澄はそういうと、マヤを抱き上げて2階の寝室に運びマヤの額にキスをするとさっさと自分の寝室に引き上げたのだった。

次の日、聖の編集した雪女のDVDを見た後、マヤはいった。
「実はね、速水さんが紫織さんを亡くされたってきいた時から、私、速水さんを慰めたくて、短いお芝居を一杯練習してたの。
 紅天女の本公演が決まっているから他のお芝居に出る訳にいかなかったでしょ。
 だから、機会があれば、短いお芝居で紫のバラの人を慰めてあげられたらって、思ってたの。
 それで、今回、打ち掛けとかいろいろ準備してきてたの。」
「マヤ、ありがとう、楽しかったよ。百物語といっていたが、あと、99もあるのか?」
「うん」と、マヤはこくりとうなづいた。
速水は有頂天になった。(後、99のマヤコレクションが作れる、違う、マヤの芝居が見られる。)
そう思うと、速水はとても幸せだった。
マヤは速水が雪女を楽しんでくれてとても幸せだった。
聖だけが、後、99個の編集作業を思って、ちょっぴりブルーだった。





あとがき

マヤの雪女、楽しんでいただけましたでしょうか?マヤの演技はず〜っと昔にテレビで見た岸田今日子さんの演技を参考にさせて貰いました。酔っ払ったマヤに手こずる速水さんが、書けて楽しかったです。



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