ヴァリエーション    連載第10回 




 速水真澄は「紅天女」が元雨月会館で上演されると英介に報告した。
それを聞いた速水英介は激怒した。

「真澄! どういう事だ!」

「月影先生の意向です。尾崎一連から総てを奪い死に追いやったあなたを許せないそうです。
 しかし、大都を離れた僕となら契約をしても良いという事でした。
 あなたが後継者として育てた僕が上演するなら、文句はないでしょう。
 他社に持って行かれるより」

「何を言う! おまえにまかせたのは、大都で『紅天女』を上演する為ではないか!」

「それなら、最初から尾崎一連先生を手ひどく扱わなければ良かったのですよ。上演の妨害や、嫌がらせ。身から出た錆でしょう。その上、月光座を潰して……。何も、そこまでやらなくても良かったのではないですか? しかも、月光座の跡地に大都劇場を立てて……。それでは、月影先生があなたを許すわけないじゃありませんか?」

「月光座の土地は一等地だったんだ。それを……、あの男は、一連はまるでわかってなかった。儂は……、儂は……」

英介はしばらく考えていた。怒りは納まっていた。

「……それで、千草は納得したのか」

「はい……。雨月会館の名前を『シアター月光座』に変えました。先生は大変、喜んで下さいました」

「そうか……」

真澄の目には英介の姿が一周り小さくなったように見えた。



その一週間後、月影千草は静かに息を引き取った。
月影千草葬儀の日。
その日は朝から雨が降り続いていた。葬儀は、千草縁の山寺で行われた。
葬儀はしめやかに行われた。速水英介も葬儀に参列。月影千草の冥福を祈った。
その帰り、杖をつきながら、なんとか歩く速水英介。
いつものボディガードが傘をさしかけて、英介を支える。
駐車場に歩いて行く英介に、つつつとすり寄る初老の男がいた。
男は無言のまま英介にぶつかった。

「あ!」

「こら、何をする!」

ボディガードが叫ぶ。
男の手には刃物が握られており、英介はそのまま、倒れた。

「ははは、速水英介を刺したぞ! ざまあみろ、俺の人生を台無しにしやがって……」

男は、昔、英介に潰された会社の経営者だった。
以前から英介を付け狙っていた。
月影千草の葬儀には必ず来るだろうと思った男は、駐車場で待ち伏せをした。
そして、果物ナイフで刺したのだ。男はその場で取り押さえられ、警察に引き渡された。
英介は、頸動脈を切られており、出血多量で死に至った。
一代で富を築いた男の最後だった。





速水真澄は、藤村プロの運営を人にまかせても良かったのだが、マヤと同じ職場で働けるのが嬉しくて、ついつい銀狼座に出勤する速水だった。
大都芸能は水城や副社長にまかせ、社長の速水が出て行かなければ解決しない問題が起きた場合だけ大都芸能に戻った。
その日のミーティングで最も話題になったのは、次期公演の話ではなく、姫川亜弓の目が回復した知らせだった。
マヤは速水に詰め寄った。

「速水さん、亜弓さんの目の事、知ってたんですか?」

「ああ、知っていた。しかし、君に言う必要はあるまい」

「う……、でも、言ってくれればいいのに……、お祝いとか……」

マヤは口の中でぶつぶつ言ったが、速水はマヤのそんな反応を受け流すと、全員に向ってある事を発表した。

「亜弓君の目が回復したので、劇団『オンディーヌ』の小野寺さんから、打診があった。
 試演の時の演出で、大都劇場で上演したいと言ってきた。北島君、どう思う?」

「あたしは、亜弓さんの舞台、見たいです」

「そう言うだろうと思っていた。上演権を持つ君がいいと言わないと上演出来ないからな。
 彼らの公演は9月から1ヶ月間だ」

「それって、あたし達の『紅天女』秋期公演の1ヶ月前じゃあ?」

マヤが口を挟んだ。速水が答える。

「ああ、そうだ」

「ってことは……」

「つまりこうだ。二つの『紅天女』が秋の芸術祭参加作品になるんだ。そこで、もう一度、二組の演技が評価される。
 昨年の試演は、1度限りだったし、姫川君の目が不調だった。
 今回は一ヶ月ずらした本公演同士。秋の演劇界最大の話題になるだろう。
 君たちの演技はすでに、新春公演で一般に広く知られている。
 それでも、観客を惹き付けられるか、そこが勝負になる」

演出家の黒沼が拍手をした。

「さすが、速水の旦那だ。相変わらず、商売がうまいな。評判になれば、それだけ、観客動員数が上がる。儲かるって事だな」

「黒沼さん、それは褒め言葉ととって置きましょう。
 それともう一つ。
 もし、小野寺組が勝ったら、上演権を姫川亜弓に渡すべきだと小野寺君が言っている。
 どうする、北島君?」

「速水社長、感謝します。亜弓さんと競える場をを作って下さって……。あたし、負けません」

「そう言うだろうと思った。君に喜んで貰えて嬉しいよ。それでは、以上だ。解散」


こうして、更に半年が過ぎた。その年の秋、二つの「紅天女」は、大評判になった。

速水真澄は「シアター月光座」の楽屋に北島マヤを訊ねていた。
今日は、黒沼組「紅天女」の初日、そして、鷹宮紫織の喪が明けた日だった。
手には、紫のバラの花束を抱えている。
速水はマヤに交際を申込もうと思っていた。

一真役の桜小路は速水が紫のバラを抱えているのを見て、不思議そうな顔をした。

「速水さん、それ、マヤちゃんにですか?
 マヤちゃん、紫のバラは受け取りませんよ。
『紫のバラの人』以外からは嫌だって……」

「桜小路君、忠告ありがとう!
 俺が、その『紫のバラの人』なんだ!」

桜小路優の顔が、真っ青になって固まった。
速水は、桜小路の強張った顔を見て、長年の溜飲を下げた。


マヤの楽屋に向って長い廊下を歩いていると、マヤがちょうど楽屋から出て来た。
速水が、紫のバラを持っているのをみたマヤは駆け出した。

「チビちゃん、走ると転ぶぞ」

速水の言葉は遅かった。マヤは転んだ。盛大に。またしても、速水の腕の中に。
マヤを抱きとめた速水は、そのまま、マヤを抱きしめた。
マヤは速水を見上げて言った。

「速水さん、その紫のバラ、あたしに?」

「ああ、そうだ……」

速水はマヤを離すと花束を差し出した。
速水はマヤに交際を申込むつもりだった。が、気が変わった。

「北島マヤさん、僕と結婚して貰えますか?」

マヤは目を見張った。
驚きのあまり、口が聞けない。まじまじと速水を見上げる。
見上げた先に速水真澄の真剣な瞳がある。
マヤは頬を赤く染め、そっと、うなずいた。






あとがき


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
紫織さんが狂言自殺をした場合どうなるかを考えて、未刊行部分を交えてお話を展開してみました。
紫織さんと速水さんのやりとりばかり書いていたら、マヤと速水さんの絡みが書きたくなって、土手で転ぶ話を入れました。
試演後の話をきちんと書かないと終わらなくなってしまい、最終回がとても長くなってしまいました。^^
速水英介が納得するとは思えませんが、彼もまた老いたという事でまとめました。
登場人物をこんなに死なせた話を書いたのも初めてでした。
楽しんでいただけたら、嬉しいです。^^

感謝をこめて!



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