明日へ!    連載第4回 




 北島マヤはアパートへの帰り道をとぼとぼと歩いていた。既にあたりは暗い。遠くに街灯の灯りが見える。

――速水さん、紫のバラの人! あたしの魂の片割れ。
  あたしが苦しいのと同じように速水さんも苦しんでる?
  紫織さんと婚約解消出来ないのは、何か理由があるんだ。
  きっと、何か……。

マヤの心は、現実と芝居の世界を行きつ戻りつしていた。が、現実の苦しさがマヤを芝居の世界に追いやった。

――一真は、怒り狂った姫神を、人の世を滅ぼそうとする姫神を伐るんだ。
  伐って、まず、世界を救う。
  それから、切り倒した梅の樹で、天女像を彫る。
  戦をやめさせる為に……。
  あたしは、阿古夜であり、紅姫でもある。
  一真があたしを伐ろうとやって来た時、あたしはどう思うのかしら。
  魂の片割れはいつも同じ事を思っている。
  一真が戦をやめさせたいと思うようにあたしも戦をやめさせたいって思うんだ。
  二つに別れた一つの魂……。
  きっと同じ事を考えている筈……。
  速水さん……、あなたも今、苦しんでるんですね……。あたしと同じように……。
  戦が無ければ、一真と離ればなれになる事もなかった。二人で静かに暮らせた。
  人の欲が戦を起す。
  速水さん、人の欲があなたと紫織さんを結婚させようとしているのですね。
  大都グループや鷹通をもっと発展させる為にあなたと紫織さんは結婚しなければならないのでしょう。
  以前は、あたしと出会う前は、あなたはそれでいいと思っていた……。
  でも、気が付いてしまった。あなたは……。
  速水さん、速水さんをこの苦しさから解放して上げたい。

マヤは土手から川を見下ろした。暗い川に水がとうとうと流れている。マヤの意識は再び芝居の世界へと戻っていった。

――一真が千年の梅の樹の前に現れた時、阿古夜は……。阿古夜はどんな気持ちだったのだろう。
  一真に会えた喜び、そして、死への予感。
  一真は、あたしを殺そうとする。だって、あたしは紅姫だから……。
  紅姫は人々を滅ぼそうとしている。禁足地を血で汚したからよけい、怒っている。
  紅姫の怒りを鎮めなければならない。
  でも、一真は姫神の怒りを鎮めるのは無理だと知っている。人々を滅ぼそうとする紅姫。人々を救う為、樹を切り倒す一真。
  阿古夜は一真の心を信じたのだろうか?
  一真の愛を本物と信じただろうか? 自分の出世の為に樹を伐ろうとしているとは思わなかったんだろうか?
  記憶が戻って、阿古夜が愛した一真は消えたんじゃないかって思わなかったんだろうか?
  例え、一真に殺されても男の愛を信じ抜けただろうか?

マヤは土手を歩きながら、石をぽんとけった。

――……あの時、阿古夜はすでに神の力を失っていた。一真の魂も見えなかった筈。
  だけど、阿古夜は信じたんだ。阿古夜は信じて、一真と共に戦を終わらせる道を選んだんだ。
  一真も帝から言いつけられたから、天女像を彫ろうとするんじゃない。
  一真が戦を終わらせたいって思ったんだ。村人が無惨に伐り殺される世の中ではなく、人々が幸せに暮せる世の中。
  そんな世の中だったら、阿古夜と引き離されずにすんだ。
  やっと巡り会った魂だったのに……。やっと……。それなのに引き離されて……。
  阿古夜もまた、戦を終わらせたいと思ったんだ。一真と同じように。
  紅姫のように人を滅ぼして、戦を終わらせるのではなく、人を生かして尚、戦を終わらせる。
  その為に自分自身を伐らせた。
  戦の無い平和な世界の為に二人は犠牲になったんだ。
  ううん、二人は知ってた。例え肉の身が滅んでも魂は不滅だと……。
  二つに別れた一つの魂!

  もし、あたしが試演でいい演技をしたら、紫織さんはわかってくれるかしら。
  もし、二つに別れた一つの魂が本当にこの世に存在するって、紫織さんに信じさせられたら……。
  一つの魂が、別れ別れになっているのがどんなに苦しいかわかってくれたら……。
  もし、紫織さんが速水さんを苦しみから解放して上げたいって思ってくれたら……。
  もしかしたら……、もしかしたら、紫織さんは速水さんとの婚約を解消してくれるかもしれない……。
  速水さん、あたし、試演頑張る!
  きっといい演技をする!
  そして、そして、紫織さんだけじゃなく、多くの人に知って貰おう、二つに別れた一つの魂がこの世に存在するって……。

マヤは立ち直っていた。

紅天女の主演女優になるのではなく、別の目標が出来ていた。ただ一度の演技でもいい。二つに別れた一つの魂がこの世に存在する事を多くの人に信じさせる。それは、紫織の心を揺さぶり、速水との婚約解消を承知させるきっかけになるかもしれない。

紫織に別れ別れになった苦しみを理解させる事が出来たら……。
紫織に真実の愛の素晴らしさを感じさせる事が出来たら……。
紫織に愛の無い結婚が虚しい物だとわかって貰えたら……。

1%の可能性。

マヤは歩き出していた。力強く! 明日を信じて!





あとがき


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今回のパロは予想パロでした。7月26日発売の「別冊 花とゆめ」9月号を前に多少でも似たようなお話をかければいいなと思って書きました。思いっきりはずしている可能性は凄く高いですが。(^^) 「ガラスの仮面」本編では、鷹宮紫織は試演でのマヤの演技に心を打たれ、速水との婚約を解消するのではと思います。そして、鷹宮紫織が試演でのマヤの演技に心を打たれるパロはたくさんのガラパロ書きの皆様が書いていらっしゃいます。また、この後の速水さんと紫織さんのエピは未刊行部分が使われる可能性が高いのではと思います。こういった諸事情を考え、今回のお話はここまでにしたいと思います。



読者の皆様へ


感謝をこめて



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