星空に抱く    連載第12回 最終回




 結婚式の朝。
朝食の後、朝倉が着替えを持ってやって来た。俺は新婚旅行に行くのだから楽な服装でいいだろうと思っていたのだが……。

「旦那様からこちらをお召しになるようにとのご伝言でございます」

夏用のスーツ。生成りの麻で出来たカジュアルなスーツは新婚旅行に相応しい。シャツはコットンの開襟シャツだが、こちらはいただけない。

「朝倉、このスーツ……、選んだのはおまえか?」

「いえ、旦那様が……」

「そうか……」

俺は、開襟シャツをやめてコットンのタンクトップの上からジャケットを羽織った。袖をまくる。着替えて玄関に行くと、朝倉を始め使用人達が全員整列していた。朝倉は俺の格好を見ると渋面を作ったが、知った事か。

「ご結婚おめでとうございます」

使用人達が唱和する。俺は軽く会釈をして彼らの祝福に応えた。義父が先に車に乗って待っている。俺はスーツの礼を言った。

「ふん、朝倉がぜひにと言うのでな……」

車の中で義父と二人。正直、鬱陶しい。義父がぽつりと言った。

「これでやっと安心出来るわい」

俺は義父の言葉を聞かなかったふりをした。

結婚式場に着くと、ウェディング・プランナーが迎えてくれた。控え室に案内され、俺は花婿衣装に着替えた。白のタキシード。花嫁に会いたいと言うと式まではだめですよと嗜められた。マヤの花嫁姿はまだまだ、お預けらしい。やがて、時間になった。係の者が案内してくれる。照れくさいような、嬉しいような……。とにかく、やっとマヤと結婚出来る。俺は控え室から神父の前へと歩いて行った。初めてマヤと会ったのは、俺が24歳の時だったな。いろいろな事があった。俺は一つ一つ思い出しながら歩いた。一歩一歩に思い出がよみがえる。マヤとの思い出。長い道筋が今一つになる。いや、元々一つだったのかもしれない。二つに別れた一つの魂。「紅天女」の台詞が浮かぶ。


 俺は神父の前で、マヤが来るのを待っていた。ウェディングプランナーが花嫁の到着を告げる。パイプオルガンが鳴り響いた。バージンロードをゆっくりと進んでくるマヤ。白いドレスに身を包み白い花冠を戴いたマヤは、この世の物とは思えない程美しい。俺は喜びで胸が一杯になった。マヤ、俺の花嫁。マヤはしずしずと神父の前に立った。

その時だった。教会の2階からマヤを呼ぶ声がする。3人の男達が何かわめいている。

「あきちゃん、結婚したらだめだー!」

「陽子、早くこっちにこい」

「桃子ー。捨てないでくれ!」

 一体、なんだこれは! あれは、キッズスタジオでマヤの出待ちをしていた男達。招待客も全員後ろを振り返った。男達はマヤの名前、それぞれの役の名前を叫んでいる。俺はマヤを後ろにかばった。言い返そうとしたが、神父の方が先だった。

「あなた達は二人の結婚に不満があるのか? だったら、こちらに来なさい。今、聞きましょう」

3人が俺達の前まで来た。

「さあ、言いなさい。どんな不満があるのです?」

3人が一斉にしゃべり始めた。皆、役の名前でマヤを呼んでいる。神父は困惑した顔になった。

「神父様、あたしに任せて下さい」

「マヤ、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫」

落ち着いた表情を浮かべるマヤ。マヤはドレスの裾を翻して3人の前に立った。その内の一人が一歩前に出る。マヤは男に向き直った。その瞬間、別人になっていた。ドラマ「あきちゃん」の主人公、食堂の看板娘へ。

「あきちゃん、お願いだ、結婚なんて、やめてくれ、頼む。君が好きなんだ」

「一郎、ごめんね……、私、幸せになるから! きっと幸せになる。一郎も私の事は忘れて、祐子ちゃんと幸せになって!」

「あきちゃん、俺、俺……、う、う、うううう、お、おめでとう!!!」

一郎と呼ばれた男は泣き出した。

「一郎、ありがとう!」

2番目の男がマヤの前に立つ。マヤはドラマ「沸点」の陽子、憂いを秘めた美少女へ変身した。

「陽子、本当にこの男と結婚していいのか? 後悔しないか?」

「ええ、後悔しない。徹さん、陽子は義兄さんの元からお嫁に行くの。長い間ありがとうございました」

陽子になったマヤが深々とお辞儀をする。

「陽子……、義兄さんは、本当は……」

「義兄さん! 言わないで、わかってるから……」

「陽子……、幸福に……、なるんだよ……」

徹義兄さんもまた、涙を流した。

そして3人目の男がマヤの前に立つ。マヤは「恋の夏物語」の桃子へ、がらりと雰囲気を変えた。儚げな少女から、気風のいい姉御肌の女へ。

「良介! 女々しい事いつまでも言ってるんじゃないわよ、しっかりなさい。あたしはね、幸せになるの! あたしの事はあきらめて!」

「何いうてんや、桃子、なんで俺と結婚してくれへんのや」

「愛しているのはあんたじゃないから……、ごめんね、良介……」

良介もまた、泣いている。

こいつら、本気なのか? 本気でずっとマヤとの芝居の世界を彷徨っているのか? マヤは彼らの相手をこれからもするのだろうか? 彼らの望む仮面をつけて相手をしてやるのだろうか?  マヤは俺に対しても仮面をつけているのだろうか? 俺の花嫁という仮面を? 彼らの相手役をするのと同じように俺の相手役をやっているだけなのだろうか? 一体、素のマヤはどこにいるのだろう。それとも、俺もまた、俺自身の夢を見ているのだろうか? マヤと結婚する夢。まさかな、これは現実だ。それとも、今朝見た悪夢のように鷹宮紫織と結婚した人生がこの世のどこかにあるのだろうか? 俺は無意識にマヤの手を取っていた。

3人の男達は口々に幸せにと叫ぶと、気が済んだのか、泣きながら教会から出て行った。教会の扉がパタンと閉まる。一瞬の静寂。気まずい雰囲気。招待客には、演劇関係、大都の取引先、銀行の頭取クラスの人間がずらりと並んでいる。と、その時だった。神谷が、招待客に向って声を上げていた。

「ご来賓の皆様、ただいま、女優北島マヤの演技を披露させていただきました。式の最中にと思いましたが、皆様に見て頂くいい機会かと思いました。言うなれば、映画『卒業』の逆バージョンです。皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?」

そこに杉浦課長が立ち上がった。

「えー、補足致しますと、一人目がドラマ『あきちゃん』の一郎役、お二人目が『沸点』の徹役、お三方目が『恋の夏物語』の良介役の方々でございました。今、ご覧頂きましたように、一瞬にして3人の女性を演じ分けますのは大変難しい演技でございまして、えー、天才女優北島マヤならではの演技でございました。皆様、暖かい拍手を!」

盛大な拍手が沸き起こる。「マヤちゃん、素敵!」「いいぞ、北島」と声が飛ぶ。拍手が収まると、神父が厳かに告げた。

「それでは、式を続けます」

俺はほっとした。一瞬、結婚式が無茶苦茶になるかと思った。俺は神谷と杉浦課長を振り返り感謝の眼差しを送った。


すったもんだの挙げ句、俺達は結婚した。


式の後の披露宴はハプニングに見舞われる事なく、無事終了した。俺は正直、ほっとしていた。あんな出来事が2度3度有ったら幾ら心臓の強い俺でも、卒倒するだろう。

披露宴が終わり俺達は新婚旅行へと旅立った。
飛行機のファーストクラス。疲れたのだろう、マヤがすやすやと眠っている。羽田を発って2時間半。そろそろ、沖縄が見えて来る頃だ。あたりは夕暮れ時。飛行機から雲の中へ姿を消す夕日が見えた。沖縄で乗り換えて離島へ。さらに船でホテルのある島へ。小さな島全体が一つのホテルになっている。一日5組だけという島を俺は借り切らせた。ホテルスタッフも最小限にさせる。これで2週間、マヤと二人だけだ。


その夜、夜の海を見下ろすバルコニー、満天の星の元、俺達は互いの体に腕を回して海を見ていた。潮騒の音が聞こえる。亜熱帯の夜だ。

マヤを見下ろすと、俺を見上げるマヤの瞳とぶつかった。瞳に星空が映っている。

「マヤ、今日は疲れただろう、朝から忙しかったからな」

「ううん、大丈夫。速水さんこそ、びっくりしたでしょう。結婚式……」

「ああ、彼らか……。彼らは一体いつまで夢の中を彷徨うんだろうな?」

「さあ、それはわからないけど……、みんな悪い人達じゃないの。ただ、恋に恋をしているだけ。その内、現実にもどるわ」

「俺も夢をみているんだろうか? 君と結婚した夢……」

マヤが驚いて俺を見上げた。

「……いいえ、真澄さん、これは現実よ。大丈夫、あたしはここにいる」

マヤが口付けしてくれた。暖かい唇。確かに現実だ。

「……マヤ、今日は気を使わせたな」

「え? ……何が?」

「俺にわからなかったと思うか? 披露宴の間、アルディスに変身していたな、あの笑顔、あの物言い、客のあしらい方、大都の社長夫人としてアルディスに変身していただろう? 俺に恥をかかさない為に。気を使わせたな……」

マヤが俺の胸に顔をすり寄せ、背中に腕をまわした。

「真澄さん、わかっていたのね……、あの、どうだった? 披露宴のあたし?」

「ああ、最高の花嫁だった」

「本当? 嬉しい!」

極上の笑顔を浮かべる君。俺はマヤの瞳を見つめた。星空を映す君の瞳。瞳の奥に君がいる。

「マヤ、ここでは二人だけだ。誰もいない。演技しなくていいんだ。俺が愛した素の君をさらけ出してくれ。何もかも捨ててマヤに戻ってくれ! アルディスも阿古夜もいらない。素のマヤがほしい……」

俺はマヤをぎゅうっと抱きしめると囁いた。

「ガラスの仮面はいらない……」









謝辞


最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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