星空に抱く    連載第11回 




 俺は神父の前で花嫁を待っていた。
やがて、花嫁が俺の傍らに立つ。神父が「誓いのキスを」と言うので俺は花嫁を振り返った。ベールを上げたその顔は、「真澄様……」 鷹宮紫織! 左手から血を流している。うわー!

俺はびっくりして目が醒めた。夢だった。俺はほうっと息を吐き出した。嫌な夢だ。今日は結婚式なのに鷹宮紫織の夢を見るなんてどうかしている。
時計を見ると、朝の6時。夏の日射しがカーテンの隙間から差し込んでいる。

俺は、神谷の言葉を思い出していた。
どんな人生にも陰と陽がある。その通りだ。マヤが俺を好きだと気がついたアストリア号のデッキ。あれが俺に取っての陰の終わりだった。マヤという希望が俺の人生を陽に変えた。だが、トンネルを抜けるまでには更に時間がかかった。鷹宮紫織の自殺未遂。鷹宮翁の制裁。藤村真澄としての再出発。そして、許されて東京に戻った。

鷹宮紫織。
くくくく、彼女の伴侶。あの日本人医師。あの医師に働きかけて鷹宮紫織にプロポーズさせるようにしたのが俺だとわかったら、鷹宮翁はどんな顔をするだろうな。この俺が、速水真澄が、只、許されるのを黙って待つわけがない。彼女は、一種のヒステリーだった。俺は、紫織さんがマヤに泥棒の濡れ衣を着せた時、彼女の異常さに気がついたんだ。恋敵憎さに普通そこまでするだろうか? しかも、マヤは俺を憎んでいる事になっていた。どんなに俺が想ってもマヤとどうにかなる可能性は全くなかったんだ。それをあの女は、マヤを貶め、俺が愛するに値しない女にしようとした。そうすれば、自分が愛されると思ったのだろう。ところが、悪事がばれて俺が婚約解消を言ったら、自殺しようとした。異常だ。鷹宮翁は土下座して謝るみじめな俺を見限った。あれは俺の一世一代の演技だったな。くくくく、一歩誤れば、俺は紫織さんと無理矢理結婚させられていた。


鷹宮紫織は自殺を謀った後、病院に担ぎ込まれていた。なんとか一命を取りとめた物の、未だ生死の境を彷徨っていた。紫織が寝ているベッドの側で俺は鷹宮翁に事情を説明していた。

「君は紫織に婚約解消を言ったのか! なんて事を! うちの紫織になんの不服がある!」

「申し訳ありません、僕は……、撤回します。紫織さんがこんなに思い詰めるとは思っていませんでした。申し訳ありません」

俺は病院の床に手をつき、鷹宮翁に土下座して謝った。

「このお、小面憎いわ!」

土下座した俺を鷹宮翁は、持っていたステッキで殴り蹴った。気がすむまで俺を打擲した。俺の心に反発したい気持ちがむくむくと芽生えていた。ここからは演技だった。俺は泣き出した。この速水真澄が人前で泣いたのだ。鷹宮翁にすがり、泣いて謝り、許しをこうた。思いっきりみじめな男を演じた。

「はあ、はあ……、それで貴様は今度は紫織の立場を利用して鷹宮の経営陣に潜り込むつもりか、そうはさせるか!紫織との婚約はおまえの望み通り解消してやる。貴様は大都の代表取締役を辞任するんじゃ、大都グループは儂が潰してやる。ええい、出て行け、二度と顔を見せるな」

俺は大都グループには手を出さないでくれと泣いてすがった。これは半分本気だった。社員達の生活を考えると潰すわけにはいかない。俺は、俺の個人資産を差し出し、速水の家を出ると約束した。
鷹宮翁は俺につばを吐きかけると俺を病室から追い出した。
その後、しばらく経ってから速水の家に弁護士がやってきた。俺の個人資産を凍結する為だ。下手に鷹宮翁の名義にするとほとんど税金でもっていかれてしまう。俺への制裁なら、俺が使えないようにするだけでよかった。また、俺名義の大都の株式。これが鷹宮グループに渡ると何かとやっかいだ。義父はその辺りを考慮して弁護士と交渉した。そして、弁護士は最後に俺とマヤが船上で抱き合っていた新聞を取り出した。俺は本当の事を言った。「紅天女」の芝居の相手をしていたと。鷹宮翁は紫織から俺が北島マヤのファンだと聞いていた。さすがに女のプライドが、俺がマヤを愛している事実を口外させなかったようだ。弁護士は鷹宮翁の伝言を伝えた。北島マヤの女優生命を断ちたくなかったら、二度と関わるなと。

「わかりました。東京を離れましょう。それなら、北島と関わる事もないでしょう」

俺は速水の家をでて、関西に移った。そして、いくつかの手蔓を使って鷹宮紫織の身辺に侍女を潜り込ませた。鷹宮紫織が婚約を解消したのは、病気療養の為となっていた。俺は病弱な婚約者を捨てた冷血漢にされていたが、今更どうという事はなかった。世間の好奇な目を逃れる為、紫織はスイスのサナトリウムへ入院した。俺は、サナトリウムの医師達の身元を洗った。その中で野心家の独身男、西原義之を見つけた。精神科の医師と患者。俺は西原が利用しているインターネットのサイトから彼に近づき、唆した。慎重に。西原が紫織を抱く決心をした時、俺はパソコンの前で小躍りして喜んだっけ。鷹宮紫織は、あの年までバージンだった。それが、彼女をヒステリーにしていた。紫織は強引に西原に抱かれたが男に抱かれて、過去を忘れられた。俺への妄執も忘れた。紫織の結婚が決まった時、鷹宮翁は俺を許した。だが、その伝言が紫織から持たらされたので、俺は信用出来なかった。鷹宮翁に許されたというニセの情報を流し、俺をマヤに会わせ、そして、マヤを潰す。鷹宮紫織ならそれくらい考えつきそうだった。俺は慎重になった。鷹宮紫織が結婚して妊娠するまで俺は待った。そして、鷹宮翁本人の許しを引き出した。


長かった。だが、これからは陽の人生が待っている。マヤ、君と歩む人生。今日は結婚式だ。






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