星空に恋う    連載第4回 




 翌日、俺は早速マヤのボディガードを手配した。男女のペアを希望したら、一週間程でマヤの警護にあたれるという警備会社の返事だった。ボディガードが来るまでは俺が送り迎えをしよう。昨日の黒沼龍三の話から、俺がいない間は、聖がマヤを見守っていてくれた事がわかった。恐らく昨日もどこからか俺達を見ていた筈だ。俺は関西に帰って来てから聖と数回コンタクトを持ったが、マヤの共演者についての報告はなかった。一体何故報告しなかったのか? 理由が聞きたい。俺はいつもの地下駐車場で聖に会うと理由を問いつめた。優しげな顔を曇らせ聖が言いにくそうにしている。そんな顔をしたって追求するぞ、俺は。

「どうした聖、何故、答えない?」

「……実は、マヤ様から決して『紫のバラの人』には話すなと言われまして……」

「マヤが!」

「はい、心配させたくないと……。で、私の方から警護をしたいと申し上げまして、影ながら警護して参りました。私が出来ない時は、他の者をつけておきました」

「そうか……、長い間、よくやってくれた! 感謝する、聖」

聖は、はっと言って目を伏せた。俺は忠実な部下の労を労うと駐車場を後にした。


 その日の午後は義父と外で会う約束になっていた。
恐らく、「紅天女」の件だろう。それなら、会社に来るなり、家で話すなりすればいいものを、何故、こんな所に俺を呼び出すんだ?
俺は義父に指定された喫茶店に行った。大都芸能から歩いて10分程の所だ。喫茶「マリアンヌ」
なんだこの店は! 女の子が喜ぶとしか思えんぞ。
扉の影から義父の姿が見える。誰か向いに座っているようだ。植木の影になって見えない。席に近づくと義父の前に巨大パフェがあるのが見えて来た。アイスクリーム、ソフトクリーム、中央にプリン。苺やサクランボが飾られその上に生クリームとチョコレートがかかった巨大パフェ。小さな傘までついている。
俺が義父に声をかけようとした時、義父の前に座っていた人物が振り向いた。

「マヤ!」

「速水さん!」

「お義父さん、何故ここに? マヤ、何故、君が義父と一緒にいるんだ?」

「え! 速水さんのお義父さん?」

「真澄、立ってないで掛けなさい。話はそれからだ」

俺は忙しく頭を回転させた。そして、いつものポーカーフェイスに戻る。義父の前でむやみに感情を見せたら負けだ。椅子を引くと俺はゆっくりと義父とマヤの間に座った。

「真澄、おまえはこのお嬢さんと一緒に暮らしているんだろうが! 調べはついとるわ」

俺は冷静さを保った。煙草を出し、火をつける。

「……」

俺が黙っていると義父が続けた。

「お嬢さん、この男は儂の倅でしてな、一度、婚約を解消したというバツイチですじゃ。業界からは冷血漢と恐れられ、仕事だけは出来る男です。儂がそういう風に育てましたからね、で、お嬢さんはうちの倅をどうするおつもりですかな」

「どうって……?」

「お金が欲しいのですかな?」

「お義父さん!」

「あたし、あたし、そんな事思ってません!」

「では、何故、真澄と一緒に住んでおるんです?」

「それは、速水さんを……、好きだからです。それだけです。見返りなんて求めた事はありません。それに、それに、あなたが、速水英介会長だなんて、あんまりです。何故、あたしに本当の名前を言ってくれなかったんですか?」

「マヤ、君は義父をしらなかったのか?」

「ええ、一緒にパフェを食べるお芝居好きのおじいさんだと思ってました」

「パフェ!?」

義父が顔をしかめた。ぷいっと顔を横に向ける。

「真澄、いいから、おまえは黙っとれ!」

「いいえ、お義父さん、どういうつもりでマヤと!」

「このお嬢さんが言ったじゃろう、パフェを食べておしゃべりをしただけじゃ。ちなみにお前が姿を消していた1年半、マヤさんを励ましたのは儂じゃからな。感謝しろ! 何時帰ってこれるかわからんお前を想って待っとったんだ。同棲する前にする事があろう」

「どういう事です?」

「ええい、鈍いの。このお嬢さんはおまえが好きで一緒にいると言っとるんだぞ。冷血漢で、バツイチで、朴念仁のおまえをだ。何故、結婚せん」

俺は耳を疑った。義父がマヤとの結婚を許してくれるとは……。まさか、そんな、馬鹿な! うん? なんだ? 義父のこの表情。照れてるのか?

「真澄、そのお嬢さんと結婚しろ。男として責任を取りなさい」

「お義父さん、お叱りは後でゆっくり受けます。マヤと二人にして貰えませんか? ここは人目もあります」

「ふむ、いいだろう。必ず、後で報告するんだぞ。わかったな」

「はい、お義父さん、マヤ、行こう」

俺はマヤを喫茶店から連れ出した。腕を引っ張ってどんどん歩く。なんだか、いやだった。義父に先を越されたのが癪だった。俺だってマヤとの結婚を考えていなかったわけじゃない。一番に考えた。だが、あの義父だ。俺がマヤと結婚すると言ったら必ずマヤを潰しにかかるとそう思っていた。それに、マヤを大都芸能の社長夫人にしていいのかどうか、迷っていた。

「速水さん、痛い!」

俺は立ち止まって振り向いた。マヤが泣きそうな顔をして、俺を見ている。

「すまない……。マヤ、……うちに帰ろう」

俺達はマンションに戻った。

「マヤ、居間で待っててくれ」

俺は書斎に行った。机の引き出しを開ける。母の形見の指輪。それを取り出し、居間に戻った。だが、俺の顔を見るなりマヤが叫んでいた。

「いいの! 速水さん、あたしこのままで! 結婚なんて考えてないから……」

「何故?」

マヤが俯いた。俯いたまま、言葉を絞り出した。ゆっくりと俺を見上げる。

「めぐりあい生きてここにいる それだけで良いではありませぬか、おまえさま……」

阿古夜の台詞。切ない瞳。俺は……、言葉が出て来ない。呪縛にかかったようだ。一瞬、このままでいいような気がした。
いや、だめだ。ここでマヤを離したら、今度はマヤが遠くに行ってしまう。そんな予感がした。
俺はマヤの足下に跪いた。

「良くない! 義父の言う通りだ。まず、結婚を申込むべきだった。マヤ、結婚してくれ」

俺は指輪を取り出した。マヤが黙っている。

「頼む、マヤ」

「速水さん、あたし……、あたしなんかが速水さんの奥さんになっていいんですか? 大都芸能の社長夫人なんてあたし、とても務まらない。あたしだって、ずっと、速水さんと一緒にいたい。だけど、だけど……」

「マヤ、俺の伴侶は君しかいない。マヤ、社長夫人なんて何もしなくていいんだ。俺が、いや、大都芸能が全面的にバックアップする。君は何も心配しなくていいんだ。頼む、マヤ、イエスと言ってくれ。生涯、俺一人の者になってくれ。君を愛しているんだ」

マヤの目に涙が浮かんだ。必死で何か言いたそうにしている。

「……速水さん、速水さん、それだけ……?」

マヤが探るように俺の顔を見る。物問いたげな瞳。

「……なんのことだ?」

「……ごめんなさい、速水さん、あたし、あたし……」

マヤが走って部屋から出て行った。

「マヤ……!」

俺はどうしていいかわからなかった。マヤ、一体何故?

(『速水さん、それだけ……?』)

なんだ? マヤ、一体、何がいいたい?
俺は我にかえるとマヤを追いかけた。マヤの部屋に行ったがいなかった。そのまま、マンションの周りを探す。俺は取り敢えず、水城君に連絡してこの後の予定をキャンセルするように言った。

「会長とお出かけでしたので、或いはと思いまして、予定は一件のみです。こちらは簡単に変更できますのでご安心下さい」

と水城君が落ち着いて応えてくれた。一気に冷静になれた。

「ありがとう、水城君」

俺は素直に礼を言った。俺はマンションの周りを彷徨った。一体、マヤはどこに行ったんだろう。携帯に電話しても留守電になっている。いつのまにか、辺りは暗くなっていた。俺はため息をついて空を見上げた。都会の空。星がわずかに見える。
マヤ、君はどこにいる? 君が恋しい! 頼む! 星々よ、マヤがどこにいるか教えてくれ! 
俺はため息をついて、もう一度歩き出していた。その時、それが目に飛び込んで来た。

紫のバラ! 

俺は花屋の前に立ち、ショーウィンドウの中を見つめた。マヤの声がよみがえる。

(『速水さん、それだけ……?』)

ああ、そうだ。マヤは待っていたのだ。ずっと……。俺が紫のバラを持って現れるのを。
俺は紫のバラを買いしめた。大きな花束にして貰う。バラはマヤの居場所を教えてくれた。思い出の場所。初めてバラを贈ったアート劇場。
俺は花束を抱えてアート劇場へ向った。
俺はマヤを探した。居た! 劇場の前、柱に寄りかかって俯いている。俺はマヤの前に立った。マヤがびっくりして俺を見上げた。紫のバラを見てはっとする。マヤの目から涙が溢れる。

「マヤ、俺が君に紫のバラを贈っていた」

俺は紫のバラの花束を差し出した。

「速水さん!」

マヤが俺の胸に飛び込んで来た。ああ、やっと捕まえた。俺の小さな小鳥。

「あたし……、う、う、うう、ひっく……、あたし、ずっと、待ってた。速水さんが、紫のバラの人だって言ってくれるの、待ってた……。知ってたの、ひっく……、ずっと前から……、だけど、恋人になっても……、一緒に暮らしても……、プロポーズしてくれても……、紫のバラの話はしない。あたし、あたし……、あたしが『紅天女』を取れなかったから速水さんは……、速水さんはあたしに失望したんじゃないかって……、う、う……、ひっく……、いつか、いつか、あたしを置いて……、また……、遠くに行ってしまうんじゃないかって……、う、う、う、う」

マヤが泣きながら、切れ切れに話してくれた。俺は……。

「マヤ、すまない。気づかなくて……」

俺はマヤを抱きしめた。秘密を抱えていたのは俺の方だった。マヤには何でも俺に話せと言っておきながら、俺はマヤに秘密を作っていた。

「俺は、『MITSUKO』関西公演の後、君に紫のバラを贈ろうと思った。だが、行き違いで結局渡せなかった。俺は君が紫のバラの贈り主に恋をしているのを知っていた。君の気持ちをアストリア号で知った後、随分経ってからだが、もしかしたら、君は『紫のバラの人』が俺だと知っているのかもしれないと思った。知られていると思うと、なんだか照れくさくてな。君の前では冷血漢を演じていたのに……。バラに付けたメッセージは、俺のキャラとは全く違っていた。……それで、俺は紫のバラを封印する事にした。今度渡すのは次の君の舞台にしようと……」

俺はマヤを離すと紫のバラを渡した。マヤは泣きながら花束を受け取ってくれた。俺はもう一度跪いた。

「北島マヤさん、俺と結婚して下さい」

「速水さん……! あたし……、あたし、あなたと……、結婚します!」

俺はマヤの左手を取ると、母の形見の指輪を薬指に指した。街灯の灯りを浴びて煌めく指輪。
濃紺色の上に7色の斑が、銀河のように浮かび上がるブラックオパール。
マヤは涙を拭きながら、指輪を見た。

「きれい……、星空みたい……」

「母の形見だ。いつか好きな娘が出来たら上げなさいと言われていた」

「速水さん、ありがとう!」

「礼を言うのは俺の方だ。マヤ、愛している」

「速水さん、あたしも……」

俺はマヤを抱きしめ口付けをした。キスが終わりマヤをそっと離すと、周りから拍手が沸き起こった。俺は劇場の前にいるのをすっかり忘れていた。



それから2ヶ月して俺達は結婚した。
祭壇の前で俺達は誓う。永久の愛を……。
死が二人を分つとも、愛し続けると……。


マヤ、魂の片割れ!  俺の半身!  俺の……命!






あとがき

今回の作品は77777キリ番ゲッター様三人目の方からのお題でした。
ゲッター様 素敵なお題をありがとうございました。
「真澄さんの心理描写をメインに、細かく真澄さん側から見たストーリーで、 マヤと初めて一夜を明かした後、(中略)まずは同棲生活から始まります。 (中略)英介さんが、マヤを喫茶店に呼び出し、(中略)英介さんの正体がバレることに・・・。 (中略)英介からの祝福を受け、 二人はめでたく結婚へゴールイン!最後にちょっと、新婚生活の様子もあれば尚うれしい!!!」との事でした。
多少、アレンジさせていただきました。お心に添えるような作品でしたでしょうか?喜んでいただけるとうれしいです。ブログにも書きましたが、二人が一緒に暮らす話は他のガラパロ作家の皆様が手掛けていますので当方からは大変手掛け憎いテーマでした。一歩間違えれば他の方の真似になってしまいます。或は二番煎じと言われるかもしれません。そう思うと、なかなか書けないテーマでした。しかし、ゲッター様のご依頼であれば、問題ありません。今回、二人が一緒に暮らす話をかけて凄く楽しかったです。ありがとうございました。






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