星空に恋う    連載第3回 




 俺がキッズスタジオに行くと出待ちをしている男達がいる。
何やら互いに牽制しているようだ。俺がキッズスタジオに歩み寄ると、全員がさっと引いた。なんだ? こいつらは?
稽古場に入るとマヤが黒沼龍三と話している。マヤが俺を見つけた。
一瞬、嬉しそうな顔をしたが、珍しく笑顔を引っ込めた。うん? どうした? 俺が迎えに来たのが嬉しくないのか?
ああ、そうか、人前だからな。では、俺も。

「黒沼さん、お久しぶりです」

「おお、若旦那、生きてたか?」

「おかげさまで!」

「あんたがいなくなって寂しかったぜ。また、一緒に飲もうぜ」

黒沼さんは俺の背中をばんばんとどやして親愛の情を示してくれた。変わらぬ友情は得難い宝物だ。

「ぜひ、いつものおでんやで……。ところで、今日はもう稽古は終わりですか?」

「ああ、終わりだ」

「だったら、北島君を借りてもいいでしょうか?」

「ああ、いいぞ。北島、今言った所、よく考えておけよ」

「はい、先生」

マヤは、着替えて来ますからちょっと待ってて下さいと俺に言うと更衣室へ走って行った。
マヤがいなくなると黒沼が深刻な顔をして俺を見た。

「若旦那、今日はあんたが来てくれてよかったよ」

「……?」

「なんだ、北島から聞いてないのか? 稽古場の前にたむろしている男達を見たか?」

「はい」

「あれは、みんな北島目当ての連中だ」

「はあ?」

「みんな、舞台やドラマで共演した連中なんだ。北島の恋人役をやった連中なんだ」

俺は男達の顔を思い出した。確かに全員共演者だ。

「桜小路は?」

「ああ、あいつは北島にこっぴどく言われてな、あきらめたよ。今は元のガールフレンドとうまく行ってる。たむろしている連中は北島を諦めきれない連中なんだ。しかしまあ、北島がこんなにモテるようになるとはな」

マヤが何故俺に言わなかったのか、わからなかった。

「それで、北島君はいつも一人で帰っていたんですか?」

「いや、マネージャーや劇団の連中と一緒に帰ってる。一人にはさせないようにした。全員、共演者って所が救いなんだ。相手のマネージャーや所属事務所にクレームをつけてある。出待ちは仕方ないが、ストーカー行為をしたら、この業界で仕事が出来ないようにしてやると脅しておいた」

「出待ちも禁止に出来ないんですか?」

「それをすると自殺するとわめいたのがいてな。連中が熱狂的なのは一時なんだ。芝居が終わって1〜2ヶ月もすると北島を忘れる。ほとんどがそうなんだが、中にはしつこいのもいてね。おかげで北島は護身術を習っていたよ。実は……ここだけの話なんだがな……」

黒沼龍三は声をひそめた。

「一度、乱暴されそうになってな」

マヤが! 俺は真っ青になった。

「それで!」

「ああ、大丈夫だった。たまたま通りがかった週刊誌の記者に助けられた」

記者! 聖か! そうか、マヤを見守ってくれていたのか! 聖、感謝する。だが、何故、報告しなかった? 何か理由があるな。

「マヤに怪我は?」

「いや、幸い大事にはいたらなかった」

俺はほっとした。

「で、相手は? 相手はその後どうなったんです?」

「その時のか? 自分のやった事を恥じてな、以来、憑物が落ちたように北島に付きまとわなくなったよ」

俺は真っ青な顔をしていたんじゃないかと思う。マヤに何かあったら……。心底、ぞっとした。
そこにマヤが着替えてやって来た。マヤは俺と黒沼龍三を見ると、察したようだ。

「先生、速水さんに話したんですか?」

「ああ、若旦那には事情を知っておいて貰った方がいいだろう。今日は若旦那に送って貰え。じゃあ、若旦那、北島を頼みましたよ」

俺は、承知しましたと挨拶をしてマヤと一緒に稽古場を出た。稽古場の外に出ると小声でマヤに囁いた。

「あの男達の事を何故黙っていた?」

「……」

マヤが言いにくそうだ。

「後で事情を聞かせてくれ。マヤ、あの男達、追っ払ってもいいか?」

「どうやって? あの、乱暴したりしないで……」

「そんな事はしない。あきらめさせるだけだ」

俺はキッズスタジオの通用口に行った。後ろにマヤを庇う。マヤが出て来た途端に男達は口々にマヤの名前を呼んだ。全員役名なのだ。

「あきちゃん!」

「陽子!」

「桃子!」

俺は駆け寄ってきた男達に向って言った。

「君たちは何を勘違いしている! ここにいるのは北島マヤだ。ドラマは終わったんだ」

「あんたは誰だ!」

「俺か! 大都芸能の速水真澄だ。今後、北島君に恐怖を覚えさせるような行動をしたら俺が相手だ」

「あんた、陽子とどういう関係だ」

「陽子ではない、北島マヤだ。芝居はもう終わってるんだ。わからん奴だな。彼女は今度、大都芸能で制作予定の舞台にでるかもしれんのだ。大事な女優だ。彼女の事を想うなら、こういう出待ちはやめたまえ」

「そんな説教たくさんだ。あんたにつべこべ言われる筋合いはない」

男達の一人が叫ぶ。説得は無理なようだ。

「速水さん、まかせて下さい」

マヤが小声でささやく。それから、声と顔つきががらりと変わった。それぞれの芝居のヒロインへと……。

「一郎、お休み!」

「徹さん、おやすみなさい」

「良介! お・や・す・み!」

マヤは全員に役の名前で声をかけた。マヤの一言で男達はメロメロになり、そして、素直に俺達を見送ってくれた。
俺は車に乗ると早速、マヤを問いつめた。

「一体、彼らはなんだ?!」

「……共演者です、過去のドラマの」

「何故、俺に言わなかった?」

「だって……、ほら、速水さん怒るでしょう。喧嘩したくなかったし……」

「俺は言わなかった事を怒ってるんだ。マヤ……。俺は……、俺は、君を守りたいんだ」

マヤが驚いて俺を見た。それから、ふいと目をそらす。

「速水さん、あたし、大丈夫だから。速水さんがいない間、ずっと、一人で生きてたんです。自分の身を守るくらい出来るから……」

俺はため息をついた。

「確かに、これまでは一人だったかもしれない。だが、今は俺がいる。もっと、頼ってくれないか?」

「……」

「彼らをどうするんだ? ずっと、このまま彼らとドラマの続きをするつもりか?」

「みんな、しばらくすると忘れるから。次の芝居に出たりすると……。だから大丈夫……」

「……君の安全を確保出来る方法を何か考えよう」

「ううん、本当に大丈夫だから……」

「いや、君の為じゃない。俺の為だ。君の事が心配で仕事が手に付かなくなる。悪いがマヤ、好きにさせて貰うぞ」

「速水さん……」

俺はマヤの手を握った。手に口づける。

その夜、俺はマヤを激しく抱いた。
腕の中のマヤをひどく遠くに感じていた。






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