星空に舞う    連載第1回 




 都内某所に、古びた神社がひっそりと建っている。
普段は静かな境内だが、今日は朝から賑々しい。
本日、華燭の典が挙げられる。
髪を文金高島田に結い上げ白無垢に身を包んだ花嫁はこの世のものとは思えない美しさである。
花嫁の名前は鷹宮紫織。
介添人に手を引かれ神殿に向う花嫁は嬉しさに頬を紅潮させている。
10月、晴れた日の朝、花嫁はゆっくりと花婿の隣に歩を進めた。
羽織袴姿の花婿は美しい花嫁と共に神前に進みでる。
二人は神の前で夫婦の誓いを交わした。
式の後、新郎新婦が顔を見合わせた幸せそうな写真は女性週刊誌の記事となった。


北島マヤは、稽古場からの帰り道、コンビニでその週刊誌を見つけると、ほうっとため息をついた。

――良かった。紫織さん、幸せそう……


1年前「紅天女」を逃したマヤだったが、多くの人々の注目を引いた結果、舞台、映画に引っ張りだこになった。
テレビドラマは彼女が出演しただけで視聴率が上がった。
テレビ局はなんとか、彼女をバラエティ番組に出そうとしたが、マヤは

「あたしは舞台女優ですから」

と言って断った。
今、彼女は、新春公演に向けて稽古に勤しんでいる。
演目は「MITSUKO」
江戸時代末期、オーストリア・ハンガリー代理公使ハインリッヒ・クーデンホーフ伯爵と結婚して欧州に渡った町娘青山光子。
その生涯の物語である。
マヤは主役の光子を演じている。
恋する女性を演じたら右に出る者はいないと言われる程の演技を見せるマヤ。
だが、私生活では、浮いた噂一つなかった。
それでいて、共演者は皆、マヤに恋をした。
かつて「嵐が丘」の舞台で真島良が舞台のキャシーとマヤを勘違いしたように共演者は皆、舞台のマヤと素のマヤを混同した。

マヤは都内のマンションで一人暮らしをしている。
所属は「黒沼組」
まるで、土建屋と間違われそうな名前だが、黒沼龍三が率いる劇団である。
雨月会館を中心に活動している。

マンションには時々、青木麗や、水無月さやかが訪ねて来た。
今日も二人は遊びに来ていた。

「マヤ、どうだい、今度の芝居は? しかし、あの光子役をマヤがやるとはね」

「もう、麗ったら、どういう意味よ!」

「ハハハ、だってさ、江戸の町娘から伯爵夫人だろう」

麗は笑って誤摩化した。姫川亜弓が抜擢されそうな役をマヤがやるとは思ってもいなかったのだ。
さやかもうんうんと頷く。マヤは少しはにかんだ。二人の前に酒のつまみと缶ビールを置く。

「それより、もうすぐ、月影先生の命日でしょう。どこに集まる?」

「源蔵さんから連絡が来てたよ。ささやかな忍ぶ会をするからって」

月影千草が無くなってまもなく1年である。が、さやかはマヤの恋愛関係に興味があるようだ。

「それより、マヤ、桜小路君とはどうなの?」

「うん? 断ったよ」

「桜小路君、いい人なのに……」

「桜小路君より、今、共演している俳優とはどうなのさ、週刊誌で随分騒がれてるけどさ」

青木麗がつまみのあられをぼりぼりと噛みながら、マヤを追求する。

「別に……、只の共演者だよ」

マヤもプシュッと缶ビールを開けながら答えた。さやかが隣に座っている麗に首を傾けくすくすと笑いながら言う。

「ねえ、麗、まさか、マヤがこんなにもてるようになるとは思いもしなかったよね」

「え! ひどーい!」

三人は爆笑した。「劇団つきかげ」女子会は楽しげに始まった。


マヤの共演者は実力派の俳優達が多かった。
大抵は妻帯者だったが、中には独身者もいる。
女性週刊誌の記者はマヤの共演者を記事にする時、何か、センセーショナルな噂はないかとマヤに目をつけた。
こういった女性週刊誌のインタビューにマヤは決まり文句で応えている。

「とても素敵な『共演者』なんです」

今回、相手役になった俳優の若林啓は、30代後半。演技派俳優で、プレイボーイで通っている。
バラエティ番組に出ている事もあり、マヤより知名度は高い。
その若林がマヤにゾッコンだという。
麗もさやかもその辺りが聞きたかった。

「で、若林啓って本当にいつもマヤを口説いてくるの?」

「若林のおじさんはとっても面白い人だよ」

「おじさん!」「おじさん!」

麗とさやかは異口同音に叫んだ。

「おじさんだよ、あたしから見ると」

「確かに、40近いからな、若林さんは。でも、おじさんねえ〜」

「休憩時間にやたら、肩を抱いてきたり、触って来たりするから、この間、間違えたふりして、手をぎゅうって、つねってやったの。そしたら、平謝りで謝って! 2度としないからって!」

マヤはけらけらと笑った。
麗とさやかは、顔を見合わせ若林啓に同情した。
その日、女子会は多いに盛り上がり、缶ビールの空き缶はどんどん増えて行った。


マヤは麗とさやかには言わなかった。
桜小路や共演した俳優達から付き合いを申込まれた事を。
特に桜小路からは何度も申込まれている。
一年前……。
マヤは桜小路といい争った時の事を思い出した。






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