星空に舞う    連載第2回 




 マヤは夕暮れ時の公園に桜小路から誘われた。何の話だろうと思ってマヤが付いて行くと付き合いの申し込みだった。

「ね、マヤちゃん、僕との事、もう一度、考えてくれない?」

「……桜小路君……」

「このイルカのペンダント、もう一度、一緒につけてほしいんだ、駄目かな?」

「……桜小路君、ごめん、ごめんね」

桜小路はふうっとため息をついた。

「マヤちゃん、結論は急がなくていいよ、ね、僕はずっと待ってるから……」

「ううん、いくら待って貰ってもだめなの。あたし……、ごめんなさい、桜小路君」

「速水さん? 速水さんが好きなの?」

「桜小路君!」

「速水さんから何を言われたか知らないけど、速水さんとじゃ将来はないよ」

「桜小路君、将来なんてどうでもいいの。あたし、速水さんが好きなの。それでいいの」

「じゃあ、マヤちゃんはずっと、速水さん一人を想って生きていくつもりかい?」

「うん!」

マヤは力強く頷いた。普通の男女の楽しい恋愛など、マヤは求めなかった。
速水を愛している。
それだけで良かった。

「うん、桜小路君、あたし、速水さんがどんな人でもどんな境遇でもいいの……。
 あたし、速水さんの魂に魅かれているの。
 速水さんが、あたしの魂の片割れなんだって、あたし、信じているの」

「マヤちゃん、そんなの悲しいよ! どうして、そんな風になれるの?
 好きになったら、相手に告白して、相手にも好きになって貰って付き合うのが普通じゃないか!」

「あたし、あたしね、普通のお付き合いなんてしなくていいの」

「そんな! そんなのおかしいよ! だったら、一生、結婚しないつもりかい?」

マヤは照れくさそうに笑った。

「うん、桜小路君、あたし、生涯独身を通すの」

「そんな!」

桜小路は理解出来なかった。そんな恋があるとは思えなかった。マヤは自己犠牲の恋に酔っているだけなんだと思った。
桜小路は急にいらいらとした。苛立ちを抑えられない。だんだん腹が立って来た。
腹の立った桜小路はマヤの腕を掴んでいた。

「そんなの、そんなのおかしいよ!」

桜小路はマヤを抱き寄せていた。無理矢理キスしようとする。

「やめて! やめて! 桜小路君、いや!」

マヤは大声を出していた。思いっきり両手で桜小路を突き飛ばす。
マヤの突き出した手は桜小路の鼻をイヤというほどたたいていた。
突き飛ばされ尻餅をつく桜小路。鼻血が点々と落ちた。
マヤは肩で息をしながら、桜小路に向って叫んでいた。

「ひどい! 桜小路君! 最低!」

マヤは走った。
桜小路にこれほど嫌悪感を感じた事はなかった。

――ひどい、桜小路君、いい人だと思っていたのに! ひどい!

マヤは泣き出していた。
泣きながら走っていた。

――速水さん、速水さん、会いたい、会いたい!

どこをどう走ったのか、いきなり目の前に電話ボックスが現れた。
マヤはその中に飛び込んだ。携帯が普及して以来、珍しくなった電話ボックスだったが、今はマヤの涙を隠すのに役立った。
マヤは受話器を取り上げていた。
泣きながら大都芸能社長室にかける。
が、途中で速水がいない事を思い出し受話器をたたきつけるように切った。
マヤは電話ボックスにしゃがむとその場で泣き続けた。

いつのまにか、雨が降り出していた。



数日後、キッズスタジオに現れたマヤに桜小路は素直に謝った。

「ごめん、マヤちゃん、この間は僕どうかしてたんだ」

「……桜小路君……」

「マヤちゃん、この間の事は忘れて、今まで通り芝居仲間でいてほしいんだ」

マヤは、足下を見た。足下を見たまま言った。桜小路と目を合わせようとはしなかった。

「……うん……、もう、あんな事しないでね。あたしも芝居仲間でいるから」

「うん、本当にごめんよ、マヤちゃん」

「……あ! あたし、先生にちょっと……」

マヤは桜小路の前を足早に立ち去った。


マヤは桜小路と距離を置くようになった。
隙を見せたらつけ込まれる。
マヤは青木麗に相談して、男性のあしらい方を研究した。
芝居をやる以上、恋の演技は必須だ。
が、演技は演技。共演者に誤解させないようにしなければならない。
舞台の上と下。オンオフをはっきり切り替える。
マヤはどこか人を寄せ付けない雰囲気をいつのまにか身に纏っていた。



――あれから一年、速水さん、今、どうしているんだろう?

マヤは窓から外を見た。
晴れた夜である。わずかに星が見える。

――速水さん、速水さんもこの星を見上げていますか?



大都芸能の社長だった速水真澄は、鷹宮紫織と婚約を解消した。それは必然的に、鷹通と協同で進めていたプロジェクトの解消であり、結果として、大都芸能に損害を与えた。速水は損害の責任を取って辞任。さらに、真澄は速水の家を出て、藤村真澄となった。
一年前の事である。
そして、真澄の行方を誰も知らなかった。






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