星空に舞う    連載第4回 




 翌朝、マヤは大きな声と本殿のまわりの廊下をドカドカと歩く物音で眼が醒めた。

夕べ、マヤは何時間踊っていたのか、気がついたら深夜になっていた。
結局神社で一夜を過す事になった。
社務所は鍵がかかっていたので本殿が開いていないかと探すと、入り口が開いていた。
マヤはそのまま本殿に転がり込み、隅につまれていた座布団を布団代わりに休んだ。
そして、すっかり眠り込んでいたのだが……。
夜は明けたようだが、まだまだ、朝早い時間である。
誰かが足音荒く歩いてくる。
本殿の入り口が乱暴に開けられた。

「この馬鹿娘! こんな所で何をしている!」

速水真澄、いや、藤村真澄が立っていた。相変わらず、スーツの上からトレンチコートをビシッと着こなしている。
マヤは、寝ぼけた眼で見上げた。

ーー夢だわ、これは……。

真澄が駆け寄ってくる。次の瞬間、マヤは抱きしめられていた。

「心配したぞ、何故、夕べ宿に戻らなかった?」

マヤは訳がわからず真澄の耳を引っ張っていた。

「いてててて、何をする!」

「本物だ!」

「あたりまえだ、何を言っている!」

「速水さん! どうしてここに?」

「俺の話は後だ。マヤ、怪我は? 大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です」

「風邪を引いたりしてないか?」

真澄の手がマヤの額にあてられる。

「だ、大丈夫です……」

大きな手。昔と変わらない……。
マヤは赤くなった。そして、泣き出した。

「は、は……やみ……さん……、はや……みさ……ん……、うううう、会いたかった、会いたかったあ……」

マヤは真澄の胸で声を上げて泣いていた。
真澄の手が背中を撫でるのを感じた。暖かい手……。マヤはもう一度真澄を見上げた。
真澄がハンカチを出してマヤの涙をぬぐう。

「さ、帰ろう」

マヤはこくりとうなずいた。


速水真澄は、1年半前、鷹宮紫織に婚約解消を申し出た。
世間には知られていない事だが、紫織はショックのあまり発作的に自殺しようとした。
紫織が一命を取り留めたにもかかわらず、鷹宮翁は立腹。真澄に制裁を加えた。真澄に大都芸能をやめるよう強要したのだ。
さらに鷹宮翁は大都グループにも制裁を加えようとした。真澄は、社員達の生活を考え自分が速水の家を出るから大都グループへの制裁は許してほしいと嘆願、大都グループを守った。
表向きは会社に損害を与えた引責辞任となっているが、実際は鷹宮翁の制裁による辞任だった。

紫織は鷹宮翁に真澄を罰しないよう頼んだが、翁は聞き入れなかった。逆に紫織を説得して真澄との婚約を解消させた。
さらに鷹宮翁は、真澄とマヤがアストリア号で抱き合っていた事実を知ると真澄に、生涯北島マヤと関わるなと告げた。
もし、マヤと関わったらマヤの女優生命を断つと宣言。
真澄は鷹宮翁の命を受け入れ、マヤの前から姿を消した。

真澄は関西へ引っ越した。真澄が東京から姿を消すと鷹宮翁はそれ以上、真澄を追求しなかった。
真澄が関西に来ると以前から真澄の能力を高く評価していた独立系のシンクタンクが真澄をヘッドハンティング。
真澄はそのシンクタンクで働くようになった。

一方、紫織は祖父によって、スイスのサナトリウムに入院させられた。名目は療養の為だったが、実際は世間の好奇な目から紫織を隠す為だった。
しかし、入院先で知り合った日本人医師と紫織は恋仲になり、昨年の秋結婚した。
紫織が結婚した事で、真澄への鷹宮翁の怒りは納まった。紫織は大都芸能の水城に鷹宮翁の怒りが解けた事を真澄に連絡してほしいと頼んだ。

真澄はいくつかのルートを介して紫織のメッセージを受け取った。
だが、真澄は鷹宮翁の怒りが解けたという紫織の言葉をそのまま信じていいのか、迷った。
信じきれなかった真澄はしばらく様子を見る事にした。

今年になって紫織が妊娠したという発表があった。
真澄は紫織の妊娠によって鷹宮翁の怒りが解けたのではと推測。いくつかのルートを使って鷹宮翁の意向を打診した。
すると、鷹宮翁自身が自分の怒りが解けた証拠に、「紅天女」が見たいと演劇協会に伝えてきた。

「なんと言ったかの、北島と言っていたあの女優、試演を見たがあれの阿古夜は素晴らしかった。
 速水の小倅に連絡してなんとかするように伝えてくれんかの」

真澄は演劇協会からの連絡をやはり水城経由で受け取った。真澄は鷹宮翁の怒りが解けたと知り安堵した。
演劇協会からの連絡を受け、真澄は「MITSUKO」関西公演を観劇しようと思った。
マヤに会いたかったが会うのは東京に戻ってからと思っていた。
しかし、久々のマヤの舞台に真澄は熱い思いを抑えきれなかった。
紫のバラを用意してなかった真澄は、観劇後、バラを買い求めた。急いで楽屋に戻ったのだが、すでにマヤは楽屋を引き払っていた。
翌日、真澄はマヤの宿泊先を訪ねた。が、マヤは奈良に向った後だった。
真澄はマヤを追って奈良へ向った。追いかけてみたものの、マヤが宿泊先に帰って来なかった為、同じ宿に部屋を取ると、朝一番から梅の谷までマヤを探しに来たのだった。


真澄はマヤと梅の谷を歩きながら、そんな話をした。
二人は手をつないでゆっくり歩いて行く。空は晴れ渡り、雲一つない良い天気である。

「一体、何故、夕べ宿に帰らなかった?」

「あたし、『紅天女』の舞を舞っていたんです」

「ここでか?」

「ええ、神社に舞殿があるんです。そこで、ずっと舞ってて、気がついたら深夜になってて……」

「それで、本殿で一夜を過したのか?」

「はい……」

「心配したんだぞ! 何かあったんじゃないかって……」

マヤはぽかんと真澄を見た。

「……へへへ、なんか心配されるのって、嬉しい!」

「こら!」

「……それより、別の意味であたしの事、心配じゃなかったんですか?」

「別の意味?」

「だって、1年半もほっといて……、例えば、他の人を好きになるとか……」

「君が? 俺以外の男を?」

真澄は、笑い出した。

「あ! しょってる、あたし、あたし、これでも、モテるんだから!」

「ああ、知ってる、君が『意外に』モテる事も、『意外に』男をあしらえる事もな」

「ええ! どうして知ってるんですか?」

「俺は、元大都芸能の社長だぞ! 噂話くらい東京にいなくても仕入れられるさ」

「ふーん! そうなんだ!」

「それに、俺は君を信じていたからな。君が俺を信じてくれたように」

「速水さん……」

真澄が繋いでいたマヤの手をぎゅっと握った。足を止め振り返ってマヤを見つめる。

「マヤ、君が俺を信じて待っていてくれて嬉しかったよ」

マヤは思わず、真澄の胸に飛び込んでいた。

「あたし、あたし、少しは大人になれたと思う。待つのは辛かったけど……。
 会いにこないのは、きっと……、
 きっとあたしを守る為だって……、会いにこないんじゃなく会いに来れないんだって! あたし信じてた」

「マヤ……」

真澄はマヤを抱きしめていた。マヤの頬に頬をすり寄せる。

「マヤ! もう、二度と離さんぞ」

マヤはもう一度、泣き出した。

「あたしも……、あたしも……、絶対離れない!」

マヤは真澄を見上げた。真澄の幸福そうな笑顔。
その笑顔につられるようにマヤの顔にも笑みが広がった。
咲き誇る千年の梅の樹の下で、二人は熱い口付けを交わした。






あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の作品は77777キリ番ゲッター様からのお題でした。何気に「別冊花とゆめ」2011年6月号の続きにもなっています。
ゲッター様 素敵なお題をありがとうございました。
「真澄さんが大都芸能をやめ、マヤちゃんも紅天女をあきらめ、それでもお互いを思いやり求めあうようなそんな魂の触れ合い」を描いた作品との事でした。
お心に添えるような作品でしたでしょうか?喜んでいただけるとうれしいです。

たくさんの拍手コメント、ありがとうございました。



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