星空に舞う    連載第3回 




 マヤは、寸暇を惜しんで練習にはげんだ。
体を動かしている間は、真澄を忘れられた。一人で眠れない夜が一番辛かった。
マヤは真澄が「何があっても俺を信じてついてきてくれ」と言った言葉を信じた。
真澄が連絡をくれないのは、きっと、あたしを巻きこみたくないからだろうと思った。
だから、待った。いつか、真澄が自分の前に現れてくれるのを。
何もかもが解決して、真澄が現れるのを。


マヤは公演がある度に、もしかして、紫のバラが届けられないかと思った。
真澄の言動から、真澄がマヤが「紫のバラの人」の正体を知っているとは思っていないようだとマヤは思っていた。
「紫のバラの人」の使い、聖は、週刊ジャーナルの松本と名乗って時々マヤの前に現れた。

「マヤ様、実は事情があって、紫のバラをお贈り出来なくなりましたが、あの方はいつもあなたの事を気にかけておいでです。
 どうか、いつも通りの元気なお姿を舞台で見せて下さい」

「はい……、あの、松本さん、ファンの方に伝えて下さい。あたし、『紅天女』は取れませんでしたが、ファンの方のおかげで女優になれました。
 とても、感謝していますって。バラはもういいんです。無くても平気です。無くてもあなたのお心を信じていますからって伝えて下さい。
 いつもあなたが客席にいると思って演じてますって……」

聖はマヤに必ず伝えましょうと言って帰ろうとした。マヤは帰ろうとする聖に思い切って問いかけてみた。

「あの、松本さん、ファンの方はお元気なんでしょうか?
 あの、お風邪を召したりしてらっしゃいませんか? ご病気になったりしてませんか?
 ……あたし、気になって……」

「……、はい、お元気にしてらっしゃいますよ。……気になりますか?」

マヤは赤くなった。俯くと、「ええ、とても」と小さな声で答えた。
恥じらったマヤに聖は不思議そうな顔をして帰っていった。

マヤは恐らく聖唐人なら真澄の居所を知っているだろうと思った。
真澄の居所を聞きたいと思ったが、聖に「紫のバラの人」の正体を知っていると言わなければならず、結局、それは出来なかった。
それでもマヤは、聖によって真澄が元気だと知る事が出来、勇気づけられた。
真澄さえ元気に幸福に暮らしていれば、それで良かった。


新しい年が明けた。
「MITSUKO」新春公演は華やかに幕を開けた。
初日から満席で、評論家達は絶賛した。
一ヶ月に渡る東京公演は盛況の内に終わった。
この後、名古屋、大阪、福岡と巡演して回るのだ。
大阪公演を終えたマヤは、久しぶりに梅の谷に行ってみたくなった。
時は3月、梅の花の季節である。
マヤは暖かい格好をして、大阪から奈良へ向った。

梅の谷につくと、月影千草が焼いた吊り橋は元通り架けられていた。
マヤは、思い出にひたりながら、吊り橋を渡った。
月影千草が紅天女を演じた千年の梅の樹の元に辿り着くと、花は今が盛りと咲き誇っていた。
自然と台詞が口をついて出ていた。

「おまえさまのことを思うだけで胸がはずむ
 声を聞くだけで心が浮き立つ
 おまえさまにふれているときは
 どんなにか幸せ!

 捨てて下され
 名前も過去も
 阿古夜だけのものになってくだされ!

 おまえさまはもうひとりのわたし
 わたしはもうひとりのおまえさま」

もの言わぬ樹々が、流れる小川が、早春の空を飛ぶ鳥達がマヤの台詞を聞いていた。
マヤの眼から涙があふれた。

――速水さん、もう一人の私、魂の片割れ、会いたい……

マヤは千年の梅の樹に体を寄せて、泣き出していた。
山の天気は変わりやすい。まるで、マヤの気持ちがわかったように雨が降り始めていた。

マヤは速水と二人で雨宿りをした社務所に向った。
あの日と同じように。

――あの時、速水さんに告白していたら、どうなったんだろう。

決して分からない、ifの世界である。

社務所はあの時のまま、そこに建っていた。
マヤは中に入れてもらおうと、扉を引いたが鍵がかかっていた。
しかたなく神社の本殿の軒下に腰掛けた。
あの日、速水がコートを自分にかけて暖めてくれた場所である。
軒先に座り、空を見上げた。
雨が静かに降っている。マヤはほーっとため息をついた。
両足を抱きかかえ、膝に頭をのせる。

――速水さん、会いたい!
  あの日、ここで……、あなたはあたしを暖めてくれた。
  ここに座っているとあなたが側にいるような気がする。

マヤはいつのまにかうとうとと眠っていた。

気がつくと雨が上がり、夜になっていた。

「いけない! 帰らなくちゃ!」

マヤは慌てて本殿の階段を降りた。

辺りはすでに暗くなっている。
空気が凍り付くように冷たい。
マヤは本殿から参道に出た。
空を見上げる。
樹々の間に星空が広がっていた。
速水と共に見上げた星空。あの時と同じ満天の星。
マヤは見とれてたち止まった。


音が聞こえた……。


星々から降り注ぐ音が……。

――ここは音楽の満ちる場所……

マヤは「紅天女」の舞を舞い始めていた。
試演に負けた以上、二度と演じられない「紅天女」
それでも、マヤは「紅天女」を忘れられなかった。
人前で演じられなくてもよかった。一人で練習を続けた。
この1年半、マヤは演技の技術面を鍛えた。
日本舞踊もダンスもその一つである。
参道の横に舞楽を踊る舞殿がある。
マヤは舞殿に上った。靴を脱ぎコートを脱ぎ捨てた。
寒さは感じなかった。

稽古場ではどうしても仕上がらなかったマヤオリジナルの舞「紅天女」
今、梅の谷で女神がマヤに降りてきた。
マヤの雰囲気が女神へと変化する。
手が足が一人でに動いていた。


腕がしなった。
  手首がかえる。
    床を蹴る。
      舞い上がり、
        舞い降りる。

     くるり、とん、とっ
   ひらり、くるり、タン!
くるり、くるり、くるーり……、タン


マヤのまわりに音の粒が、星の光が散った。

マヤは舞う! 姫神の舞! 喜びの舞!


星夜は静かに更けて行った。






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