星空に酔う    連載第4回 




 大きな箱を受け取ったマヤはきょとんとした。

「速水さん、これ?」

「開けてご覧」

マヤは箱を開けてびっくりした顔をした。俺の見たかった顔だ。

「きれいなドレス!」

「ああ、着てみてくれないか?」

マヤは嬉しそうにうなづくと2階の寝室に走って行った。俺も、自分の部屋に入るとタキシードに着替えた。
マヤと踊りたい。アストリア号で踊ったように。
俺は居間にあるオーディオ装置にiPodをセットした。ダンスミュージックを選択。これで一晩中違った曲を奏で続けるだろう。音楽が途切れる事はない。
俺はシャンパンを用意してマヤを待った。


「速水さん!」

見上げるとマヤが階段の上に立っていた。ゆっくりと降りて来る。
濃紅色をしたシフォンドレス。胸元と背中が大きく開いている。
俺はうっとりと見上げた。

「素敵だ」

マヤが嬉しそうに微笑んだ。俺はシャンパンをマヤに渡した。

「マヤ、乾杯しよう!」

「何にですか?」

「美しい君に!」

「速水さん! また、からかって……」

「からかってなどいない……。今日の君は特別素敵だ、マヤ」

マヤが上気した頬をさらに染めた。
俺はグラスを持ち上げた。

「乾杯!」

マヤもはにかみながらグラスを上げた。

「乾杯! 速水さんの帰還を祝して!」

俺達はシャンパンを飲み干した。目を見合わせ微笑む。
俺はマヤの手を取った。

「Shall we dance ! 踊っていただけますか?」

「喜んで!」

俺とマヤはワルツを踊った。
マヤはダンスがうまくなっていた。
アストリア号で踊った時よりずっとうまくなっていた。彼女の上に流れた年月に俺は嫉妬した。
誰が彼女をこんな素敵な踊り手にしたのか……。

「マヤ、随分ダンスがうまくなったな。習いに行ったのか?」

「うん、社交ダンスもジャズダンスも日本舞踊もみんな習ったの……。
 速水さん、あたし、あたしね……。
『紅天女』の出だしの所、月影先生が能を踊った所、あの部分、あたしにしか出来ない舞が踊れないかと思っていろいろ研究したの。梅の谷であたしの舞が完成出来たと思う」

「そうか、それは見てみたいな」

俺は踊りながらベランダに出た。満天の星の下、マヤとワルツを踊る。夢のようだ。

「速水さん、見て、銀河があんなに……」

「ああ、そうだな」

俺達は、踊るのをやめると星を見上げた。
二人で見上げる銀河はいつもより煌めいて見えた。
潮騒の音が音楽に混じる。
曲はいつのまにか「バラ色の人生」に変わっていた。
俺はもう一度、マヤの手を取った。
俺達は、ただ、抱き合って音楽に合わせて体を揺らした。背中にあてた手からマヤの鼓動がつたわる。

「速水さん、ほら、星が落ちて来るみたい!」

「酔ったのか」

「ううん、幸せなの! 速水さんに会いたくて会いたくて、ずっと、お星様にお願いしてた。
 速水さんが病気になりませんように。速水さんが幸せでいますように……、速水さんに会わせて下さいって!」

「マヤ……、俺も、会いたかった。君の出る番組は全部チェックしてた。君の舞台のビデオは必ず買った。毎日見ていた」

「あたし、あたしね、速水さんがきっと見てくれるって信じて、テレビのドラマの仕事は出来るだけ取ったの。あたしは……、あたしは、元気だって、知らせたかった」

「マヤ……」

俺はマヤの唇を求めた。頭の中がスパークした。酔ったのは俺の方だ。マヤの唇。柔らかで暖かい。深いキスをした。マヤの小さな舌。そのまま音楽に合わせて体を揺らした。首に回されたマヤの腕。マヤの何もかもが俺を酔わせる。俺は唇を離した。

「2階に行ってもいいか?」

腕の中でマヤがうなづいた。
俺はマヤを抱き上げた。マヤがうっとりと俺を見上げる。俺はもう一度口付けする。キスをしたまま、2階の寝室へマヤを運んだ。

 寝室の灯りをつける。柔らかなスタンドの灯りが寝台を照らす。
俺は彼女を床にそっと降ろした。ベッドサイドに立たせる。マヤのドレスの肩ひもを両サイドに落とした。マヤが思わずドレスを押さえる。俺は彼女の手をそっとはずした。足下にドレスが落ちる。

「あ……」

胸が露になった。マヤ……。桜色をした胸の膨らみに俺はくらくらする。
マヤは全身を上気させ、震え恥じらいながら立っている。

「綺麗だ……」

俺はマヤの前に跪いた。マヤの胸に唇を寄せる。胸の先端を口に含むと鼻腔にマヤの香りが広がった。
マヤのあえぐ声が聞こえる。俺の肩に置かれたマヤの手が震えている。
俺はマヤを抱き上げると寝台に横たえた。タキシードを脱ぎ捨て、彼女の隣に身を寄せる。
マヤが俺を見つめた。マヤの両手が伸びて俺の顔をはさむ。
そのまま俺に口付けをした。目の上に、額に……。唇に……。

どう感謝したらいいのだろう。何に感謝したらいいのだろう。俺の女神が俺を愛してくれる。俺にその身を捧げてくれる。
マヤ……。

枕に広がる黒髪。俺はマヤが身につけている小さな布切れを取り除いた。俺の腕の中で熱く溶けて行く君。声にならない声をあげ、乱れて行くマヤ……。

俺自身をその身に沈めた一瞬、マヤは大きく目を見開いた。








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俺達は、伊豆から東京に戻って来た。
俺は相変わらず仕事に忙しい。ただ変わった事と言えば、恋人が出来た事だろう。
部下の報告を聞いている最中も、会議をしていても、マヤの白い項が、唇が、瞳が、フラッシュバックのように目の前に浮かんでくる。俺は、決済書類にはんこを押しながら、マヤの裸体を思い出す。

「ライバル会社のこの企画を潰せ! うちの企画が食われる。つべこべ言わずにさっさと行け!」

部下にがみがみと命令している時も、パソコンでメールを読んでいる時もマヤの笑顔が心にある。体を重ねた記憶が俺に生きる活力を与えてくれる。


マヤ、俺の女神! 俺の恋人! 俺の……愛! 






あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の作品は77777キリ番ゲッター様お二人目の方からのお題でした。
ゲッター様 素敵なお題をありがとうございました。
「伊豆別荘デート別バージョンで」との事でした。
お心に添えるような作品でしたでしょうか?喜んでいただけるとうれしいです。

たくさんの拍手コメント、ありがとうございました。



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