この作品は「R15」指定です。性的表現を含みます。
 15歳未満の方、そのような描写に抵抗がある方はご遠慮ください。


 仮面をあなたに    連載第1回 




 初めて女を抱いた時、真澄は女の体という物はこういう物なのかと思った。
抱かれた女の方は、嬉しそうで、愛し合えて嬉しいと言っていたが、こういう行為が愛し合う事なのかと真澄は不思議に思った。
お互い初めて同士だったからかもしれない。
性への興味が、恋だの愛だのよりも勝っていたというだけだったような気がする。
真澄は知識として知っていた事を単に実行に移したに過ぎなかった。
性行為は面白かったが、女とつきあうのが面倒だと思った。
女の方が誘ったので、それなりにつきあったが、自分から誘おうとは思わなかった。

女の名前は、遠藤郁子。
同じ大学の学生だった。たまたま、同じ学科を取っていたので、彼女が風邪で休んだ間のノートを貸してやったら向こうがその気になった。それだけの事だった。
郁子は、公務員を父に持つ地方出身者で、アパートに独り住まいをしながら大学に通っていた。
「ねえ、真澄。明日の授業でる? 代返しておいてよ。」
「何を言ってるんだ。授業くらいまじめに出ろよ。」
「だって、あの教授の授業だるいんだもん。ねえ〜。」
帰ろうとする真澄を郁子は引き止めるように後ろから抱きついて来た。
唇を求めてきたので、そのまま、口をすってやる。首筋に唇を這わせながら、ついでに、シャツの上から、片手で乳房をもんでやると目を閉じた郁子は恍惚とした表情で真澄にもたれてきた。
真澄はそんな郁子を楽しんだ後、唐突に
「じゃあな、代返は誰か、他に頼めよ。」
そう言って、玄関から出て行った。後ろで郁子の「もう、真澄ったら。」という声がドア越しに聞こえた。



真澄の大学生活は、学業と大都芸能の仕事の2本立てで成り立っていた。
授業が終わると会社に行って仕事をした。
そんな、多忙を極める真澄の大学生活だったが、何故か、友人が出来た。
神谷恭一との出会いが大学生活を刺激的な物にしていた。
神谷も天涯孤独の身の上だったので、真澄と共感する所があったのかもしれない。
神谷は高校生の頃、不審火で家を焼かれていた。その時、家族を亡くし以来天涯孤独になったのだという。
「俺、絶対、あの火事はおかしいと思ってるんだ。いつか、犯人を見つけてやる。」
それが神谷の口癖だった。

ある夏の日、真澄は神谷に誘われて山登りに行った。
「なあ、真澄、なんで、おまえ、いつも仏頂面してるんだ。もっと笑えよ。そしたら、もてるぞ!」
ごつごつとした山道を登りながら、神谷が言った。
「女なんてつまらんさ!」
「それは、もてる奴のいう事さ。なあ、遠藤はどうだった。つきあってるんだろ?」
真澄はだるそうに、
「それより、おまえはどうなんだ。」
「俺か。俺は、飲み屋の女将がいい所だな。」
真澄は、後ろを振り返り、しみじみ、神谷を見ながら言った。
神谷もまた背が高く年の割に大人びた精悍な面構えのいい男だった。
「おまえだって、もてるだろう。」
「そうかあ。な、俺、今度、髪のばしてみようと思うんだ。」
真澄は、ため息をつきながら、
「今度は、なんの真似をするつもりなんだ。」
「パタリロのバンコラン少佐。」
「なんだ、それは。」
「おまえ、漫画なんて読まないだろ。面白いぞ!今度、貸してやるよ。」
「いいよ。俺にはそんな余裕はないさ。おまえ、もうちょっと落ち着いたらどうだ。軽薄そうだからもてないんだぜ。」
「女なんてつまらんと言っていた野郎に言われたくないさ。」
二人は軽口を交わしながら、上っていった。山頂につくと、さすがにいい眺めで、日頃の憂さが晴れるようだった。
遠くに富士山が見えた。
「『富士山には月見草がよく似合う。』」
神谷が言った。
「どうした、殊勝な事を言って。」真澄が珍しそうに言うと
「富士が男で月見草が女さ。」
「おまえはなんだって、女に結びつけるんだな。」
「そりゃあそうさ、18、19の男が女に興味がなくてどうする。」
「軟派な奴だな。」そう言って、真澄は、久々に笑った。

「まあ、僕たち楽しそうね。」
やはり山頂で休んでいた登山客が話しかけてきた。
そのパーティは、銀座のクラブのホステス達で世間が夏休みに入り、銀座の飲屋街もめっきり客が減ったので、慰労をかねて、山登りにきたと言うのだった。
今夜は、近くの温泉でゆっくりするのだとリリアンと名乗る若いホステスが楽しそうに言った。
最初に話しかけてきた女は銀座のクラブ「マスカレード」のママで薫(かおる)と言った。
黒髪の美しい薫は、日本人のわりに手足が長く頭の小さなナイスバディの女だった。
真澄が俺たちは未成年だと言うと、残念そうに二十歳になったらきてねとにっこり笑って別れて行った。
神谷が
「銀座なんて俺たちに行けるわけないじゃん。高くてさ。」と小石を茂みに投げながら言った。
「ああいう女達には関わらない方がいい。腹で何考えてるかわからない女は。」真澄は声を低くして答えた。
「確かにな。だが、そんな事、何も考えずに罠に飛び込むのが青春ってもんさ。いい女だったな。」と神谷が惜しそうにいった。
「ああ、いい女だった。」真澄も同意した。



 夏休みが終わって、大学が始まったが、郁子とは、疎遠になっていた。真澄の方から誘わない事に嫌気がさしたのだろう、郁子からの誘いも無くなり、それっきりになった。

9月も半ばを過ぎた頃、英国からロイヤル・シェークスピア劇団がやって来た。
大都劇場での公演の為にやって来た彼らは、皆、芸達者で魅力的な人々だった。
真澄も接待に駆り出され、忙しい思いをしていた。
来日記念パーティの席上で、真澄は、薫と再会した。
劇団員の一人のパートナーとして、パーティに来ていたのだ。
薫は、銀座の一流のママらしく芸術に造詣が深かった。
黒のドレスに身を包んだ薫は、上品な色香を漂わせていた。
薫が、「まあ、大都芸能のおぼっちゃんだったの」と言うのを聞くと、真澄は眉を曇らせた。
「今日は、ご機嫌斜めね。」
「二十歳になろうかという男が子供扱いされたら、普通、不機嫌になりますよ。」
そう言って、真澄はその場を離れようとした。
「あら、ごめんなさい。さあ、機嫌を直して。一曲踊ってよ。」
薫はそういうと、真澄の手をとり、有無を言わさずダンスフロアに引っ張りだした。
ブルースの曲に合わせて薫は真澄にぴったり体を寄せてきた。
華奢な体の割に豊満な胸をしていた。
「ふふ、ねえ、今度ぜひ、お店にいらっしゃい。約束よ。」
真澄はこの女とは関わらない方がいいと思ったので、黙っていた。
薫は、
「うちのお店には、いろんな人が来るのよ。例えば、『紅天女』のお好きな方とか」
真澄は、はっとして薫をみた。
「ふふ、やっと私を見たわね。」
薫は満足そうな笑みを浮かべた。
「ねえ、いいでしょ。お店にいらっしゃいな。」
真澄は、女の目的がわからなかったが、ふっと笑うと「そのうちに」と返した。
真澄は、女をくるりと一回転させると、一礼してその場を離れた。



 英介は真澄が大学に入って、大都の仕事をするようになると、真澄の労働に対して、給料を払ってくれるようになっていた。
英介はそういう意味で公平な人間だった。
金を使う必要のなかった真澄の口座には、結構な額の金がたまっていた。
真澄は、英介について回っているうちに自然と金がどう動くかわかるようになっていた。
株式投資のシュミレーションを真澄が行うようになったのもこの頃だった。

誕生日がきて、真澄は二十歳になった。
真澄は、二十歳になったのをきっかけに、英介について銀座のクラブやバーにも接待で行くようになっていた。
若くハンサムな真澄は、それだけでももてたが、英介の息子だというと、有象無象が寄って来た。
真澄は、神谷に
「信じられないぜ、女なんて。男を喰いものにしてやがる。」と言うと
「俺、喰われてみたい。」と神谷がうらやましそうに言った。
パーティで薫と会った話をすると、
「すごい女だな。おまえんとこの親父さんが、『紅天女』に執着している事知ってて撒き餌をして来たんだぜ。
 危険な事はわかっていても、付き合いたい女だよな。その辺の女とでは味わえないスリルが楽しめるぞ。」
「おまえは、よくこういう危険に飛びこもうという気になるな。その無鉄砲さでその内、身を滅ぼすぞ。」
「大丈夫、命綱はつけとくさ。」
真澄は、神谷が無鉄砲な原因が、高校の時、家族を不審火で失った事にある事はわかっていた。
彼もまた、何かと戦う為に牙を研いでいる事を知っていた。彼の軽薄さがその牙をカモフラージュする為である事も知っていた。
だから、彼が、こういった時、真澄の返事は決まっていた。
「なあ、あぶないのはわかっているけどさ、『マスカレード』行ってみないか?」
「そうだな、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』っていうしな。」

二人はクラブ「マスカレード」へ行った。怖いものみたさと言う好奇心で。
互いが互いの命綱だった。
予想を遥かに上回る愉楽が彼ら二人を待ち受けていた。



続く      拍手する


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