この作品は「R15」指定です。性的表現を含みます。
 15歳未満の方、そのような描写に抵抗がある方はご遠慮ください。


 仮面をあなたに    連載第2回 




 クラブ「マスカレード」は銀座のとあるビルの3階にあった。
ワンフロワーを占めたその店は、客席とバーカウンターとからなり、ダンスフロアが真ん中に設けられていた。
フロアの隅にグランドピアノが置いてあり、ピアノに合わせてゴージャスな女性歌手が甘いメロディーを歌っていた。
ウェイターは、二人の若者を見ると、バーカウンターに案内してくれた。
薫の知り合いだと言うと、ウェイターが、薫を呼んでくれた。
その日の薫は、ダークブルーをベースにした胸元が深く空いたドレスを着ていた。
胸元には金糸で紅葉が刺繍してあり、派手ではないが贅沢な装いだった。
薫は二人を見ると、魅惑的なアルトの声で言った。
「まあ、よく来てくれたわね。ゆっくりして行ってね。」
そう言って、にこやかに笑って、客席に戻って行った。
二人はバーボンをロックで注文すると、店内をゆっくり見渡した。
「どなたか、お探しですか?」
バーテンが話しかけてきた。
「いや、こういうとこ、俺って初めてだから、珍しくて!」
神谷が屈託なく、バーテンと話し始めた。
真澄は、しばらく、神谷とバーテンの話を聞いていた。
バーテンは村瀬という名前で、神谷の軽薄そうな態度に気を許したらしく、いろいろな酒の話をしてくれた。
特に若い人がどんな酒を飲んだらいいか、どんな飲み方をしたらいいか詳しく教えてくれた。
「飲み比べてみるといいですよ。」
村瀬はそう言った。
「なんだって、そうです。例えば写真だって、比較する物が写ってないと大きさがよくわからなかったりするでしょ。
 あれと一緒ですよ。」
そう言って、2種類のバーボンを出してくれた。同じ銘柄で、一つは5年物、一つは10年物だった。
15年ものはと神谷が言うと、残念ながら今はないんですと村瀬は言ったが、本当は俺たちでは払えない程高いのだろうと真澄は思った。 薫が相手をしていた客が帰ると、薫は二人の所にやってきた。
「ふふ、いらっしゃい。きっと来てくれると思っていたわ。」
真澄の隣に腰掛けると、
「さあ、二人とも、飲んでいって頂戴。」と酒を進めようとした。
真澄が
「僕は、梅の花の話がしたいんですが」というと
「まあ、せっかちなのね。そういう話は後でゆっくりするものよ、さあ、まずは乾杯!」
薫はさすがに話術に長けた女で、二人の気をそらすことなく、それでいて、核心に触れる話はしなかった。
30分ほど話したが、情報が聞き出せないとわかったので真澄は帰る事にした。
だが、神谷はどうやら、まだ帰りたくないようだった。
そんな神谷を、また、来ればいいじゃないかと言って、引きずるように連れて帰った。
意気込んで乗り込んだクラブ「マスカレード」だったが、初回は空振りに終わった。

真澄は、2度、3度と通ううちに、「マスカレード」の客層が見えてきた。
そこそこの企業の管理職クラスが来ている事が多かった。
その中でも、いわゆる趣味人と呼ばれる人種が多いのもわかった。
彼らの服装や会話から、粋という忘れられた言葉を思い出した真澄だった。
マスカレードに集う男達の洗練された物腰や会話は総て、若い真澄の教師となった。
真澄は自然に大人の男のしぐさを身につけていった。
最初はブレザーを着て行っていた2人だったが、スーツを着て行くようになった。
軍資金は、真澄は給料を元手に株で設けた金、神谷は両親が死んだ時に出た保険金の一部を使って、やはり株で儲けた金だった。
もし、月影千草の手掛りがこの店で得られれば、店で使った金は、大都芸能の経費で落とせる。
真澄は、薫の情報がガセでない事を祈った。
やがて、神谷にリリアンという最初に山で会ったホステスが相手をしてくれるようになった。
リリアンは可愛い女で、22才という事だったが、もっと、幼く見えた。
酒を飲んで薫やホステス達、或は、客やバーテンの村瀬と話をして過ごした。
何度も通う内に二人はすっかりなじみの客になっていた。
だが、欲しい情報はなかなか手に入らなかった。


ひと月ほどたった或る日、結局騙されたのかも知れないと真澄が思い始めた頃、いつものウェイターがカウンターではなく椅子席に案内してくれた。
そこには先客がいた。
薫が、
「サーサン、こちらも、月影千草さんの大ファンなんですって!」
サーサンと呼ばれた男が、嬉しそうな顔をした。
「いやあ、お若いのに、紅天女をご存知なんですか?」
「いえ、実は、父が大ファンで、子供の頃から聞いて育ったもので。なんだか、僕まで大ファンになったみたいで。」
と真澄は如才なく返した。
「わかります、わかります。」そう言って、男は、えんえん、月影千草の話を始めた。
真澄が、それとなく、今はどこに行ってしまったのでしょうねと水を向けると
「そうやね、そういえば、わしの知り合いの映写技師が、この夏、見たと言ってましたがね。」
「え、ホントですかあ!一体、どこで?」と神谷が驚いて声を上げる。
「ああ、その男が務めている映画館に来たそうです。」
「それは、どこの映画館ですか?」と真澄が落ち着いて聞いた。
「仙台の○○シアターってとこですけどね。」
真澄は、やっと、月影千草の消息が掴めたのでほっとした。後は、この情報が正しいかどうか確かめるだけだった。

やっと、サーサンの月影千草の話が終わると、真澄は神谷と早々に帰ろうとした。
店の外まで送ってきた薫が真澄の耳元で囁いた。
「ねえ、ご褒美がほしいわ。今夜、この部屋に来て。いいでしょう?」
そう言って、メモを真澄の胸のポケットに滑り込ませた。
「いいですよ。では、またあとで。」
真澄は上機嫌で答えた。

神谷に、薫から誘われた話をすると、
「よし、これは、俺からのプレゼントだ。」
そういって、5〜6個連なったゴム製品を、ビローンと出して、真澄の手に握らせた。
「おまえは。いつもこんな物もって歩いてるのか?」
「ふっふっふ、常識だよ。ちなみに穴は空いてないからな。安心して使え!」
神谷はそう言って笑うと、じゃあな、俺は電車で帰るよと言って帰っていった。



指定された場所は、ホテルのシングルルームだった。部屋には、また、メモが置いてあった。
(なんだか、不思議の国のアリスだな。)と真澄は思いながら、メッセージを読んだ。


  置いてあるタキシードに着替えて、
  スィートルームに来て頂戴
  コロンと仮面をつけるのを忘れないで


机の上に、スィートルームのキーとコロン、ベッドの上にはシルクのタキシードと、、、そして仮面が置いてあった。

仮面は黒の羽毛で飾られていた。

真澄はシャワーをあびると、これからの行為を思ってコロンをつけた。
タキシードを着るとぴったりだった。その姿を鏡に映しながら仮面をつけた。
まるで自分じゃないみたいだと真澄は思った。

(なるほど、、、。
 これは儀式だ、自分ではなくなる為の。)

仮面をはずしポケットにいれスィートルームに向かった。
スィートルームの部屋の前で仮面をつけると、軽くノックをした。


スィートに入ると、薫が待っていた。
日の光で織られたようなドレスを身にまとい、白の仮面をつけた薫は、普段店にいる時よりも格段に美しかった。
まるで、お伽噺に出てくる光の女王のようだった。
「きれいだ」
真澄がそういうと
「まあ、嬉しいわ。」
薫が低いアルトの声で答えた。
テーブルには苺とシャンパンが用意してあり、柔らかなジャズが流れていた。
「乾杯しましょう。二人の初めての夜に」
真澄はシャンパンを飲み干すと、薫を抱き寄せ口付けをしようとした。
「ふふふ、相変わらず、せっかちねえ。まず、踊ってよ。」
真澄は黙って薫の体を抱いて踊った。
ふわりと薫の香りが真澄を包んだ。
「踊るのが好きなんだ。」
「ええ、好きよ。」
半分抱き合いながら、ただ、音楽に合わせて体を揺らした。
1杯のシャンパンで酔ったようだった。
酒には強い筈なのにと真澄は思った。
体が熱く火照ってきた。
真澄は薫の顔を上に向かせた。
仮面の奥の瞳に、真澄は暖かな海が用意されているのを知った。
真澄は口付けをした。舌をからませながら、ゆるゆると体を揺らした。
真澄は自分が何かに飲まれていくのがわかった。冷静に薫を抱くつもりだったのに。
気がつくと、薫のドレスのファスナーをゆっくりとおろしていた。
薫の足下にドレスが落ちる。
花のように美しい体が現れた。

ゴージャスなレースに包まれた乳房。
ガーターベルトがセクシーだ。

真澄は薫を抱き上げるとベッドに運んだ。
タキシードを脱ぎ捨て、仮面をはずすと、薫の体に身を寄せた。

彼女に口付けをする。紅い唇に。
そして、彼女を覆う小さな布きれを一つ一つ剥いでいった。

最後に仮面をはずした。
あでやかな笑顔が表れた。

枕に広がる黒髪。柔らかく白い乳房。肌理の細かい肌。

すいつくような肌と自分の肌を合わせた。

真澄は薫を知っただけでなく、薫に自身の体を教えられた。
薫に導かれて二人は何度も高みに昇っていった。


翌朝、目覚めると薫の姿はすでになく、メッセージが残っていた。


   ご褒美をありがとう!


真澄は、「ご褒美は俺の方だったな。」と一人ごちた。
部屋はすでに片付けられ、シングルルームに置いてあった筈の真澄の衣服だけが残されていた。
腕の中に薫がいない。それはひどく寂しい事だった。



家に帰ると、真澄はすぐに、月影千草の情報の裏を取った。
情報は正しく、千草は確かに夏には、仙台にいた。
早速、真澄は義父英介にその事を報告した。
「そうか、真澄、よくやった。」
「月影千草が映画館とは、ちょっと意外でした。」
「ふむ、やはり演劇関係から離れられないのかもしれんな。夏に仙台か。」
「どうします?」
「大都系列の映画館に注意するように言っておこう。今はそれくらいしか出来んな。」

義父英介は「マスカレード」の領収書を大都芸能の経理に回すように真澄に言った。
成果があがったので経費として落としていいという事だった。
真澄は正直、助かったと思った。カウンター席とはいえ銀座の一流所の酒代は、すばらしく高かった。

翌日、大学に行くと、神谷が薫との事を聞いてきた。
「俺、恋に落ちたかもしれん。」真澄が言うと、
「やっぱりな。おまえって、結構、生真面目だろ。だから、はまりやすいのさ。」
「ああ、そうだな。欲しい情報は手に入ったが、、、。」真澄はため息をついた。
「忘れろよ。情報の代わりにいい夢を見たんだ。」
そうだなと真澄が答えて、それでこの話は終りになった。

真澄は、薫との夜が忘れられなかった。
あの悦楽は、遠藤郁子との幼稚な行為を遥かに上回る物だった。
恐らく生涯決して忘れる事の出来ない素晴らしい夜だった。
だが、薫の事を考える時、いつも頭の中で警鐘が鳴った。
これ以上深入りするなと。

情報が手に入ったので、「マスカレード」に行く必要はなかった。
それに酒代が高くて経費で落とせなければ、個人ではとても行ける場所ではなかった。
「マスカレード」には真澄を利用しようとする人間がいなかった。そんな必要のない人々が集まっていた。
それだけでも、憩える場所だった。真澄はあの店の雰囲気が懐かしかった。

季節は冬を迎えていた。
クリスマスで賑わう街角で、真澄は薫を見かけた。
あの夜の香りが鼻先を掠めたようだった。
道路の向こう側を店のホステス達と共に歩く姿を真澄は目で追った。
すると、男が現れ薫に親しげに話しかけると、薫の荷物を持ち、共に車に乗った。
他のホステス達はそんな二人を見送っていた。車は何処へともなく走り去った。

真澄は、心がちりちりとあぶられるのを感じた。



続く      拍手する


Buck  Index  Next


inserted by FC2 system