この作品は「R15」指定です。性的表現を含みます。
 15歳未満の方、そのような描写に抵抗がある方はご遠慮ください。


 仮面をあなたに    連載第4回 




 速水英介は、クラブ「マスカレード」に来ていた。
英介は、店に入るとすぐにクラブ「マスカレード」が、うわさ以上の良い店だと実感した。
店内の雰囲気といい、従業員への教育といい、隅々まで行き届いた心配りが感じられた。
ここの所の真澄の変化が、この店にあったのだと合点がいった。
執事の朝倉から報告を受けていたので、薫がどういう人物か把握しているつもりだったが、実際に会ってみて、これほどの女が何故、真澄のような若造とつきあうのか真意を測りかねた。
英介は、薫に
「ずいぶん、うちの倅がお世話になったようで」と切り出した。
真澄との事を尋ねると
「まあ、おほほほ。何をお聞きになるかと思えば。私が真澄様とつきあいたいと思ったのは、男性としてとても魅力的だからですわ。他に理由はありませんわ。」
薫はにこやかに答えた。
「ご子息は大丈夫ですわ。お義父様のご期待を裏切ったりしませんわ。それに、御大の事ですもの。真澄様のスペアくらいご用意していらっしゃるのでしょう?」
「ふむ、これは慧眼の至りですな。確かに、あれが潰れるような事になったら、すぐにすげ替えられるよう準備はしているが。
 実は、あれがここまでやれるとは思っていなかったので私としては、真澄に継がせたいと思っているのですよ。
 率直に言おう。あなたは、真澄との結婚を望んでおられるのですかな?」
「まあ、おほほほ、もう少し、人を見る目がおありかと思っていましたわ。結婚など、とんでもございません。ただ、大人のお付き合いをしたいだけですわ。」
「これは失礼。ふむ、つまらない事を聞いてしまいましたな。わしも年をとりましたかな。」
「いいえ、お年というより、、、。
 何かに執着しますと判断を誤る事もありましてよ。どうぞ、お気をつけになられて。」
「いやあ、これは、一本取られましたな。あなたが、男なら後継者の一人にしたい所ですよ。」
「まあ、嫌ですわ。そんなに褒められては、何かお出ししないわけにはいかないじゃありませんか?」
そう言って薫は、ピンクシャンパンを持ってこさせた。紅梅を染め出したような色をした酒だった。
「ご子息と、御社の発展と、紅天女に、乾杯!」
「乾杯!」
英介は、薫の「御社の発展」という言葉に、薫の目的が大都との取引にあると合点がいった。
(それなら話が早い。バックについている企業も一流企業ばかりだ。どちらかというと技術系が中心のようだが。
千草の情報を持っている男を紹介してくれたのも、うちに取り入る為だろう。それなら、儂に直接取り入ればいい物を。
ふむ、、、。『将を射んと欲すれば馬を射よ』か。なかなか、切れ者だな。あのママは。
いいだろう、真澄をあれだけの男に仕上げてくれたのだ。逆に感謝したいくらいだ。せいぜい接待に使ってやるか)
「薫さん、私もこの店が気に入りましたよ。大都グループでこちらの店を贔屓にさせて貰いましょう。」
「まあ、ありがとうございます。大都グループに使っていただけるなんて夢のようですわ。」
そう言って、薫は優雅に会釈をした。
英介は勝手に薫の目的を憶測して納得して帰っていった。


薫は、父の勤めていた会社を、速水英介に潰された過去を持っていた。
薫の父は律儀な人間で、社長の為に必死になって働いていた。
様々な妨害にとうとう社長が力つきて自殺した後、その後始末に奔走した一人だった。
結果、体を壊し今は郷里で細々と農業を営んでいる。
あの時、英介が妨害をしなければ、薫の家は会社と共に発展し、薫も普通の人生を、地元の短大をでて結婚、幸せな家庭を持つという人生を送っただろう。
初めて、あの山頂で真澄を見た時、薫はすぐに、速水真澄だとわかった。
英介への復讐を目論んでいた薫は、英介の家族については調べ上げていたのである。
背が高くハンサムなのに、仏頂面をした真澄は薫の目にダイヤモンドの原石として映った。
最初は英介の息子に取り入り嫁となって自分の子供に英介の総てを受け継がせるという計画をたてた。
だが、真澄が養子とわかってその計画は没になった。
速水英介の事だ。きっと、真澄のスペアを用意している。薫はそう思った。
私と結婚したい等と真澄がいいだしたら、逆に真澄を切って捨てるだろう。
あの男はそういう男だ。
それなら、真澄を自分の思った通りの一流の男に育て上げ、英介の総てを受け継がせよう。
そうすれば私の復讐心も多少は納まるだろう。

だが、今日、英介と会って薫はもう一度自分の人生を考えてみた。
自分自身の美貌と才覚で、のしあがった人生。運が良かったとはいえ、並大抵の努力ではなかった。
今の自分があるのは、家が没落したからだった。没落したから這い上がろうと努力した。
普通の人生よりも何倍も面白い人生を薫が手に入れられたのは英介への復讐が原動力となったからだった。
そう思うと英介のやった事を許せるように思った。
英介は、ただ、ビジネスの成功を目指したに過ぎない。
そうは思っても、もし、真澄が大都の、英介のもつ総てを受け継いだら、さぞ、爽快だろうと思った。
(だって、真澄を一流の男に育てたのは私ですもの。
 英介は真澄を経営者にする為に育てたかもしれない。
 でも、私は一流の男を目指して育てた。
 あのダイヤモンドを磨いたのは私。
 クラブ「マスカレード」に誘い趣味のいい男達に引き合わせ、酒や服装、物腰、そして洒脱な会話。
 社交上必要な総てを教え訓練したのは私。
 女性と付き合う技術を実地で教えたのは私。
 たった一度の逢瀬で逃げようとした真澄を、リリアンと神谷を使ってホテルに来るように仕向けたのも私。
 ええ、自信を持って言えるわ。
 速水真澄を極上の男に育てたのは私よ。
 その真澄が、英介の総てを受けついだら、さぞかし胸がすっとするでしょうよ。
 真澄、がんばって。英介になんか負けないで。)
薫はそう心の中で真澄にエールを送った。

薫は仕事上、客と話した内容を他の客に話す事は決してしない。
情報のほしい人間には、情報を持っている人間を紹介はするがそこまでだ。
だから、英介がスペアを用意している事を真澄に言いはしなかった。
(その内わかるだろう。真澄は頭のいい人間だから。或は、もうすでに知っているかもしれない。)
薫はそう思った。



しばらくして、真澄は薫に電話をした。小さな不安をかかえて。
いつものホテルで会い、シャンパンを飲みながら、薫は真澄の様子に気がついた。
「どうしたの。可愛い人。」
「義父が、あなたと会ったと」
真澄は、心の不安を話したかった。だが、それは、薫を疑った事になる。
真澄は躊躇した。
「それで。」薫が促した。
「義父に言わせると、あなたが僕に近づいたのは大都との取引が目的だと。頭のいい女だと言ってました。」
「あなたはどう思うの。」
「以前、あなたに、何故、僕を誘ったのって聞いたら、抱きたいからって」
「ふふふ、人はね、特に頭のいい人は、こちらが黙っているといろいろ考えてくれるの。
 勝手に自分に納得する形で人の行動を解釈するわ。
 だから、私は出来るだけ黙っているの。
 真澄、あなたは私があなたを利用したと思う?」
「いいえ、でも、義父のいう事には説得力があって。」
真澄は薫を抱きしめた。
「僕は、どうだっていいんだ。あなたが僕を利用したって。だけど、義父があなたを貶めるのが嫌なんだ。」
「真澄、一つだけ教えて上げるわ。
 今わね。今だけは、あなた以外に恋人はいないのよ。あなたと最初の夜を過ごしてから。」
「薫!」
真澄はその言葉だけで十分だった。




その夜も二人は愛を交わした。
今までは、薫にリードされがちな真澄だったが、その日は違った。
ゆっくりと薫を頂点に押上げ、何度も高みに昇らせた。それから、自身も昇っていって果てた。
薫は、初めて、恍惚とした表情を浮かべて「真澄」と名前を呼んだ。




薫が真澄を愛していなかったかといえば、嘘になる。
真澄が薫を愛していなかったかといえば、やはり嘘になる。
仮面をつけたその下で二人は確かに愛し合った。
ただ、薫には真澄の心の奥深くにある冷たく凝り固まった氷を融かせなかったのだ。
もし、真澄が自身、英介へ復讐を目論んでいる事を薫に話せば、或いは、暗い愛情で結ばれたかもしれない。
だが、真澄はそうはしなかった。薫もまた英介への復讐心を真澄に話さなかった。
二人はただ、恋の愉悦に身をまかせ、刹那の楽しみに溺れる事を望んだのだ。
真澄がどんな美人女優を前にしようと決して心も体も動かされなかったのは、一重に薫のおかげだった。
若い男が陥りがちな性の落とし穴に真澄が落ちずに済んだのも薫のおかげだった。
二人の関係は、真澄が北島マヤへの愛を自覚するまで続いた。
極上の恋が、真実の愛に目覚めるまでの真澄を守ったのだった。




エピローグ


マヤとの結婚が決まった時、大都芸能の社長室にクラブ「マスカレード」から結婚祝いが届いた。
鷹宮紫織と婚約した時には、何も送ってこなかったのにと真澄は不思議に思った。
真澄が箱を開けると、中から、1着の真新しいタキシードが出て来た。
袖を通すとぴったりだった。
胸ポケットにメッセージカードが入っていた。


  婚約おめでとう!


薫のアルトの声が頭に響いたように思った。
カードに小さく刻印された白い仮面に真澄が気がついた時、カードから微かな香りがした。
その香りの名は「初恋」。



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