この作品は「R15」指定です。性的表現を含みます。
 15歳未満の方、そのような描写に抵抗がある方はご遠慮ください。


 仮面をあなたに    連載第3回 




(あの男は誰なのだろう。
 親しそうだった。
 そういえば、ロイヤル・シェークスピア劇団の団員とも親しそうにしていた。
 きっと、お客だ。
 彼らも俺と同様に彼女とあのスィートルームで夜を過ごしたのだろうか?
 彼女は水商売の女だ。
 商売の為に体を武器に使う事もあるだろう。)

真澄の目の前に、薫の肢体が浮かんでは消えた。
真澄の妄想は、とめどめもなく暴走しはじめていた。

「おい、寝てるのか」
神谷が肩を揺さぶっていた。
「え? 俺!」真澄は寝ていたようだった。
「もうすぐ、スキー場だぞ。」
「ああ、そうだな。」
真澄と神谷は、冬休みを利用してスキーに来ていた。
大都の仕事は会社が休みに入ったので、真澄も休みを取り2泊3日のスキーに行く事にした。
正月に家にいても速水の親戚が集まり、一つとしていい事がないのでさっさとスキーに行くといって出て来た。
最初に行った有名スキー場は大賑わいで、人をよけて滑るのが大変だった。
思ったように滑れないのがわかったので、他のあまり知られてないスキー場に行く事にした。
ところが、神谷が道に迷ってしまった。
「おまえ、まさか、地図が読めないとか言うなよな。」と真澄がいうと
「すまん、地図を逆さに見ていた。」神谷が申し分けなさそうに言った。
車は山中に入り込んでいた。しばらく車を走らせ、標識か何かを探そうとしたが見つからなかった。
山の天気は変わりやすく、さっきまで晴れていたのに、いつのまにか、空が真っ暗になり、雪が舞い始めていた。
「まずいな」神谷が言った。
「ああ、そうだな、ガソリンも少なくなって来たし。立ち往生する前にどこかで電話を借りるか」
ちょうど、その時、右手が大きく開け、別荘らしい建物が見えて来た。
道なりに行くとその建物で道は終わっていた。
別荘だと思ったのは、プチホテルだった。
早速、ホテルのフロントに部屋の空きを尋ねると残念ながら貸し切りでと断られた。
仕方がないのでガソリンスタンドの位置を尋ねて帰ろうとしたら、窮状を見かねたフロント係が借り主が帰ってきたら、シングルの部屋で良ければ1室空いているので貸していいかどうか聞いてみましょうと言ってくれた。

フロントで待っていると、真澄は視線を感じて振り返った。
そこに、薫が立っていた。スキーウェアを着た薫は、店で見るより若く見えた。
「まあ、奇遇ねえ。」薫が言った。
「これはこれは」神谷が嬉しそうに言った。
「ご無沙汰してます。」真澄が生真面目に答えた。
薫の後ろには、マスカレードのホステスや従業員達がいた。
「はーい、神谷」リリアンが嬉しそうに手を振り
「お正月はいつも、このホテルで過ごすのよ。」と言った。
プチホテルを借り切っていたのは薫達だった。
フロント係が、真澄達の窮状を説明すると、薫は快く承知してくれた。
「ふふふ、後で、夕食の時に会いましょうね」
そう言って薫達は階段を上っていった。
神谷と速水の部屋は3階の北側の部屋で、シングルの部屋だったが、ソファーベッドをいれるとなんとか2人泊まれた。
部屋は狭かったが、食事は旨かった。大晦日だったので、年越しそばがでた。後は宴会となった。
薫は
「さあ、私は先に休むわね。みんな、ほどほどにしておくのよ。」
そう言って先に2階へ上がっていった。
ホステス達は、ママがいなくなったので、多いに羽を伸ばし始めた。
薫は自分がいない方が、ホステス達が遊べるのを知っていたので、先に席を外したのだった。
ホステス達は、神谷の冗談に笑い転げていた。ワインの空き瓶が5本、10本と並ぶ頃には、皆、酔いつぶれていた。
真澄だけが、薫を思って酔えないでいた。皆が酔いつぶれた頃、真澄はそっと、2階へ上った。

薫の部屋の前で、真澄は少し躊躇した。
断られるかもしれないと真澄は思った。
だが、もう一度薫の体に溺れたいという思いの方が強かった。
真澄はドアをノックした。
「どなた?」という薫の声がした。
「僕です。」と真澄が答えると薫がドアを開けてくれた。
真澄を招じ入れると
「来てくれると思っていたわ。」
そう言って、薫は真澄を抱きしめた。
真澄は薫を抱き上げベッドに横たえた。そして、愛おしそうに口付けをした。
会えなかった時間を埋めようとするかのように。

やがて、薫は、そっと、真澄を押しやると、唇に指を当て
「どうしてたの。電話もくれないで。」といった。
「何故って、僕はご褒美でしたからね。ご褒美って普通1度だけでしょう。」
「まあ、言うようになったわね。」
「ずっとあなたに会うのを我慢していた僕に、今度はあなたからご褒美をくれませんか?」
薫は謎めいた微笑みを浮かべると何も言わずに真澄のカーディガンのボタンを外した。



真澄が薫の着ている物を一枚づつ剥ぎ取って行くとあの時と同じ美しい体が現れた。
「きれいだ」真澄はそう言って、薫という海に溺れていった。
真澄は何も考えられなくなった。
腕の中に薫がいる。それだけで良かった。

やがて、行為が終わると、薫は、満ち足りた眠りに落ちて行く前に
「明けましておめでとう」と真澄の耳元で囁いた。
真澄は、穏やかな笑顔を浮かべながら「おめでとう」と返した。

その夜、薫の隣で眠った真澄は、翌朝目覚めたら、また、薫がいなくなっているのではないかと心配だった。
こんな山の中から薫がいなくなるわけがなかったが、それでも、不安だった。
目覚めた時、薫が変わらず隣で寝息を立てているのがわかると何故かひどくほっとした。
目覚めても薫がいる。それだけで心の中が満たされた。



元旦のスキー場は、客が少なく空いていて滑りやすかった。
薫はスキーも上手で真澄といっしょに、滑るのを楽しんだ。
真澄は薫と共にする総ての事柄が新鮮で楽しかった。
二人でリフトに乗った。
二人でシュプールを描いた。
二人で雪合戦をした。
(きっと、恋人同士ってこんな感じなんだろうな)と真澄は思った。
他のホステスや従業員達は、そんな二人の様子を見て見ぬ振りをしてくれた。
神谷は神谷でリリアンを口説くのに忙しかった。

夜更け、真澄は薫の部屋を尋ねた。
行為が終わった後、
「明日、東京に帰ります。」と真澄がいうと
「そう、楽しかったわ。」と薫が答えた。
「それだけ」真澄はちょっと寂しそうに言った。
「ふふふ、他に何を期待しているの。」
薫にそう言われると、確かに自分達の間にあるのは刹那的な悦楽だけなのだと寂しく思った。
「私と楽しみたくなったら、電話をちょうだい。仮面の用意をしてあげるわ。」
「仮面か。何故、仮面を。」
「別人になって恋をしたいから。」
「確かに、別人になれるけど。どうして恋をするのに別人にならないといけないの。」
「ふふふ、聞きたがりやさんね。」と薫ははぐらかした。
「今度はいつ会ってくれる?」
「ふふふ、そういう台詞はね、女に言わせるのよ。たくさんの恋をしなさい。あなたには素質があるわ。」
「あなたもたくさんの恋をしてきたの。」
薫はだまって微笑んだ。それは、肯定の返事であり、それ以上聞いても無駄だという微笑みだった。
「どうして、僕を誘ったんです?」
「抱きたかったから。」
もし、薫が真澄に「愛しているから誘ったのよ」といえば、或は、真澄は薫を真実、愛したかもしれない。
だが、たくさんの恋をしてきた薫にはわかっていた。真澄と人生を共に歩くのは自分ではないと。

真澄は薫のあからさまな答に二の句がつげなかった。
「普通、女の人って、好きな男とこういう事をするのかと思ってた。男は好きでなくても出来るけど。」
「あら、真澄の事、好きよ。でも、あなたのいう好きって、愛してるって言う意味でしょう。」
「言葉だけでも、言ってほしかったな、愛してるって。」
「あなたに嘘をつきたくないわ。」それが薫の真心だった。

真澄はずっと聞きたかった事を聞いた。
「以前、あなたが見た事のない男に買い物袋を預けて、一緒に車に乗って行くのをみたんだ。
 あれは誰?」
「いつ頃かしら」
「クリスマスの少し前。」
薫は、思い出すように小首をかしげた。それから、ぱあっと顔を輝かせて
「まあ、あれは、おほほほ。」
薫は笑いころげた。
真澄はむっとして、さらに、薫を笑わせようと薫の体のあちこちをくすぐり始めた。
「やめてえ、ほほほほほ」
薫は笑い過ぎて息も絶え絶えになりながら言った。
「兄よ。兄が東京に出て来たから一緒に買い物に行ったの。」
真澄は、胸のつかえが取れたように感じた。よほどほっとした顔をしたのだろう。
「だめよ、そんな風にすぐに気持ちを顔に出しては。つけこまれるわよ、悪い大人に。」
と薫に嗜められた。
「あ、あなたの前だけですよ。」と真澄は照れくさくてそっぽを向いた。
薫は真澄のあごを指で持ち上げてこちらを向かせると
「可愛い人!」
そういって口付けをした。その口付けが真澄の体を再び燃え上がらせた。
もう一度、真澄は薫の体に溺れて行った。



スキー旅行から戻ると、真澄には、相変わらずの生活が待っていた。
だが、薫との逢瀬が、真澄を明るくしていた。
義父への暗い復讐は心の奥底に封じ込め、表面は、穏やかな顔をするようになった。
「おまえ、変わったな。」或る日、神谷がそう言った。
「そうか」
「ああ、明るくなった。おかげで、ほれ、お前に渡してくれって、また、頼まれた。」
そう言って、神谷は、ラブレターの束を出した。
「言ったろう、おまえって、仏頂面をやめるともてるって。」
「ああ、そうだな、だが、もてるようになったのはそれだけじゃないさ。」真澄は笑って答えた。
「へえ、なんか秘訣でもあんのか。」
「女ってのは、他人のものに目がないのさ。俺に他の女の香りを読み取るんだろう。」
「へえー、そうなのか?」神谷が目を丸くした。だが、しばらく考えて
「そうかな、やっぱ、女を物にするのはジョークだぜ。」と言った。
「ああ、滑らなきゃな。」真澄がそういって笑うと神谷も笑った。
真澄は神谷に
「おまえ、あの時、道に迷ったって言ってたけど、嘘だろ。」
「えーっと、なんの話かな?」
「リリアンに聞いて知ってたな。マスカレードのみんながあのプチホテルで毎年正月を過ごすって。」
「はっはっは、気がついてた!」
「ああ、わかったとも。何年つきあってると思ってるんだ。」
「騙して悪かったな。おまえ、クリスマスの頃、落ち込んでいただろう。元気づけるには、彼女に会うのが一番だと思ってな。」
「ああ、おかげで、浮上できたさ。感謝してるよ。」



一方、速水の屋敷では使用人達が、噂をしていた。
真澄が、ほれぼれするようないい男になったと。
物腰に粗雑さが無くなり、落ちついた動作になっていた。
スーツを来ても、以前はスーツに着られているという感じが否めなかったが、いつのまにか着こなすようになっていた。
大学にはラフな服装でいったが、大都芸能に行く時にはスーツに着替えた。
スーツとワイシャツ、ネクタイの組合せが、若々しさを残しながらいつのまにか趣味のよい組合せになっていた。
成人式の日、速水家で用意されたスーツを、真澄は着た。
ぴたりと決まったその姿を執事の朝倉は感動を持って見上げた。



真澄は、どうしても会いたくなった時だけ、薫に電話をした。
そして、薫の指定したホテルに行きタキシードに着替え仮面をつけた。
二人だけの仮面舞踏会だった。
薫はその時々で衣装を変えた。
ある時は、黒のドレスを着て夜の女王になった。
ある時は、青のドレスを着てポセイドンの娘となった。
ある時は、タキシードを着て男装の麗人となった。

そして、最後はいつも只の男と女になった。



春になって、真澄は、接待で、クラブ「マスカレード」を利用する事になった。
久しぶりに来た真澄を見て、バーテンダーの村瀬は、目を細めて見惚れた。
真澄は薫が他のお客の相手をしているのを見るのが辛いだろうと思っていたが意外に冷静に見る事が出来た。
真澄は薫にしろ誰にしろ、自分の感情を切り離して見られるようになっていた。
一度だけ、薫が他のお客の耳元に何か囁くのを見た時、真澄は手に持っていたブランデーグラスを割った。
ウェイターが、グラスにひびが入っていたのでしょうと取り繕ってくれた。
真澄は、苦笑しながら、こんなミスは2度としないぞと誓った。
この誓いは北島マヤが里美茂との初恋宣言をするパーティの席上までは、破られる事がなかった。

男として成長した真澄を女達がほって置く訳がなかった、
真澄は、言い寄ってくる女達の中から、後腐れのない女を選り分けた。
たくさんの恋をしろと薫が言っていた。真澄はその通りにした。
やがて、真澄は女の扱い方がうまくなっていった。
ほとんど、無意識に女を口説き物に出来るようになった。
別れる時も鮮やかだった。相手の女にはいい思い出だけを残してやるようにした。
だが、それも、学業や仕事が忙しくなってくるとやめた。
女や性への興味は十分満たされていた。
それに、薫ほどいい女は二人といなかった。
真澄にとって女は狩りの対象であり、愛情を求める事はなかった。
誰も愛さない、誰からも愛されようと思わない。
あの冷たい海の出来事が真澄から真実の愛を遠ざけていた。

執事の朝倉は真澄の女性関係を危惧して英介にそれとなく水を向けると、
「ほおっておけ。女で失敗するようなら、放り出す。それだけの事だ。」
と言っただけだった。
ただ、クラブ「マスカレード」のママ、薫の事だけは自分でチェックしなければと英介は思った。



続く      拍手する


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