恋物語    連載第12回 最終回 




 8月、キッズスタジオでは「紅天女」一真役のオーディションがおこなわれていた。
谷崎透をはじめ、里美茂、真島良。「二人の王女」ユリジェス役の俳優。桜小路に負けた赤目慶。
その他多くの人々が一真役を目指している。
審査員は黒沼を始め、演劇協会の人々である。
会場は熱気に包まれていた。


速水は伊豆から東京に戻ると里美の事務所に働きかけ、里美の闘争心を煽った。
里美自身から、一真役のオーディションを開いてほしいと演劇協会に言わせたのである。
里美茂の事務所は難色を示したが、里美自身の強い要望でオーディションが開かれた。

「僕は北島マヤさんの初恋の相手だから一真役に選ばれたとは思っていません。
 一真をやるに相応しい俳優だから選ばれたと思っています。
 しかし、昨年、あれだけ大規模な試演が行われて一真役が選ばれた経緯を考えると
 再度オーディションにて選考されるべきと考えました」

里美は記者会見でこう述べた。


谷崎は一真役のオーディションが発表された時、速水の意図を理解した。
それが、速水独特の礼の仕方なのだと……。
最愛の女へ告白するきっかけを作ってくれた男へのそれが礼なのだと。
また、言外に一真役が欲しければ実力で勝ち取れというメッセージが含まれているのもわかった。
オーディション会場に向かいながら谷崎は闘志を奮い立たせていた。


同時刻、速水は機上の人となっていた。
速水はマヤの撮影先、北海道、稚内に向っていた。
北の海に浮かぶ利尻富士をバックに撮影が行われている。速水は紫のバラの花束と指輪を持っていた。
ただ、一言、結婚しようと言う為に……。

そして、速水は知らない。
マヤが既に「紫のバラの人」が誰か知っており、速水が自ら名乗ってくれるのを待っている事を。


あの夏の日。
マヤは速水と谷崎を置いて夢中で走り出していた。別荘への坂を駆け上がる。

――きらい、きらい! 速水さんなんて、大っきらい!
  ……ううん、好き、大好き……

涙が後から後から流れた。

――速水さん、私の気持ち、わかったかしら? きっと、わかったんだ。
  もう、速水さんに相手にして貰えない。
  私の気持ちなんて迷惑なだけ! 迷惑なだけだもの!
  もういい、もう、何もかも、どうでもいい!
  速水さんを失った! 壊れてしまった!
  速水さんとの……、速水さんとの……、幸せな時間……
  もう2度とあんな幸せな時間は持てないんだわ。

泣きながらマヤは走った。涙で前がよく見えない。あっと思ったら遅かった。マヤはこけていた。ビーチバックの中身が辺に散らばる。マヤは泣きながら拾い上げた。

一方、速水は谷崎からマヤの気持ちを聞かされ動転していた。思わず本音を言っていた。「俺は相応しくない」と。
だが「紫のバラの人」と言われ我に返った。いつもの速水真澄の仮面をかぶる。
いや、かぶったつもりだった。
谷崎が「もういいです!」と叫んで駆け出したその背中に、既視感(デジャビュウ)が襲った。いつか見た桜小路の背中。
イタリアンレストランでマヤが川に落ちた時、マヤを助けたのは桜小路だった。
川から助けられたマヤの手から落ちた紫のバラ。打ち捨てられた紫のバラ。
いつかマヤは紫のバラに別れを言うのだろう。紫のバラよりも大切な、誰か他の男との愛に目覚め、紫のバラを忘れるのだろうと速水は漠然と思っていた。
谷崎からマヤの気持ちを指摘されても信じられなかった。
だが、速水はマヤがこけた途端に体が勝手に動いていた。

――マヤ、走るな! こけるじゃないか!
  マヤ! 君が他の男の物になるなんて耐えれない! わかっていたのに!
  君が俺を好きだなんて! どうしても信じられなくて! 俺は……。

こけたマヤに追いついた速水は、マヤの側に跪いた。

「速水さん……」

マヤは速水を見上げた。涙でくしゃくしゃの顔を速水に向ける。
速水はマヤを抱き上げようと手を延ばした。その手をマヤが払いのける。

「いや、あっちへ行って! 速水さんなんて、速水さんなんて……」

速水はマヤの手を掴み強引に抱き上げた。

「あ!」

マヤが速水をつっぱねる。暴れるマヤを速水は抱き締めた。マヤは抵抗するのをあきらめた。速水の背中に腕を回す。
マヤの目から涙がはらはらと流れる。

「俺を好きか?」

マヤの耳元で速水が囁く。マヤは速水の肩に顔を埋め小さく頷いた。

「俺も好きだ、ずっと昔から……」

「それは……」

泣きながら囁くマヤ。

「それは……、女優として……ですか? あたしが、上演権を持っているから……? それとも、それとも……」

「君を……、君の何もかもを……」

速水はマヤを抱き締めた腕に力を込めた。マヤは泣いた。マヤの体が嗚咽で震える。

「ずっと、君が好きだった……。ずっと、君を見て来たのに……、それなのに、俺は君の気持ちに気が付かなかった。俺は君が俺を好きになってくれるとは夢にも思ってもいなかったんだ。マヤ……」

速水はマヤの背中を愛しげに撫でる。

「君が他の男の物になるなんて……、俺は、俺は、耐えられない。それなのに……、素直に言えなかった」

「速水さん!」

「マヤ、君を誰にも渡したくない……、誰にもだ! 俺一人の物にしたい。君を愛している……」

速水はマヤをきつく抱き締めた。マヤもまた抱き返す。
マヤは速水を見上げた。見上げた速水の瞳の奥にはマヤ一人が写っている。
震える唇と唇。
そっとふれあう二人の唇。
二つに別れた一つの魂が今また巡り会った。
熱い太陽が二人を見ていた。






あとがき


最後まで読んで下さってありがとうございました。
今回、2011年年末スペシャル16万ヒット記念キリリクのお題作品でした。
お題を出して下さったM様、素敵なお題をありがとうございました。
お心に添えるような作品でしたでしょうか?喜んでいただけるとうれしいです。


M様のお題
・紅天女試演後のお話(マヤちゃん亜弓さ んどちらが勝っていてもいいです)
・速水さんが紫織さんとの婚約を解消 して独身。でもまだマヤちゃんには告白していない。
・速水さんは婚約前 と同じくらいクールで女性にモテモテ
・マヤちゃんは一般人から見てもと っても女らしく可愛くなって、 こちらも男性(桜小路君じゃなく)にモ テモテ
・ということで、色々行き違いはあるけれど、最終的には速水さん がカッコ良くマヤちゃんに(紫のバラ抜きで)告白してハッピーエンド
・ マヤちゃんが紫のバラの人のことを知っていることを速水さんが知るのは最後 の最後か、婚約解消した時か・・どちらでもいいです。
・麗か新キャラが 出ると嬉しいです。
・かなりありきたりな正統派少女マンガ路線で すが、よろしくお願いします。
難しいようでしたら、条件が全部入らなく てもいいです。

以上だったのですが、今回のお題で難しかったのは、「色々行き違いはあるけれど、最終的には速水さん がカッコ良くマヤちゃんに(紫のバラ抜きで)告白」の部分でした。
速水さんは自分から決して口を割らない人なんですね。心に鎧をしっかり着ている人ですから。
唯一、速水さんの心の鎧を焼き滅ぼしたのは、アストリア号での夜明け、マヤの阿古夜による告白だけなのです。
マヤという天才が真実の気持ちを阿古夜の演技を通して速水さんに語りかけた時、初めて、速水さんの心の鎧が焼き尽くされ、速水さんの真実の気持ちを引き出したのです。
私ごとき字書きが先生以上の告白シーンを書ける訳がありません。ありませんが、がんばって見ました。
また、婚約解消との条件だったのですが、マスマヤの気持ちに焦点をあてたかったので鷹宮紫織は亡くなった事にしました。
また、「色々行き違い」の部分をちゃんと書こうとしたら長編になってしまいました。
他のゲッター様より随分長くなってしまって申し訳ないなあと思ったのですが、そういう事情ですので何卒ご容赦下さいませ。

読者の皆様に楽しんでいただけたら嬉しいです。

感謝をこめて!




     web拍手 by FC2       感想・メッセージを管理人に送る


Back    Index    


inserted by FC2 system