恋人   連載第10回最終回 




 鷹宮紫織は激怒していた。
速水真澄との婚約解消の原因となったあの新聞記事。
以来、事ある毎にお琴仲間から揶揄される。


「まあ、婚約を解消されたのですって……
 それは残念でございましたね。
 せっかく、女性のあなたの方からお誘いしたのに……
 ほーっほっほっほ」

「失礼な! 私の方から解消したのですわ。
 あの方が恐ろしい方だとわかったから婚約を解消したのですわ!」

「まあ、そうですの。
 男性に積極的な方の琴の音色は艶っぽいですわねぇ。
 おーほっほっほ」


こんな当て擦りを言われる度に紫織はぎりぎりと歯噛みした。
ただ唯一の救いは、真澄が言っていたように、紫織の方から婚約を解消した事だった。
真澄から婚約を解消されていたら、もっとひどい事になっていただろう。
それでも、真澄に対する憎悪は消せなかった。
可愛さ余って憎さ百倍。

――真澄様、優しい方だと思っていたのに……。
  あの男を滅茶苦茶にしてやりたい。
  でも、無理、あの男は恐ろしい男だもの。
  ……でも、あの男がほしがっている物は滅茶苦茶に出来るわ。
  『紅天女』を、北島マヤをずたずたにしてやりたい。

鷹宮紫織は、北島マヤに会いにキッズスタジオへ出かけたが、日曜で休みだった。
仕方なくマヤのアパートへ向う。
時刻は夕方。まもなく日が沈むだろう。
アパートの近くまで来ると、派手なスポーツカーが紫織の車を追い抜いて行った。
よく見ると、速水真澄と北島マヤが乗っている。
紫織は唖然とした。

――なんなの、あれは?
  あの二人!
  やっぱり、やっぱり、船で何かあったんだわ!
  くやしい!
  いいわ、見てなさい。
  許さないんだから!

紫織はマヤのアパートの近くに車を止めさせ、般若の形相でスポーツカーの真澄とマヤをしばらく睨みつけていた。
そして、ある計画を思いついた紫織は自宅へと帰って行った。


 鷹宮紫織が恐ろしい企てを実行に移そうと画策しているとも知らず、北島マヤは「紅天女」に取り組んでいた。
監督の黒沼は、マヤの演技に深みが増した事を喜んだ。
マヤが本物になると、皆が引きずられた。皆が本気になった。
見事にリアルな「紅天女」が出来上がっていた。

そして迎えた試演の日。
試演会場は汐留駅跡地に設けられた仮設テントの中だった。
観客席は1000席ほどである。試演という事で座席数は限られていた。
舞台の裏は楽屋になっている。舞台正面向って右が小野寺組。左が黒沼組だった。
ロビーにはたくさんの花が届けられていた。
テレビ局は大々的に宣伝し、「紅天女」の試演を盛り上げた。
試演会場の外には多くの人が集まり会場内の様子を映したモニターの前に群がった。

そして、ついに芝居の幕は上がった。
二組の試演が行われ、試演会場は拍手にどよめいた。
審査の結果、マヤが紅天女主演女優に選ばれた。

そして総てが終わり誰もいなくなった舞台の上で、速水真澄は北島マヤと会っていた。紫のバラの花束を抱えて……。

真澄がプロポーズの言葉を口にする。
マヤの笑顔は泣き笑いへと変わった。

「マヤ、返事は?」

「あたし、あたし、真澄さん!」

マヤは真澄を抱きしめ耳元で囁いた。

「いいの? いいの? ホントにいいの? あたしなんかが真澄さんの奥さんになって?」

「君でなければだめなんだ。……マヤ、結婚しよう、二人で共に生きよう……」

マヤはうれし泣きに泣きだした。

が、その時、ドンという音が響いた。
舞台が揺れる。
照明が消え暗闇になった。きな臭い匂いがあたりに立ち込める。

「真澄さん! 今のなに?」

「わからない、だが、ここは出た方が良さそうだ」

真澄はすぐに出口に向おうとした。
携帯を出して灯りのかわりにする。

ドン!

もう一度、地響きがした。どこかで何かが爆発したようだ。
舞台上手から火の手が上がった。

「マヤ!」

真澄とマヤは走って観客席へ逃げた。

ガシャーン!

振り返ると、今、二人がいた場所に照明器具が落ちていた。
後一歩逃げ遅れていたら、二人は大けがをしている所だった。

「マヤ、こっちだ!」

真澄は劇場の非常口から逃げようとマヤを庇いながら走った。
その間も火の勢いが増して来る。
その時、逃げようとした先の非常口が開いた。
そこに、燃えさかる炎をバックに鷹宮紫織が立っていた。
手にライフルを持ち真澄にぴたりと照準を合わせている。

「真澄さま!
 よくも私を貶めてくれたわね。
 許さない! 許さないわ!」

「紫織さん! そのライフルはどうしたんです!」

真澄はマヤを後ろにかばった。
かばいながら囁いた。

「マヤ、座席沿いに逃げろ」

「動かないで! マヤさん、動くと真澄様を撃つわよ!
 私はこれでも、銃刀法の免許を持っているの。箱根の別荘で、よく雉子を撃ったものですわ。
 あなたはご存知なかったでしょうけど……」

「……」

「真澄さま、何故、私にプロポーズなさいましたの?
 あなたの心に私はいないって、私、申し上げましたのに! ひどい!」

「紫織さん、すまない、本当にすまないと思っている」

「嘘よ、あの記事、あんな記事をかかせて……」

「それは、君が僕の別荘からマヤのアルバムを勝手に持ち出しびりびりに裂いてマヤに送り返したからだ。
 その上、君は僕を罠にはめた!
 ああしなければ、僕はあなたと無理矢理結婚させられていた」

「あの記事のおかげで、私がどれだけ恥をかいたとお思いになるの!
 許さない、許さない!
 ここで焼け死ぬがいいんだわ! 恋人と二人、本望でしょうよ」

紫織は真澄の足に狙いを定め引き金を引いた。
真澄はマヤを庇いながら、さっと座席の影に隠れた。

チュイーン!

真澄の耳元に銃弾の音が聞こえる。
試演会場は、仮設のテントが張られた会場である。
関係者は総て、受賞パーティの会場へ移動していた。
誰も残っていなかった。

「あなたはマヤさんを何年も愛して来た。
 それなのに、私にプロポーズして捨てたんだわ。
 僕だけを見ていなさいとか調子のいい事を言って私を夢中にさせて!」

真澄は座席の影から答える。

「すまない、紫織さん、
 僕はこの子の母親を死に追いやった。
 この子が僕を愛してくれる事はないと思ったんだ。
 マヤをあきらめようとしたんだ。
 決して初めからあなたを騙すつもりはなかった。
 頼む、紫織さん、許してくれ」

紫織がハイヒールの音を響かせながら、ゆっくりと近づいてくる。

「だめよ、許せない!
 許せないわ!
 さあ、隠れてないで出て来なさい!」

真澄とマヤが手をあげて隠れている所から姿を現した。

その時だった。
ずずっという音と共に天井板が紫織めがけて落ちて来た。

「あぶない!」

マヤが咄嗟に紫織を突き飛ばしていた。

ドーン!

天井板の下敷きになるマヤ。

「マヤァ!」

真澄は半狂乱で、マヤの上に落ちた天井板をどけた。
マヤは座席と座席の間にはさまり、なんとか、無事だった。
紫織が青ざめた顔で見ている。
真澄に助け出されたマヤが叫んでいた。

「紫織さん、お願い、速水さんを許してあげて。
 あたしがもっと早く速水さんの気持ちに気がついていたらこんな事にはならなかった。
 ごめんなさい。
 あたしのせいなの」

青ざめた紫織が、肩で息をしながら切れ切れに言葉を紡ぎ出す。

「あなたは!
 あなたって子は!
 どうして、そんな風になれるの!
 何故、自分を殺そうとした相手を助けられるの!
 私があなたのバックに指輪を入れてわざと泥棒にしたのよ!
 どうして、そんな相手に情けをかけられるの!」

「そんなの、そんなの、知らない!
 あたし、ただ、危ないって……。
 とっさに体が動いただけ」

回りには煙がたちこめ始めていた。
早く脱出しなければ3人ともあぶない。
真澄は放心した紫織から銃を取り上げた。

「さ、紫織さん、行きましょう。
 あなたには、必ず償いをする。
 マヤ、行くぞ!」

3人は無事、炎の中から脱出した。
その後、警察や消防から質問を受けたが、速水が如才なく対応した。
もともと、仮設テントは撤去する予定だった。
けがや死人も出なかった事もあり、事件は速やかに漏電による事故として処理された。
実際は紫織の手によってフラワースタンドに仕掛けられた火炎瓶が爆発しての火災だった。



エピローグ



鷹宮紫織は、その後、ヨーロッパへと旅立って行った。
後に、紫織は真澄に手紙を書いた。
その手紙は謝罪に始まり、次のように締めくくられていた。

「――もういいのです。結局、私はあの子の人としての大きさに負けたのですわ。
   さようなら、お幸せに――」



速水真澄は、大都芸能の社長室で北島マヤを待っていた。
上演権の交渉の為である。
が、本当の目的はマヤからプロポーズの返事を貰うためである。
真澄は指輪を取り出した。紅梅色したルビーの婚約指輪。

――この間は紫織さんのおかげで、マヤの薬指にはめられなかった。
  今日こそは、何があっても、この指輪をはめるぞ。

真澄が固い決心をしていると、社長室のドアをたたく音がした。
水城がマヤを伴って入ってきた。

「社長、マヤちゃんですよ」

水城の影からマヤがひょいと顔を出す。
水城がさった後、マヤは照れくさそうにソファに腰を降ろした。

「あ、あのね、真澄さん……」

マヤが真澄に声をかける前に真澄が動いていた。
マヤの前に跪くと、左手を取る。
するりとマヤの薬指に指輪をはめていた。

「ま、真澄さん!」

「契約成立、君は生涯、俺の物だ」

真澄は嬉しそうに宣言した。

「まだ、結婚するって言ってないのに……」

真澄が一瞬不安そうな顔をした。

「断るのか?」

「え! ううん、あたし、あたし、真澄さんのお嫁さんになる」

「マヤ!」

真澄はマヤを抱きしめ、口付けをした。






あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。
今回はなんといってもロードスターをだせたのが嬉しかったです。^^
何度も同じ話を書いていると、今度はどんな結末にしようかと毎回悩みます。
それでも、ハーレクインのようにいつも二人はハッピーエンド。
これは変わらない。^^

たくさんの拍手コメント、ありがとうございました。




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