恋人   連載第9回 




 翌朝、朝の光の中で、マヤは目覚めた。
そこここに、真澄が愛した跡が残る。
マヤは真澄の眠る横顔を見つめた。

――阿古夜もこんな風に一真を見つめたのかしら?
  二人も口付けをしたのかしら? 愛し合ったのかしら?
  ……もちろん、愛しあったんだ。
  だから、阿古夜は神力を無くすんだ。
  愛しい男の愛が阿古夜の神性を汚したんだろうか?
  違う、阿古夜は天上の喜びを知ったんだ。
  天上の喜びが、阿古夜を普通の女にしたんだ。
  魂の片割れと一つになる喜び……

マヤはするりとベッドを抜け出した。
マヤの身じろぎに真澄もまた目を覚ます。
マヤは真澄のガウンを羽織った。

「マヤ……?」

真澄が見守る中、マヤに阿古夜が降りて来た。

「ほら、おまえさま、聞こえませぬか?
 ここは音楽の満ちる郷……」

真澄の目の前で、阿古夜が演じられる。
朝の、日の光の中、阿古夜は一瞬天女となった。

――マヤ……
  俺は、どれくらいこうやって、君がするりと役になる所をみるのだろう。
  さなぎが蝶になるように、羽化する君……

真澄がパンと手を打った。

「あ……」

マヤはマヤに戻った。

「真澄さん……」

マヤは、もう一度、真澄の隣に潜り込む。
真澄の裸の胸に頬を擦り寄せる。

「阿古夜になっていたのか?」

「うん……」

真澄はマヤの髪を撫でた。

「さ、起きよう……」

「いや! もう少し……このままで……」

「どうした? 俺は逃げたりしないから……」

「でも、でも……」

マヤは真澄の胸にすがる。

「……また、すぐに会える」

「会えるけど……、こんな風にはもう……」

「マヤ、抱いてほしければ、連絡しろ、メールでも電話でも。社長室に押し掛けて来てもいいぞ。
 俺の心臓の音を聞かせてやろう」

「真澄さん!」

「逆に、俺が君を抱きたくなったら君が何をしていようとさらって行くからな。覚悟しとけよ!」

「うん、待ってる! あたし、待ってる! 真澄さんがさらってくれるのを!」

「はははは、マヤ、俺の恋人!」

真澄はマヤを抱きすくめた。



二人はいつまでもベッドの中で睦み合っていたかったが、帰る時間が気になった。
なんとか、ベッドから抜け出すと、朝食を食べ、もう一度、砂浜を散歩した。
マヤは思い出にと桜貝を拾った。
美しいピンクに透ける貝。

「ねえ、見て見て、真澄さん! とっても綺麗!」

真澄はマヤの肌の方がよっぽどピンク色をしてきれいだったと言いたかった。
躊躇していると

「真澄さん?」

とマヤが見上げる。

――マヤ、今、夕べの君を思い浮かべていたと言ったら、怒るだろうか?

真澄はマヤが怒りそうな話題には触れない事にした。
後、わずかしか一緒にいられない。
喧嘩はしたくなかった。

「いや、なんでもない……、ああ、きれいな貝だな」

マヤが真澄の様子に、不思議そうな顔をした。
が、すぐに話題を変える。

「ねえ、真澄さん、あの車、どうしたんですか?」

「うん? 気に入ったから買ったんだ。
 君とのデートに使う車がほしかった。
 うちの執事が目をむいていたよ。くっくっくっくっく」

「だって、あたしだって驚いたもの。
 真澄さんがあ〜〜んなカッコいい車に乗るとは思ってもなかった」

「そうだな、もっと実用的な車にいつも乗っているからな。
 俺だって、羽目をはずしたくなる時があるさ」

「そんなの信じられない」

「だったら、君のおかげだな。新しい地平が開けたように感じたよ。
 人は変わるものだな」

「……あたしも速水さんをこんなに好きになるなんて思ってもいなかった!」

「マヤ……」

一体、幾つ目のキスだろう、真澄はマヤに軽い口付けをした。
深いキスをしたら、東京に戻れなくなってしまうと真澄は思った。



真澄は出発の前に、マヤに卒業証書と卒業アルバムを返した。

「俺の役目は終わったからな。また、ひな鳥に後戻りしないでくれよ」

「もう、嫌味なんだから……」

マヤがぷーっと頬を膨らませた。

「違うな、淋しいだけさ」

マヤははっとした。
夕べ、真澄に一人の女性として愛された。
それは、とても嬉しいことなのだけれど……。
少しだけ、真澄の寂しさがわかった。
真澄がマヤを抱くのを迷った気持ちも、今わかった。
真澄に保護されるのではなく、真澄の傍らに並んで立ち、共に人生の荒波に立ち向かうパートナーになったのだとマヤは実感した。




二人は東京に戻った。
戻った二人に、鷹宮紫織の復讐劇が待っていた。




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