紅の恋 紫の愛    連載第15回 




 速水邸のボヤは漏電によるものだった。
一月三日、速水邸の使用人達は、遅い正月休みを取っていた。
人手が無いので執事の朝倉は自ら台所仕事をしていた。
朝倉は鍋を火にかけていた。すると、英介の怒声が響いてきたのである。驚いた朝倉は様子を伺いに行った。
その間に鍋が吹きこぼれガスが充満、漏電による火花が燃え移り一気に台所を火の海にした。


速水英介は気が狂ってしまった。
今は、北島マヤの母親が入院していた病院で看護を受けている。


鷹宮紫織は、速水英介の表情に不安になり、夜分遅かったが速水邸を訪ねた。
速水英介と真澄の確執を紫織は正確に予想した。
真澄への愛が、真澄への深い理解へと変わった時、真澄が何故、あのような冷血漢になってしまったのかを理解していた。
義父から受けた精神的虐待。母文への仕打。
それらが義父英介への根強い怒りとなって真澄の内に沈潜しているのを鷹宮紫織だけが理解したのである。
そして、速水英介の「紅天女」への情熱と執着。
英介が「紅天女」を手に入れる望みを断たれた時、どんな行動に出るか。

――おじさまは真澄様を憎むわ。きっと、憎むわ、殺したい程深く……。

紫織はまた、真澄が優しい人だとわかっていたが、一方で真澄が仕事の為ならどんな冷血漢にでもなれると知っていた。
愛する少女の為とはいえ、少女の母親を宣伝の為に軟禁したのである。
真澄の冷たい心と英介の憎悪が出会ったらどうなるか、火を見るよりも明らかだった。
紫織は英介が戦争に行っていた話を祖父から聞いていた。

――おじさまは銃が扱える……。まさか、まさかね……

紫織は、銃刀法の免許を持っている。箱根の別荘で、時々雉子撃ちをした。
まさかとは思ったが、自宅のライフルを持って出ていた。
紫織が呼び鈴を押すと、執事の朝倉が青い顔をして出て来た。
朝倉に試演会場で見た二人の様子を話した。
英介の様子が尋常でなかったので心配して来たのだというと、朝倉は紫織を応接室に案内しながら

「紫織様、どうか、お二人をお止めして下さい!」

と紫織に懇願した。
紫織が案内されている間も英介の怒声が洩れ聞こえてくる。
その時、ドンと言う音がした。キッチンで火の手が上がったのである。
執事がキッチンに飛んで行くのと紫織が鞄からライフルを取り出すのは同時だった。
紫織は紅天女の打掛けが飾られている部屋も知っていた。
二人はそこだろうと辺りをつけ、ライフルに弾を込めながら急いだ。
紫織が辿り着くと、英介が真澄に銃を向けていた。


速水真澄は鷹宮紫織と空港で別れた。
速水邸の火事の中から救ってくれた紫織に速水は何か礼をしたかった。

「真澄様、それには及びません。どうか、マヤさんと幸せになって……。私も幸せになりますわ」

後に、速水真澄は鷹宮紫織の恋人、フルート奏者の恋人を影から援助する事になる。


真澄は、執事の朝倉から速水家に留まるよう引き留められた。
速水英介が病気になり、速水家を統率する人間がいないのである。
速水の家など、どうでもいいと真澄は思った。
しかし……。
速水の家に長く仕えてくれた朝倉。その他多くの使用人達。大都芸能の社員達。
彼らを路頭に迷わすわけにはいかなかった。
そして、自分自身も英介さえいなければ、速水の家に愛着があるのを認めざるを得なかった。
真澄は結局、速水の家に留まり采配を振っている。


月影千草は、試演の終わった三日後、火が消えるようにこの世を去った。
速水英介が気が狂ってしまい、月影千草の死を理解出来なかったのは、むしろ、幸せだったかもしれない。


北島マヤは、雨月会館を見上げていた。劇団つきかげ、一角獣のみんなも集まっている。月影千草の付き人だった源造もいる。
今日、看板の架け替えが行われる。一週間後に「紅天女」本公演の初日を控えている。
雨月会館の看板が外され「シアター月光座」の看板が掛けられるのを、マヤは黙って見上げていた。
演劇協会会長から、月影千草と尾崎一連、速水英介の話を聞いていたマヤは看板が掲げられるのを感慨深く見上げていた。
出来る事なら、月影先生に見せたかったと思った。

――月影先生、月光座が復活しましたよ。良かったですね。これからはあたし達が「紅天女」を守って行きます。

感慨深く佇むマヤの側に速水真澄が寄り添う。
手には紫のバラの花束を抱えている。

「どうだ、気に入ったか? これが、紫のバラの人からの最後の贈り物だ。
 これからは速水真澄が君の一番のファンだ」

真澄はマヤに紫のバラの花束を渡した。
受け取った紫のバラの花束をマヤは大事そうに抱きながら真澄を見上げた。

「速水さん……」

マヤの目から涙が零れ落ちる。

「速水さん、長い間、支えてくれてありがとうございました。あたし、ちゃんと御礼がいいたかった」

「マヤ……、いいんだ、君を支える事で俺自身支えられた」

「速水さん……」

どちらからともなく互いの体に腕を回した二人は劇場を見上げた。

ここから全国へ、世界へ発信して行く芝居がある。
尾崎一連の遺志を継ぐ者達。
世界は一つであり、命は総て一つである。
命の尊さ。
大自然によって生かされている自分自身を……。
大自然への感謝を忘れないで……。
紅の姫神の声が聞こえる。

マヤが見上げた視線の先、青空を白い鳥が、いや、飛行機が真っすぐに飛んでいる。
飛行機にはもう一人の「紅天女」が乗っている。
姫川亜弓。
3年後、再び試演が行われる。
亜弓はどんな風に成長しているのだろう。
マヤは負けられないと思った。

――亜弓さん、あたしのライバル……

二人は生涯「紅天女」を競うのだ。
飛行機を見上げるマヤ、地上を見下ろす亜弓。
更なる戦いが待っている。







あとがき


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
何度も同じ話を書いていると、同じシチュエーションに対してだんだんアイデアが無くなってきます。
それでも、雑巾を絞るように出してみるのですが、、、、。
今回のアイデア、楽しんでいただけましたでしょうか?^^
速水さんをいつ「紫のバラの人」とカミングアウトさせるか、悩みました。
結局、上記のような感じにしました。
また、プロポーズをどうするか、今回、どうしてもいいアイデアが浮かびませんでしたので、割愛しました。
番外編でもしかしたら書くかもしれません。^^
楽しんでいただけたら、嬉しいです。^^

感謝をこめて!



        web拍手 by FC2     感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index  


inserted by FC2 system