紅の恋 紫の愛    連載第14回 




 速水英介は紅天女の打掛けが飾られた部屋で真澄と対峙していた。

「貴様! 裏切ったのか!」

「いいえ、お義父さん、僕は最初からこうするつもりでしたよ」

「きさまー!」

速水真澄は義父、英介を冷たい瞳で見ていた。
手には「紅天女」の上演権の管理を速水真澄にまかせるという月影千草の委任状を持っている。

「僕が、月影先生からまかされたのです。
 ……
 それと、お義父さん、僕は速水の家を出ます。藤村真澄に戻ります。長い間、お世話になりました」

「き、きさま、儂が手塩にかけて育ててやったんだぞ。それを!!!」

「ええ、感謝していますよ。おかげで、どうやったらあなたに復讐できるか、その方法を学べた。
 くくくく、はーっはっはっはっは!
 俺は、あなたのその顔が見たかったんだ。
 あなたがもっともほしがっている『紅天女』!
 それを俺に奪われた時のあなたの顔を!」

「きさま、よくも……」

英介は足の悪い男とはとても思えない素早さで真澄に飛びかかっていた。
真澄の胸ぐらにしがみつき、書類を取りあげようとする。

「……ほしいですか? 『紅天女』が?」

「よこせ、儂の物だ! よこせ!」

真澄は英介の手を振りほどいた。
部屋の隅に弾き飛ばされる英介。

「きさまあーーー! くそお」

その時、ドンという音が響いた。窓ガラスが割れる。
誰かが火事だと叫ぶ。
真澄が窓の外を見ると、キッチンのあたりから火の手が上がっている。
真澄は書類をスーツの内ポケットに素早くしまった。

「義父さん。
 僕らには火事がつきものようだ。
 キッチンから火の手があがっています。
 時期、こちらも火にまかれるでしょう。
 さあ、行きましょう」

真澄は義父に手を貸そうとした。

「ここにいては、あぶない。
 ところで、お義父さん、この『紅天女』のコレクションはどうしますか?
 誰もいませんよ。あなたのかわりに紅梅の打掛けを運び出す奇特な人間は……。
 僕の母も死んでしまった」

英介は、ずるずると這いながら、壁沿いに打掛けの方へいざり寄って行く。
打掛けのたもとに辿り着くと引き出しの一つを開けた。

「くそー」

というと同時に振り向くと、英介の手には銃が握られていた。真澄に向ける。

「きさま、能書きはそれだけか? どうやら、立場が逆転したようだな、真澄!
 さあ、打掛けを運び出せ! 儂を車椅子に乗せろ!
 早くしろ!」

真澄が青ざめた顔で英介と銃を見つめた。そして、その時……。

「いいえ! 真澄様、それには及びませんわ」

「紫織さん!」

鷹宮紫織が立っていた。ライフルを持ち、速水英介にぴたりと照準を合わせている。

「おじさま、銃をこちらに」

「し、紫織さん! まさか……、まさか、儂をうたんじゃろうな。今……」

ガーーン!

紫織がライフルを撃った。紅梅の打掛けに向けて!

「な、何をする!」

「元はと言えば、すべて、あなたが原因だったのですわ。
 この『紅天女』が!
 この幻の女が!
 真澄様を冷血漢に育て上げ、私の人生を狂わせた。
 さ、銃をゆっくり床に置いて!」

速水英介は観念したように、銃を床においた。
真澄が銃を取り上げようとした。が……、杖を振り下ろされた、英介の杖が……、真澄に向って。

ガーーン!

英介の杖が真ん中から吹き飛んだ。
衝撃で壁にたたきつけられる英介。
英介の目の前に、「紅天女」の等身大の額が落ちる。

「千草……、千草! 儂の物だ……! はっははははは!」



炎は速水邸を包んでいた。
執事の朝倉は、焼け落ちる屋敷に向って、大声で叫んでいた。

「旦那様!、真澄様!」

執事の朝倉の声を吸い上げたかのように紅蓮の炎はますます高く燃えさかる。

その時、炎の中から駆け出してくる人影があった。
鷹宮紫織と速水真澄、そして……、二人に支えられた速水英介、3人の姿だった。



続く      web拍手 by FC2     感想・メッセージを管理人に送る


Buck  Index  Next


inserted by FC2 system