迷犬マスミン    連載第7回 



 聖が俺の服を持って迎えに来ていた。
俺は聖が持って来たスーツに袖を通した。久しぶりに速水真澄に戻った気がする。
俺は2階の寝室で着替えた。犬の視線で見ていた時と明らかに違って見える。
俺が降りて行くと聖とマヤが迎えてくれた。マヤが俺を見上げて頬を染める。

「真澄様、人間に戻られたのでしたら、元の生活にお戻りになられた方が……」

「ああ、そうだな、休暇は終わった」

「速水さん、あたしも今日はこれで帰ります」

「マヤ……、アパートまで送ろう」

「速水さん……」

「真澄様、戸締まりをして参ります」

聖が気をきかせて席を外してくれた。俺はマヤを抱き寄せた。

「マヤ、きっと、君を迎えに行く。待っていてくれ」

「速水さん! あたし、待ってる。信じて待ってるから……」

俺はしっかりとマヤを抱き締めた。マヤの黒髪を撫でる。ああ、愛しい!

俺と聖はマヤをアパートに送り届け、いつもの生活に戻った。
俺の為に集まってくれた女性達には普通の奇術を観て帰ってもらった。
翌日の契約はうまく行った。俺は肉球を押さずに済んだ。

そして、次の満月の夜。
俺は例の公園にセツさんを送って行った。真夏の夜。公園の木立を涼しい風が吹抜けて行く。中空に遠く満月がかかる。
公園には長身の美青年が待っていた。長くまっすぐな黒髪。半袖の黒のTシャツ。黒ずくめの若者。どこか異国風だ。
その美青年はセツさんの恋人だった。セツさんは俺を恋人に紹介してくれた。
セツさんは1万年前、星の海に旅立った恋人が帰って来るのを待っていたのだ。
そして、ちょうど今夜。1万年たったこの満月の夜。二人は再び巡り会った。
セツさんの恋人、長身の美青年は、俺に言った。流暢な日本語だ。

「セツがお世話になりました。セツに親切にしてくれてありがとうございました」

長身の美青年によりそうセツさん。美青年が杖を振った。老婆の姿がみるみる変わって行く。
どんどん若返り、美青年に相応しい若い美女になった。
その時、声が聞こえた。

「真澄様、これはなんのトリックですの?」

俺は驚いて振り返った。鷹宮紫織、その人が立っていた。

「紫織さん、何故、ここに?」

「観劇が終わって劇場から出て来たら、真澄様がこちらの方に歩いて行かれるのをお見かけしたのですわ。汚らしいホームレスを連れて。私、真澄様がホームレス風情とお付き合いがあるとは思いませんでしたの。それで、私、一言、ご注意申し上げようと。だって、私の婚約者、ひいては夫になる方がホームレス風情と親しく言葉を交わしているなんて許せませんもの……。
そしたら、私、見たのですわ。あなた! 今、老婆だったわ。腰の曲がった! それなのに、一体どういう方法で若返ったの? さあ、私にその方法を教えなさい」

美青年とセツさんは顔を見合わせた。セツさんが言う。

「お嬢さん、人を外見で判断してはいけません。人生を間違えますよ。このお嬢さんにもプレゼントをあげるとしましょう」

セツさんが美青年を見上げる。美青年が魔法をかけようと杖をだした。俺はあわててその腕を押し止めた。

「いや、いい、彼女の問題は俺が解決する。それが、俺の務めだ」

俺は紫織さんを振り返った。

「紫織さん、あなたが人を見下すような人だとは思わなかった。ホームレスになるのは人それぞれ事情があるのです。それをあなたと言う人は……。あなたとの婚約を解消します」

「そんな! 今になって! ……この女、こんなホームレス風情。見下してもいいではありませんか! そんな言い掛かりをつけて私と婚約を解消しようなんて! ひどい!……」

鷹宮紫織は俺をどんなに慕っているか話し始めた。だんだん声が激昂してくる。柳眉を逆立てた表情が凄まじい!
何かの光が俺の側を通り過ぎた。鷹宮紫織に当たる。

「きゃあ〜〜〜〜〜!」

「だめだ、彼女に魔法をかけるな!」

「大丈夫だ、彼女の本性が見えるようにしただけだ」

鷹宮紫織の本性。全身を金色の毛に覆われた真っ赤な顔のヒヒ。

「くやしい、お前の精を吸い取ってやる筈だったのに。おまえは人界ではまれに見る強い運命の持ち主。おまえの精を吸い続ければ永遠に若さが保てたのに」

耳までさけた口でヒヒが吠える。

「それが本音か!」

「ああ、そうだ。わしは箱根の山奥にすむ妖怪。この女が自分の病弱な体を嘆いていたからな。わしと取引すれば丈夫な体になれると言って取りついた。この女は喜々としてわしに従ったよ。健康を手に入れたら、次は美しさだ。わしらは男達から精をちょっとづつ吸い取って来た。だが、普通の男はすぐに弱ってしまう。だが、おまえは違う。お前の魂の輝き! 一生吸い続ければ、永遠に若く健康な体でいられる」

美青年がヒヒに向って光の矢を放った。叫び声と共にヒヒは鷹宮紫織の体から飛び出した。ヒヒの真っ赤な顔がますますゆがむ。こちらに向って威嚇するようにうなると、彼方へと逃げて行った。
まさか、鷹宮紫織がヒヒの妖怪に取り憑かれていたとは! どうりで彼女と会った後、疲れると思った。ヒヒに精を吸い取られていたのだ。
鷹宮紫織の姿は元に戻っていた。

「あ! 私……」

そのまま、地面にしゃがみこむ。ヒヒの妖術で健康になっていた体が一気に元に戻ったようだ。
俺は紫織さんを支えた。

「紫織さん、あなたは妖怪に取り憑かれていたのですよ。覚えていますか?」

「……はい、覚えています。真澄様、私、なんと浅ましい事をしてしまったのでしょう。人様の精気を吸い取るなんて……」

「紫織さん……、相手が悪かったのです」

鷹宮紫織は泣き出した。

「う、うううう、真澄様、婚約を解消します。あなたもそれをお望みですし、私もあなたにあんなあさましい姿を見られては……、恥ずかしくて、恥ずかしく、もうもうお会い出来ません」

鷹宮紫織はそれだけ言うとくるりと背を向け走り去っていた。
俺は唖然として鷹宮紫織を見送った。

「紫織さんがヒヒだったとは! それで、犬が苦手だったのか?」

「くっくっく、ヒヒに精を吸い尽くされなくて良かったな。あの女は2度とあんたと会おうとはしないだろう……。さて、それでは俺達はそろそろ行くよ」

俺は美青年とセツさんに向き合った。手を差し出す。美青年が力強く握手してくれた。セツさんとも握手をかわす。

「これからどこへ?」

美青年はセツさんの腰に腕を回した。しっかりと抱きかかえる。口元に不適な笑みを浮かべた。

「星の海の彼方へ」

美青年が手を上げた。セツさんが手を振る。上から光が落ちて来た。かと思うと二人の姿は既になかった。
1万年の時を越え巡り合った恋人達は再び星の海へ旅立って行った。

エピローグ

マヤは試演で勝利、「紅天女」を勝ち取った。俺と鷹宮紫織は無事、婚約を解消。
そして、俺とマヤは付き合っている。
デートコースはあの河原だ。
フリスビーをして遊ぶのが俺達の定番デートだ。

マヤがフリスビーを投げる。俺がキャッチする。さすがに口でくわえる事はない。キャッチしたフリスビーを今度は俺がマヤに向って投げ返す。マヤはもちろん手で取るが、、、。狼少女ごっこをする時は口でキャッチする。

「速水さん、どうです。あたしもうまいでしょう」

と俺に向って自慢げに言う。俺はつい負けん気を起してフリスビーを口でキャッチしようとするが、人に戻ってしまってはなかなかうまくキャッチ出来ない。
デートの時、俺は例の首輪をする。周りの者は俺がハードロックに走ったと思っている。本当の理由は誰も知らない。
あの白い家を俺は買い取った。俺は休みの日に家の手入れをしている。古いペンキを落し新しく塗り直す。
やがて、マヤがこの家にやってくるだろう。
俺の花嫁として!








あとがき


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今回のお話で難しかった所は速水さんがキスで元に戻ると書いた時点で読者の方にマヤがキスして元に戻る事がわかってしまう所でした。どうやって意外性をだすか、結論がわかっている読者をどう惹きつけ最後まで引っ張って行くか。その辺りを工夫しました。
尚、このお話はツィッターで知り合ったphyllさんの描いた速水さんとマヤを犬にしたイメージ画からインスパイヤされて書いた作品です。
楽しんでいただけたら、嬉しいです。^^

感謝をこめて!


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