ぺりドット様宅2010年「マッスル真澄のマヤちゃんをいっしょうけんめい祝う会」に納品した作品です。


 女神降臨    連載第1回 



 バンッ!

駐車場に車のドアのしまる音が響き渡った。
或る晴れた冬の午後。とある複合ビルの地下駐車場。
男が一人、カッカッカッと靴音を立てながら歩いている。
周囲に人はいない。
ビジネススーツを隙なく着こなした男は、ブリーフケースを下げ、駐車場から一般階へつながるエレベーターに向かっていた。
男がその時何を考えていたのか。
それは永遠にわからない。
男は暴漢に襲われ殺された。

襲った男は、死体からブリーフケース、財布、時計を奪った。
財布から現金を抜き取って捨てる。残りは紙袋にいれた。
そして何くわぬ顔で道路へでた。
地下鉄の駅へと向かう。
男は、駅のトイレでジャンパーと帽子を裏返し、そのまま、電車に乗り込んだ。
住処とは別の方向へ。そして、人生のどこかで見かけた質屋に入ると時計を質に入れて換金した。
スーパーに行き、新しい洋服、ビジネススーツを一式買う。その場で着替えた。最後に床屋に寄って、髪を切り髭を剃った。
浮浪者からサラリーマンへと変身した男はやっと自身の住処へと向かった。
時刻はすでに8時を回っている。途中、鄙びた食堂で「焼肉定食」を食べた。
久しぶりに口にするまともな食事は男に人間的な感情を持たらした。
人を殺したと心の中で呟いた。そうしなければ生きて行けない。仕方が無かったんだと自身に言い訳した。
ふと、殺した男の顔が浮かんだ。
コンクリートの床に倒れ伏した男の横顔。目をカッと見開き、虚空を見つめていたハンサムな顔。
男は息をゆっくり吐き出すとその顔を心の中から打ち消した。

男が住処としているアパートは今時珍しい2階建ての木造アパートである。
部屋は3畳、押し入れが1.5帖。トイレも台所も共同。月3万円の家賃である。
大家に滞納していた家賃の3ヶ月分と来月分を払った。
大家は

「おや、その格好だと、どこかに就職が決まったようだね。家賃さえ払ってもらえば居てもらっていいんだよ。」

といつもの嫌みを言う同じ口で愛想を言った。

男の名前は木下武。
高校を卒業後、郷里を出て上京。社員寮のある中堅電気メーカーで働いていたが、会社が倒産。
寮を出なくてはならなくなった。
なんとか蓄えていた金とわずかな退職金、失業保険で、木造アパートに移り住んだが、切り詰めた生活をした結果、病気になった。
病院に行きまともな食事をしたら健康になったが、貯金が見る間に減って行った。
次の就職先はなかなか決まらず、バイトで食いつないでいたが、ついに貯金が底をついた。住む所が無くなると就職できなくなる。大家から3ヶ月待ってもらったが、どうしても今日明日には出て行けと再三再四催促され、今日、やむなく強盗を働いた。殺すつもりは無かったが人を殴った事がなく加減がわからなかった。
ビール瓶でなぐり気絶させるつもりがうっかり殺してしまった。
いっそ、車も奪ってくれば良かったと後悔したが遅かった。

木下武は、新しいスーツを普段着に着替えると、奪ったブリーフケースの中を改めた。
何か金目の物はないかと。
ブリーフケースの中には、1本のビデオテープが入っていた。
このテープがもし価値のある物だったら、もっと金になるかもしれないと思ったが殺した相手の身元がわからない。
こんな事なら、財布をそのまま持ってくれば良かった、そしたら、このテープを金に換える事が出来たかもしれないと思った。
部屋の中には布団とちゃぶ台があるだけだ。
ビデオデッキなどあるわけがなくテープを再生出来ない。
武は、取り敢えずブリーフケースにテープを戻すと金と一緒に押し入れの中に隠した。
それから、久しぶりに風呂に行く事にした。
奪った金はわずかだったが時計を換金して得た金で、2ヶ月は暮らせそうだった。
その間に就職先を決めよう。
木下は明日からの就職活動の事を考えながら風呂屋に向かった。
風呂屋に行く途中で同じアパートの住人とすれ違った。
宝塚スターみたいな女と小柄な女の子。役者の卵だという。

(小柄な女の方は、以前、大河ドラマに出ていてかなり人気があった子だ。
 確かスキャンダルを起こしてテレビに出られなくなった筈だ。
 もし、有名人だったらこんな場末の木造アパートにいるわけがない。
 しょせん、こんな木造アパートに住んでいる人間は世間から忘れられた人間ばかりさ。)

武は自嘲しながら夜道を歩いた。

風呂屋に設置してあるテレビでは、木下武が起こした事件のニュースが流れていた。
犯人の手がかりはないと。



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