狼の夏 第3部 連載第11回
近衛家の家令、田村は、つっかえつっかえ話し始めた。
「速水様、こう申してはなんですが、雪子様とお見合いをしていただき、3ヶ月程、お付き合いいただけていたら、こういう事態は避けられたのではないかと思います。3ヶ月たてば、雪子様は飽きてしまわれたと思います。」
「それはどういう意味だ。」
「お嬢様は、18の時、大恋愛をされたのでございます。
お相手は、英国の上流貴族の末裔の方でした。
お名前は申し上げられませんが、大変な貴公子でいらっしゃいます。
ご実家が親日家で、その縁で日本の大学に留学されてお出ででした。
お嬢様の日本人形のような美しさを大変お気に召されまして、それはもう、毎日のようにお嬢様を口説いてお出ででした。
お嬢様もまんざらでは無いご様子で、しばらくして、この方とお付き合いされるようになったのでございます。
お二人は、傍目にも大変仲睦まじいようにお見受け致しました。
ところが、3ヶ月程経って、お嬢様をいきなり捨てたのでございます。この、男は。」
家令は怒りのあまり、声を震わせた。
「なんでも、殿方にはっきりと物を言うお嬢様の態度に嫌気がさしたと申しまして。
日本女性は、男性に尽くす物だと思っておられたようです。
その後、当家より格上のお家の方とお付き合いされるようになりまして、、、。
お嬢様は初恋だった事もあり、ショックで寝込んでしまわれまして。
お嬢様は、すっかり変わってしまわれたのでございます。
食欲も進まず、勝ち気な方が塞ぎ込むようになられまして、、、。
お嬢様のご両親は、しばらく静養の意味も兼ねてこちらの島にお嬢様を住まわせたのでございます。
お嬢様がお通いになっていらっしゃいました大学では、お嬢様が捨てられた事が知れ渡っておりまして、それはもう、お辛い毎日だったのでございます。
大学を半年程、休学しまして、復帰しました時は、すっかり性格が変わってお出ででした。
以前にも増して勝ち気になられ、それ以上に他人に対して非常に攻撃的になったのでございます。
そして、どこで、拾ったのか、あのボディガードでございます。
どこにでも、お連れになるようになりまして、、、、。
あのボディガードを連れておりますと、御学友の方達も当てこすりを言うわけにはいかなかったようでございます。
それからで、ございます。
お嬢様は、これはと見込んだ殿方と3ヶ月つきあっては捨てるようになったのは。
大抵の男達は雪子お嬢様からいい寄られましたら、悪い気はしません。
付き合って3ヶ月、男性が有頂天の所を捨てるのでございます。
今までは、金や仕事を与えまして口封じをして参りました。
しかし、速水様は一向に靡く気配がなく、しかも、雪子お嬢様に取っては、その辺の石コロと同じ、女優風情と婚約されたと聞き、最後の理性も吹き飛んでしまわれたのです。
ご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。
何卒、何卒、穏便にお取り計らい下さい。」
そう言って、テーブルにこすりつける程、深々と頭を下げて詫びた。
「あんたの所のお嬢さんに必要なのは、精神科医だな。
あんたの話が本当なら男に捨てられたトラウマからこんな事をしでかしたんだ。
病気だ。
、、、ところで、、、あの雪子の部屋にあった電話はどこに繋がっているんだ?」
「あれは、石廊崎の別荘に繋がっております。
お嬢様からの命令をお受けする為に、常時、人が控えております。
大抵はヘリの手配でございますが。」
外部に雪子の仲間がいるかもしれないと思ったのは取り越し苦労だった。
速水は応接室から、雪子と執事、ボディガードを連れて来させた。
雪子とボディガードは縄で縛られていた。
雪子は速水を見ると、すぐに文句を言い始めた。
「この者達はなんなの。
私の縄をほどきなさい。
よくも、ドレスを滅茶苦茶にしてくれたわね。」
「お嬢さん、しばらく黙っててくれ。
おい、ボディガード、お前、名前は?」
「うちのボディガードに、何を聞いても無駄よ。」
「何故?」
「そんなに知りたければ教えてあげるわ。
その男はね、この島に流れついたのよ。
頭を強く打っていて、記憶がないの。
それで、ボディガードとして使ってやっているのよ。
元は漁師だったんじゃないかと思うわ。
魚を取るのがうまいから。
それより、縄をほどきなさい!」
速水は雪子の命令を無視すると、ボディガードに話しかけた。
「お前は自分の記憶を取り戻したくないのか?」
その時、初めて、ボディガードは口を開いた。
「俺、俺の名前は、田中聡。さっき、殴られたおかげで思い出したんです。
漁師です。俺、漁に出ていて、、、時化で、海に落ちて、、。
俺、家に帰りたい!」
そう言って泣き出した。
その様子に一同唖然とした。
速水は、縄をほどいて別室で傷の手当をするよう部下に命じた。
「問題はこれからどうするかだ。
お嬢さんが、また、俺を付け狙うかもしれんからな。
今回の件は無かった事にするのが一番いいんだが、、、。」
話を聞いていた朝倉が、口を開いた。
「真澄様、やはり、近衛家の事は近衛家におまかせになられた方が宜しいかと思います。
こちらで、真澄様が誘拐された証拠を抑えている以上、これ以上手出しは出来ませんでしょう。」
「近衛家はそうでも、このお嬢さんだ。
大体、何故、今までカウンセリングを受けさせなかった?」
家令の田村は声を震わせて言った。
「私共もカウンセリングを受けさせようとしたのでございます。
しかし、お嬢様が、嫌がられて。」
速水はしばらく考えていたが、
「全員、別室で控えていてくれ。
お嬢さんと二人で話がある。」
「あの、あの、無体な事は、、、。」家令が心配そうに言った。
「安心しろ、話をするだけだ。」
それを聞くと素直に、別室に移動した。
速水は雪子に言った。
「あんた、自分を振った男に復讐したくないか?」
「あの人の事は言わないで。思い出したくない。」
「あんたは、振った男に復讐するべきだ。
その辺の男に八つ当たりするんじゃなく。
もし、あんたが、カウンセリングを受けてまともになるようだったら、
あんたの元恋人に復讐する方法を教えてやってもいいぞ。」
「そんな事できるの!」
「人間っていうのは大抵弱点を持っているものさ。
誘拐とかそういう過激な方法ではなく、もっと、穏便に一矢報いる事ができるぞ。
どうだ、カウンセリングを受けるか?」
「本当に、復讐できるなら、、、。
いいえ、そんなのは無理よ。私を騙すつもりね。」
「いいや、騙すつもりはない。俺は約束を守る男だ。必ず、あんたに復讐させてやろう。
俺がこんな目に会ったのも、元はと言えばその男が元凶だ。
あんたに復讐させる事で俺も溜飲が下がる。
カウンセリングを受けろ! 受けてまともになれ。そして復讐しろ。」
「そう、利害が一致するというわけね。わかったわ。それなら、カウンセリングを受けるわ。」
雪子はカウンセリングを受ける事を承知した。
近衛家の家令は、速水がどんな魔法を使ったのかと思った。
損害賠償については、後日話し合うことにして、速水は撤収する事にした。
島に、近衛家の関係者を残すと速水は聖の用意した船に、朝倉と共に乗り込み、××島に向かった。
××島は錦ヶ島に一番近い大きな町がある島で、速水は、その町のホテルで一泊、この2日間の疲れを癒し、明日の結婚式に備えた。
翌朝、速水は、聖の用意したヘリに乗っていた。
聖は、万一の為、花婿用の白のタキシードを持って来ていた。
マヤとの結婚の為に選んだ白のタキシード。
速水は喜々として、これに着替えると、上から黒のつなぎを着た。
そして、真っ赤なパラグライダーを背負った。
結婚式を挙げる教会はもうすぐだった。
遠くに小さな白い点が見えた。
ただの白い点だった。
だが、それでも速水には、それがマヤだとわかったのだ。
(いつでも、どこにいても君を見つけるさ!
マヤ、俺の魂の片割れ!
今、行く!)
速水はヘリから飛び降りた。
エピローグ
1年後、近衛雪子は、速水の元を訪れた。
雪子は、心の病から回復。
今は、九条家の三男との縁談が進んでいるという。
「速水様、その節は、いろいろとご迷惑をお掛けしました。
今日はお詫びと御礼に伺いましたのよ。
ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでしたわ。
あれから、カウンセリングを受けてすっかりよくなりましたの。
これも、あの時、説得して下さった速水様のおかげですわ。」
「それは、良かった。
で、どうする? 元恋人への復讐は?」
「おほほ、もう、どうでもいいのです。
とっくの昔に許してしまいましたわ。」
「そうか、そうなるだろうと思っていた。
復讐など、つまらんさ! だが、人生には復讐という目標が必要な時もあるからな。」
速水は、頭の隅に義父の事が、ちらと思い浮かんだ。
「そうですね。あの人への復讐の方法を知りたいとそればかりを考えてカウンセリングを受けましたのよ。
そしたら、とても腕のいいカウンセラーで、、、。
すっかり、正気を取り戻しましたわ。
あの男の為にこれ以上、人生を無駄にされたくありませんもの。
速水様、いろいろとありがとうございました。」
近衛雪子は、速水にもう一度礼を言うと帰って行った。
近衛雪子の元恋人、英国の貴公子は、日本に滞在中、数人の女性と交際。
帰国後、ロンドンにて同じ上流貴族の娘と婚約。
だが、日本での女性問題がロンドンの大衆紙に発覚。婚約は破談となった。
ロンドンの大衆紙に情報を流したのは貴公子に捨てられた女性の一人だった。
婚約破談の記事が流れると、雪子は高らかに笑い、家令の田村もまたにんまりと微笑んだのだった。
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新婚旅行先のホテルで、真澄は、今回の誘拐事件のあらましをマヤに話してやった。
原因がパンフレットを拾った事だと速水が言うと、マヤは、
「速水さん、誰にでも親切なんだもん、、、。
誤解する人もいるんだから! 気をつけて、、、。」
「なんだ、妬いているのか?」
「や、妬いてなんか、妬いてなんか、、、。」
「マヤ、愛している。」
その時、聖から持たされたマヤのモバイルパソコンから声が聞こえた。
「いかがです? カラオケをして遊びませんか?」
速水は笑いながら、パソコンの蓋をパタリと閉めた。
オジャマ虫を追い出すと、マヤを膝に抱き上げ優しく口付けをした。
二人の長く甘い夜。
夜空には、南十字星が、ひと際明るく輝いていた。
終
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回のお話は、SS「お嫁においで」と「永遠の誓い」の間をつなぐものでした。
とにかく、カッコいい速水さんを書きたい。
その一心で書き上げました。
絶海の孤島、進化したAI(人口知能)、エキセントリックなストーカー。
エンタテインメントなお話の要素を盛りだくさん入れてみました。
お楽しみいただけましたでしょうか?
皆様のひと時のお慰めになればと思っています。
心よりの感謝を込めて。
Buck Index