狼の夏 第3部  連載第10回 




 聖は、錦ヶ島の沖合に船を停泊させると、ヘリが到着するのを見ていた。
もし、錦ヶ島に真澄がいなかったらと思うと気が気ではなかったが、島に近づくと、発信器の電波を受信できた。
聖は、真澄の所在を確認出来てほっとした。


朝倉は、近衛家の家令と共に、錦ヶ島のヘリポートに降り立った。
斜面いっぱいに設置されたソーラーパネルに目を丸くして驚いた。

「ここは、一体、、、?」

「この島は、以前、クリーンエネルギーの研究所として使われておりました。
 お嬢様が別荘に改装されたのです。」

家令の説明を聞きながら別荘に向かった。


速水は、物陰から、朝倉と見知らぬ男が、別荘の門を通ってこちらへやって来るのを見ていた。
朝倉の様子から、見知らぬ男が近衛家の者ではないかと検討をつけた速水は、ようやく、二人の前に姿を現した。
真澄に気がついた朝倉が、

「真澄様!、よくご無事で。爺は、爺は、生きた心地がありませんでした。」と駆け寄って来た。

「爺、よく助けに来てくれた。そちらは?」

「はい、こちらは近衛家の家令の方でございます。」

近衛家の家令は、いきなり土下座をすると、

「近衛家の家令を務めております田村と申します。以後、お見知りおき下さい。
 速水様、この度は、当家のお嬢様がご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ございませんでした。
 この度のご無礼、くれぐれも内密に処理していただきたいと主のたっての願いでござます。
 何卒、お聞き届けいただきたく、何卒、何卒宜しくお願い申し上げます。」

速水は、家令の様子に怒りが沸々と沸いてきた。

「おい、貴様、立て! 近衛家の家令かなにかしらんが、人を誘拐するとは!
 あのお嬢様は、人をなんだと思ってるんだ!」

速水の怒りに恐れをなした家令は、

「た、大変、申し訳ございません。こ、このお詫びは如何ようにも、さ、させていただきますので、な、何卒、ご容赦を!」

「ああ、たっぷり、詫びをして貰うからな!」

「そ、それで、お嬢様はどちらに!」

「礼拝堂だ! 結婚の誓いを無理矢理言わせようとしたから、殴って気絶させて閉じ込めた。」

「と、当家のお嬢様になんというご無体を!」

「無体! 無体だと。こっちは誘拐されたんだぞ! 薬をかがされてこんな所まで連れて来られたんだ。
 昨日今日と、何をされるかわからず、どれだけ不安だったと思うんだ! そっちの方が、よほど無体だろうが!」

「た、た、大変申し訳ございません。」

「ボディガードと執事のじいさんは礼拝堂。コックは厨房に縛り上げてある。
 二人のメイドはお嬢様の浴室だ。お嬢様の部屋に行って見ろ。俺の写真が部屋いっぱいに貼ってあるんだぞ。
 りっぱなストーカーだ!」

速水が、家令に怒りをぶちまけていると、門の方から聖と影の部下達がこちらに来るのが見えた。
全員、マスクで顔を隠し特殊部隊の格好に変装している。

「真澄様、お迎えに上がりました。誘拐の証拠を取っておく必要があるかと機材一式持って参上しました。」

「来てくれたか!」

「こ、こちらの方々は?」

家令が不安げな様子をする。

「心配するな。俺のボディガード達だ。あんたには悪いが、誘拐の証拠を集めさせてもらう。」

「な、何卒、穏便に!」

速水は部下達の方に向き直った。

「君たちには、誘拐の証拠を集めてもらう。
 まず、雪子の部屋だ。俺の写真が壁いっぱいに貼付けてある。写真を取っておけ。
 俺が軟禁されていた部屋の写真もだ。執事、ボディガードの部屋の写真も忘れるな。
 恐らく、首謀者は雪子と執事だ。
 俺にかがせた薬や催眠剤がある筈だ。写真とサンプルを採取しろ。
 それと、おい、近衛家の家令。お嬢様の素性を、詳しく聞かせてもらうからな。
 関係者全員の話もビデオにとっておけ。
 衛星通信用の機材は?」

「用意してあります。」と聖。

「証拠を集め終わったら、データをサーバーに送っておいてくれ。
 コックの手当をメイド達にさせろ。3人は一カ所にまとめて閉じ込めておけ。
 何も知らんようだが、一応、話を録画しろ。
 礼拝堂にいる雪子とボディガード、執事は縛ったまま連れて来い。」

部下達は、早速、仕事に取りかかった。
朝倉も近衛家の家令も、特殊部隊の格好をしたボディガード達を指揮する速水を見てまるで一軍を率いる将軍のようだと思った。
速水は、朝倉と近衛家の家令を連れて食堂に陣取ると、早速、家令に何故、お嬢様がこんな誘拐まがいの事をしたか、心当たりがあるかと聞いた。
だが、家令が話を始める前に部下が飛び込んできた。

「礼拝堂に、女がいません。執事とボディガードだけです。」

速水達は急いで、礼拝堂に行ってみた。
雪子を閉じ込めた部屋はもぬけの空だった。
速水は、執事に詰め寄ると

「おい、じいさん、この部屋の抜け道はどこだ?」

「そ、その暖炉の、、、」

速水が暖炉のレンガ、他のレンガより擦り減っている一枚を押した。
かちりと音がして、暖炉の奥が開いた。

「ここは、どこに通じている?」

「ち、地下貯蔵庫です。」執事が応える。

その時だった。
どこかで、ゴゴゴゴゴっと何か巨大な機械が動く音がした。
速水達が、大急ぎで、礼拝堂の外に出ると、悲鳴が聞こえる。

「た、助けてくれー!」

ヘリの操縦士が、必死に走ってくる。

「へ、ヘリが、、、」

「ま、まさか、、、」執事が絶句した。

「貴様、何か知っているのか?」

速水が執事に詰問する。

「お、恐らく緊急用の避難シェルターにヘリを格納したのだと思います。
 台風がきた時の為に、ヘリを格納出来るようになっているのです。
 ですから、申し上げたのです、ここから脱出は出来ないと。」

「そう言う暴挙をお止めするのが、お付きの者の仕事ではないか!」

近衛家の家令が、雪子付きの執事を叱った。
執事が反論する。

「お嬢様に逆らえるとお思いか?
 あのボディガードでお仕置きをすると申されたら、逆らえんわい。」

「では、何故、それを報告せん?」家令が言い返す。

二人が言い争っていると、

「真澄様、あぶない!」

聖が速水を押し倒した。

バキューン!

雪子が2階からライフルで撃って来た。
皆、あわてて、礼拝堂の中に隠れた。

「お嬢様、おやめ下さい。」近衛家の家令、田村が哀願した。

「田村、何故、ここにいるの。お前に、上陸を許可した覚えはないわよ。黙っていなさい。
 速水様、何故、雪子と結婚していただけないのです。
 私こそあなたの伴侶ですのに。」

「だから、俺には愛する人がいるんだ!」

「女優など相応しくないと言っているではありませんか?
 何故、私の言う通りにしないのです?」

「何故、俺があんたに言われた通りにしなきゃいかん?」

「男はみんな、私の崇拝者だからです。」

「はあ? それは、あんたの思い込みだ!」

速水は小声で、聖に

「おい、家の中の部下達はどうしている?」

「はい、すぐに、雪子お嬢様を取り押さえに向かわせました。」

速水が聖と話している間も、お嬢様の声が聞こえる。

「そうよ、みんな、私のいいなりになるわ。
 何故、あなたは言う事をきかないの?
 私のように素晴らしい女性があなたと結婚して上げるって言っているのよ。
 何故、承知しないの。
 その上、私を殴ったわね。
 お仕置きをして上げるわ。」

そう言って、発砲してきた。ズキューン!

「一体、あの銃はなんだ?」

「お嬢様は狩猟免許をお持ちです。」と、自慢気に近衛家の家令が言った。

「自慢している場合じゃなかろうが!」

その時、雪子の悲鳴が上がった。

「な、何をする! この狼藉者!」

速水の部下が雪子を取り押さえていた。


速水は、雪子、執事、ボディガード、近衛家の家令を、1階の応接室に集めた。
それから、隣の食堂に陣取ると、まず、近衛家の家令から、話を聞く事にした。



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