ロマンチックは似合わない    連載第1回 




 「一体、どうして、あたしが速水さんなんかとこんな所に閉じ込められなきゃならないんです!」

北島マヤは、次回公演の打ち合わせの為大都芸能を訪れていた。打ち合わせが終わり、真澄はマヤをディナーに誘った。一緒にエレベーターに乗って、事故にあった。停電となりエレベーターが止ったのである。時刻は夕方。予備電源で最寄りの階に止る筈が、ずれた。真澄はビルの管理人にエレベーター内のマイクで問い合わせた。管理人の話では、このあたりに電力を供給している電信柱に車がつっこみ、電線が切れたのが原因らしい。一帯が停電しているとの事だった。

「仕方ないだろう。1時間ほどで復旧するそうだ」

取り敢えず非常灯が付いている。暗闇の中に二人きりという訳ではない。マヤはいらいらした。真澄といる幸福。それでいて、自身の気持ちを隠していなければならない重圧。その狭間でマヤの気持ちはゆらゆらとゆらめく。マヤはなんとなくエレベーターの隅に身を寄せた。背中にエレベーターの壁があたる。そうすると気持ちが落ち着いた。
真澄はマヤの様子を目の隅にみながら、やはり、マヤとは反対の壁に背を持たせかけ、目を閉じた。
二人がなんとなく黙っていると、突然、エレベーターが動いた。
ガクン、ガクガクッ!

「きゃあっ」

真澄はマヤに覆いかぶさった。抱き締め、体で庇う。エレベーターはすぐに何かに引っ掛かるようにして止った。

「社長! 大変です、エレベーターを制御しているシステムがダウンしました! エレベーターは大丈夫です。落ちません。落ち着いて下さい。ストッパーが働いてます。落ちません。落ちませんから! 落ち着いて下さい!」

管理人のうわずった声がスピーカーから聞こえて来た。何度も落ち着いて下さいと言う声に真澄はマイクに向って言った。

「君こそ、落ち着きたまえ。こちらは、無事だ」

「すいません。社長のお元気な声で、ほっとしました。エレベーターは落ちませんが危険です。すぐ上の階のドアをこじ開けますから、エレベーターの天井の脱出口から外に出て下さい」

「わかった。なんとかやってみる」

真澄はマヤを振り向いた。青ざめた顔で立つマヤ。さらに真澄は天井を見上げた。確かに天井に脱出口がある。真澄は思いっきり手を延ばした。しかし、届かない。

「チビちゃん、俺が肩車をする。脱出口を開けてくれ」

マヤは真っ青な顔で真澄の肩に乗った。真澄はマヤを肩車してはっとした。マヤの太ももが耳にあたる。
すべすべの肌。
真澄はマヤの太ももにはさまれ動揺した。慌てて立ち上がる。

「あ、だめ!」

ゴン!

マヤは天井で思いっきり頭を打っていた。

「いたたた……」

「すまん」

前屈みになるマヤ。

――あ!

真澄の頭が自分の両足の間に見えた。真澄と目が合う。

「だ、だめ、速水さん、見ないで!」

真澄は咳払いをした。

「非常事態だ、仕方ないだろ!」

「仕方ないけど、でもでも!」

「さっさと、脱出口をあけろ! こんな……!
 女の太ももの間に頭をつっこんでるんだぞ! この俺が! なんて様だ!」

「あたしだって! は、速水さんを太ももで挟むなんて! いやなんだから!」

マヤは真澄の言いように、ムカッとしたが真澄の言うのももっともなので、脱出口のネジに手をかけた。ハンドルを引き出し回そうとして困った。固いのだ。マヤは体に力をいれた。真澄の頭がますます、マヤの太ももで締められる。マヤは真澄の髪が太ももにあたってくすぐったい。くすぐったさにマヤは真っ赤になりながら、必死にネジを回す。

「うーー、、くぅっ!」

がちゃ

脱出口が下向きに開いた。マヤはほっとして、体の力を抜いた。
見上げると、更に、エレベーターの上にでる蓋がある。マヤは取手をひねって上に押し上げた。蓋が開く。マヤが脱出口から上を覗くと、エレベーターの縦穴が見えた。埃っぽい空気がエレベーターに流れ込んでくる。

「マヤ、さっさと上がれ。一体、いつのまにこんなに重くなった。中学生の頃はもっと軽かったのに!」

「う! 失礼ね。子供の頃に比べれば、そりゃあ、重たくなりましたよ!
 あ! 上見ないで、絶対見ないで! 見たら承知しないんだから!」

「君のスカートの中身に、興味はない。減らず口を叩いてないで、さっさと上がれ!」

マヤは脱出口に手をかけた。真澄はマヤの足を押し上げる。マヤはするりと体をくぐらせた。
マヤはエレベーターの上に出ると、腹這いになり真澄に手を延ばした。

「速水さん、掴まってください」

減らず口は叩いても、真澄を真剣に心配するマヤだ。

「何を言う、君の肩が脱臼したらどうする。それより、このネクタイをそのあたりに結んでくれ」

マヤは真澄のネクタイを受け取りどこかに結ぼうとした。しかし、結ぶ所がないのだ。

「速水さん、だめ、結ぶ所がないの。お願い、速水さん、掴まって! あたしの体はそんなにやわじゃない」

マヤは真澄に手を延ばす。

「いや、マヤ、少しジャンプすれば届く。それより、ジャンプした時の衝撃でエレベータが揺れるだろう。そこをどいて、何かに掴まっててくれ」

マヤはエレベーターの屋根にしっかりへばりついた。真澄がジャンプした。やはり反動でエレベーターが揺れる。マヤは必死にエレベーターにしがみつく。脱出口から真澄の手が見えた。やがて、真澄がエレベーターの箱の上に姿を表した。

「マヤ、大丈夫か?」

「はい、速水さんは?」

「俺は大丈夫だ」

どこかからもれてくる灯りで縦穴の中は意外に明るい。がちゃがちゃと音がする。どうやら、上の階の扉がこじ開けられたようだ。二人は無事、救出された。

エレベーターホールに立った真澄はマヤを見下ろして言った。

「ひどい格好だな」

くすっと笑う。

「速水さんだって!」

エレベーターの箱の上に腹這いになったせいで、マヤは埃でぐしゃぐしゃだ。真澄も日頃のダンディー振りとはほど遠い。マヤは真澄の為にせっかくおしゃれをしたのにと思うと悲しかった。つい、真澄に当たり散らす。

「大体、速水さんがあたしをディナーに誘うなんて普段しない事をするからですよ! だから停電になったんです!」

「何を言う。それなら君の方だ。俺の誘いに乗った君が悪い」

「あ、あたしのせいだって言うんですか? 停電になったのも、エレベーターが止ったのも、地球が回っているのも、みい〜んな私のせいだって言うんですか!」

「ああ、そうだ、そもそも、君がだな!」

「社長、マヤちゃん、そのくらいになさって下さい」

二人は声の方を振り返った。





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