囚われて    連載第1回 




 鷹宮紫織は真っ暗な中、意識を取りもどした。

――ここはどこ……?
  私は……、ああ、そう、自殺したのだわ。
  鏡で手首を切って……。

  真澄様、あなたのいない人生なんて……

紫織は、また、暗闇に沈んで行った。次に覚醒した時、人の声が聞こえた。が、何を言っているかわからない。振り返ろうとしたが、体が動かない。手も足も動かせない。目も開けられない。声も出ない。
紫織はパニックに陥り、再び気絶した。

次に意識が戻った時、紫織の回りで人々が話していた。紫織は、今度はパニックに陥らなかった。
自殺した結果、死にきれずに植物状態になり、病院のベッドに横たわっている事、看護師達の手で手厚い看護を受けている事、瞼を動かせなかったが、瞼を通して光を感じられる事、昼と夜の区別が着くようになった事、そして、昼間、いつも真澄の声が聞こえる事を理解した。

回診なのか、医者の声が聞こえる。

「紫織さんは、脳に損傷があるわけでも肉体的な欠陥があるわけでもありません。脳に刺激を与え続ければ目覚める可能性があります。刺激を与える方法は幾つかあります。本の読み聞かせは脳をよく刺激します。親しい人の声を聞くのもいいです。音楽を聞かせるのもいいですね。ああ、それと病状が安定してますから、トランポリンにのせて揺する療法も始めましょう」

紫織はありとあらゆる脳に刺激を与える療法を受けているのを知った。真澄の声が聞こえるのも、治療の一環で、自分に本を読み聞かせてくれているのだとわかった。そんな中、うとうととまどろむ紫織の意識に父親の声が飛び込んで来た。

「速水君、どうだね、紫織の様子は?」

「相変わらず、お変わりないようです」

「ふーん、そうかね、君はちゃんと紫織に本を読んでやっているのかね。紫織が目覚めないのは君が手を抜いているからじゃないのか?」

「……」

「君のせいで、娘はこうなったんだ。君のこれからの人生は総て紫織に捧げるんだ。そうしないと、大都グループはお終いだよ」

鷹宮慶一郎が、真澄に当て擦りを言っている。一言も言い返さない真澄に、紫織は、複雑な思いだった。

――お父様、私が目を覚まさないから真澄様に八つ当たりしてるんだわ。
  違うわ、真澄様はちゃんと本を読んで下さってるわ。
  私、意識を回復出来ましたの、真澄様のおかげなの。
  ただ、体が動かせない……。

父親と真澄の声が遠のき、紫織は再び眠りに落ちて行った。

次に紫織は母親の声で目覚めた。
目覚めたと言っても、意識が戻っただけで、相変わらず体は動かせない。
母親がやはり真澄をなじっている。

「あなたが悪いのよ。紫織が気に入らないなら、何故、もっと早くに断らないの。結婚式まで、後、少しだったのに……。
 あなたはこの子の体面を考えてくれたの?
 いい事、あなたは一生、紫織に仕えるのよ。紫織の目が覚めるか、死ぬまで、あなたは紫織に本を読み続けなさい!
 わかったわね!」

やがて、ドアが閉まる音がした。

「紫織、お母様は絶対、あの人を許さないわよ、ええ、許すもんですか! 一生、飼い殺しにしてやりますからね」

――お母様、お願い、やめて!
  真澄様に酷い事しないで!
  真澄様が悪いのではないわ。
  紫織が、紫織が……、嫌われたの!

紫織の目から涙が流れた。鷹宮夫人が叫ぶ。

「紫織! あなた、気がついたの。誰か、誰か来て!」

鷹宮夫人は紫織の枕元にあるナースコールのボタンを押した。看護師を呼ぶ。だが、駆けつけた看護師は夫人に、涙が流れるのはよくある事だと説明した。

「植物状態でも、涙は自然に流れるのです。あまり、期待しませんように」

鷹宮夫人は、小さな希望を踏みにじられ、泣き出していた。そして、駆けつけた真澄に八つ当たりした。

「あなたが悪いのよ! あなたが悪いのよ! 出てって! 出てって〜! わあー、あ、、あああああ」

夫人と真澄が争う音が聞こえ、やがて、病室のドアが乱暴にしまる音がした。

――真澄様、ごめんなさい。
  あなたは悪くないのに。
  私が自殺したばかりに……。

紫織は考え無しに自殺した事を激しく後悔した。

紫織の意識は覚醒と昏睡を繰り返していた。
それでも、真澄の声が聞こえるのは嬉しく、夕方、面会時間が終わって真澄が帰るのが寂しかった。

その日も紫織は夢うつつに真澄の声を聞いていた。

「紫織さん、目を覚まして下さい。元気になったら、結婚式を上げましょう」

真澄の優しい声。紫織は喜びにあふれた。紫織はなんとか、体を動かせないかと思ったが、体は言う事をきかなかった。さらに真澄のため息が聞こえた。そして、本を朗読する声。切れ切れに聞こえる物語は、何の物語かわからなかった。

「……『みんなで、おかあさんにクリスマスのプレゼントをあげましょうよ。じぶんのものは、買わないで』と、いったので……」

紫織は真澄の声が聞こえていればそれで良かった。

――そう、クリスマスの物語なのね。
  去年、真澄様にクリスマスのプレゼントを差し上げたわ。ネクタイを……。
  そう言えば「紅天女」の試演はどうなったのかしら?
  今は一体、いつなのかしら?

紫織の意識はまたも混沌の中に沈んでいった。





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