囚われて    連載第4回 




 鷹宮紫織から速水真澄に宛てた手紙

速水真澄様

 心のこもった看病をなさって下さってありがとうございました。
 私は、ずっと以前に目覚めていました。
 真澄様が読んで下さる物語を聞くのが毎日とても楽しみでした。
 真澄様が私を抱き上げて揺すって下さった時、嬉しくて涙がでました。
 元気になったら式を上げましょうと言って下さって、どれほど嬉しかった事でしょう。
 
 でも、長い眠りから目覚めてあなたのお姿を、お痩せになったお姿を見て、私はわかったのです。
 絶望がどれほど人を蝕むか……。
 このままでは、私たちは二人共不幸になってしまいます。

 婚約を解消しましょう。
 どうか、あなたはあなたの幸せを求めて下さい。
 あなたに看護されて、紫織は幸せでした。一時の幸せをありがとうございました。

                                       鷹宮紫織



速水真澄と鷹宮紫織は正式に婚約を解消した。
二人は二度と会う事は無かった。


「紅天女」の試演は黒沼組の勝ちだった。上演権は北島マヤが獲得。一真との対決シーンにおいて鬼気迫るリアルな阿古夜を演じたのが受賞の理由だった。アストリア号で、速水と一度は想いが通じたマヤだったが、鷹宮紫織の自殺未遂によって、今一度、速水との恋を諦めなければならなくなったマヤが、苦しみの中から掴んだ阿古夜だった。

試演が終わり次代の「紅天女」が決まると月影千草は、ひっそりと息を引き取った。梅の谷に戻り源造と二人、静かに暮らそうとしていた矢先だった。千年の梅の樹にもたれ月影千草は一人旅立って行った。


鷹宮紫織との婚約が正式に解消された日、速水真澄はキッズスタジオへ北島マヤを訪ねた。
速水が稽古場にマヤを探すと、どこにもいない。その場にいた人にマヤの所在を聞くと、物置だと言う。月影千草の死から立ち直れないマヤは、黒沼から物置で稽古をするよう命じられたのだと言う。
速水が物置に行くとマヤが一人で泣いていた。

「何を泣いている? 君はいつも泣いているな」

マヤは驚いた顔で速水を見上げた。びっくりして口が聞けない。

「マヤ?」

「速水さん? どうしてここに? また、あたしをからかいに来たんですか?」

「……君がそんなじゃあ、月影先生は死んでも死にきれないだろうな」

「速水さん! ひどい!」

「なにがひどい。ひどいのは君だろう。月影先生は泣いて悲しむ君を見たいと思うか?」

「でも、でも、先生が死んであたし……」

「月影先生を忘れろとは言わない。だが、いろんな感情を心にしまって君たち役者は演じるのだろう。稽古の時は忘れる事だ。それに、必死に稽古をすれば悲しみも忘れられる。さ、涙を拭いて」

速水はハンカチを取り出すとマヤの涙を拭こうとした。マヤは頬に当てられそうになったハンカチを速水の手と共に両手で包み込んだ。顔を押し付ける。そして、もう一度、泣き出した。泣き出したマヤを速水は胸に抱き寄せた。髪を、背中を、優しく撫でる。やがて、泣き止んだマヤは速水を見上げた。

「速水さん、会いたかった」

「ああ、俺もだ。長く待たせたな。紫織さんとの婚約が今日、正式に解消された。それで、君に会いに来た」

「!」

「マヤ、俺はやっと自由になれた。君に……、君に会いたかった」

速水はマヤをしっかりと抱きすくめた。マヤも抱き返す。マヤの目からもう一度涙が溢れる。

「マヤ、俺と……、俺と結婚してくれないか?」

マヤは驚いて速水を見上げた。速水の目に涙が光っている。マヤは、ただ、こくりと頷いた。









あとがき

お待たせいたしました。「別冊 花とゆめ」6月号の続きをSSにまとめてみました。
どうやったらハッピーエンドに出来るか悩みました。
鷹宮紫織に焦点を絞って、彼女がいつどんな形で幸福とは、愛とは何かに気がつくか考えて書きました。
暗い話に最後までお付き合いくださりありがとうございました。


      web拍手 by FC2     感想・メッセージを管理人に送る


Back    Index


inserted by FC2 system