毛糸玉ころがして 後編





 速水さんがそっと近づいて来て、あたしを抱き寄せた。なんで、どうして? 速水さん、どうしたの?

「先にシャワーを浴びるか?」

速水さんの手が熱い。さっきまで冷たかったのに。震えてる。速水さん、どうしたの?
速水さんがあたしをそっと離した。あたしのあごを持ち上げて……。とまどったあたしにキスをした。いや、しようとした。あたしは叫んでいた。

「いやあ!!!!!」

速水さんが固まった。まさか、あたし、あたし、思いっきり拒否しちゃったの?

「あ! ごめんなさい!」

速水さんが切なそうに身をひいた。あたしから顔をそむけて、窓際に寄った。

「すまない。君が……その、見たいっていうから、俺はてっきり……」

「???、何の事?」

速水さんが不思議そうな顔をしてあたしを見た。

「君からのプレゼントだ」

「?」

「君は俺が着ている所を見たいとメールに書いてきたじゃないか?」

「書いたけど……?」

「だから、俺はてっきり……」

「よくわからない?」

「いや、だから、君が作ってくれたパンツだ。あれを着ている所が見たいんだろう。今日、履いてきたぞ!」

速水さんがベルトに手をかけた。脱ごうとしている。
あたしは、顔が火照るのがわかった。きっと真っ赤だ。

「違う、あたし、パンツなんか渡してない!!!」

「は?」

「あたし、あたし、マフラー編んだの。渡したのはマフラー!」

速水さんがきょとんとした顔をした。鳩が豆鉄砲くらった顔が本当にあるとしたらこんな顔だろう。
それから赤くなった。真っ赤になった速水さんなんて! 前代未聞! 見たのはきっとあたしだけ!

「いや! でも、箱の中身はパンツだったぞ!」

「ウソ!」

あたしは、はっと思った。麗だ。麗が間違えたんだ。他に考えられない。

「麗が……、きっと、間違えたんだと思います。麗に箱を包んで貰ったんです。あの、麗の彼氏ももうすぐ誕生日とかで、こないだ、麗、プレゼント買ってきてて……。きっとそれで……」

「じゃあ、青木君が彼氏に買ったパンツを俺が履いているのか?」

速水さんが笑い出した。あたしもつられて笑った。二人で大笑いした。あたし達はソファに並んで腰を降ろすと、もう一度、仲良く笑い転げた。

「で、どうする? 今夜?」

あたしの顔は、またまたゆでだこのようになってしまった。

「は、は、はやみさんは?」

くすくすと速水さんは笑いながら、あたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「せっかくスィートルームを取ったのに使わないのは残念だが、さ、送って行こう」

速水さんは立ち上がってあたしに手を差し出した。あたしは……。その手を取って立ち上がった。
あたしは、まだ、決心がつかない。でも、速水さんのさっきのせつない顔を思い出した。あたしは、爪先立ちをして速水さんの首に手を回して……。速水さんの頬にキスした。速水さんが驚いてあたしを見てる。その目を見たらあたしは、すご〜く照れくさくなった。目をそらして、あたしは

「あの……、あの、その、ちょっとだけ……」

と慌てて言った。

「ありがとう! だったら、お返しだ」

速水さんはあたしの頬にキスをした。速水さんの唇。頬にあてられた……。あたしは、ぼんやりしてしまった。ううん、これってうっとりって言うんだ。あたしが、ぼんやり速水さんを見上げていると、速水さんが、速水さんが、すばやくあたしにキスした。あたしは、目をまんまるにした。顔が、顔が、熱い。心臓の音が耳の奥でどくどく鳴っている。

「マヤ……」

あたしは、そのまま、目を閉じた。速水さんの香り。速水さんの煙草とコロンの混じった香りが鼻腔一杯に広がって……。速水さんの唇。あたしは、腕を回して速水さんを抱きしめていた。速水さんの力強い腕。ぎゅーっと抱きしめられて……、ああ、もうわかんない。頭が真っ白。ううん、光輝いている。ああ、なんだろう。これ……。これって……。



速水さんに送って貰ってあたしはアパートに帰った。結局、あたし達はスィートルームを使わなかった。アパートに帰ってあたしは麗にプレゼントを間違えた話をした。麗は慌てて、もう一つのプレゼントを開けた。そしたら、その中からあたしが編んだマフラーが出て来た。

「速水さんはあのパンツを履いてるのかい」

麗が顔を赤くした。

「うん、それでね、速水さんからこれ預かってきた」

あたしは、速水さんから預かってきた箱を麗に渡した。

「速水さんから伝言。パンツよりこっちの方が麗の彼氏は喜ぶだろうって。男にパンツをあげるのは誘ってる意味になるからやめた方がいいって。ねえ、麗。どんなパンツだったの?」

麗は顔を赤くしたまま、だまった。それからおもむろに口を開いた。

「あのさ、マヤ。このマフラーさ、あたしが速水さんに持って行ってやるよ。プレゼントを貰った御礼も言いたいしさ」

「うん、いいけど」

あたしは釈然としなかったけど、麗にしてみれば、速水さんに御礼を言いたいんだろうと思って承知した。



次のデートの時、速水さんはあたしが一生懸命編んだマフラーをカッコいいスーツの上から巻いていた。それを見たあたしは、なんとなく照れくさくて、でも、嬉しかった。
速水さんと麗がどんな話をしたか、あたしは知らない。後日、麗の彼氏、増田幸雄に会ったら、麗から貰ったという革製のパスケースを見せてくれた。速水さんはサラリーマンの必需品をプレゼントしたのだ。
だけど、速水さんはわかってない。恋人にパンツをプレゼントする女心を……。
速水さんに言わせるとまだ早いって言う意味なんだろうけど……。
麗は、「また、次の機会があるさ」とさばさばした物だった。
あたしは、速水さんにも麗にもどんなパンツだったか聞いたけど、結局教えて貰えなかった。ちなみに速水さんは麗のパンツをまだ持っている。そして時々、意地悪そうに「どんなパンツか見たいか?」と聞き、「今履いてるぞ」と言ってあたしをからかう。いいもん、そのうち、もしかして、速水さんとごにょごにょな関係になったら、考えただけで顔が火照るけど、そしたら、好きなだけ見れるし、好きなだけ洗ってあげるも〜ん!








あとがき



最後までお読みいただきありがとうございました。
マリさんの「おパンツ売りの少女」にインスパイヤされて書いた作品です。
パンツと誕生日とかけて、「毛糸玉ころがして」が出来たとお思い下さいませ。^^
今回、マリ様宅に納品出来て嬉しかったです。
また、マリ様、拙文を快く受け取って下さってありがとうございます。^^




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